第6章 転調

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第6章 転調

 風花が高校を中退した……    あの日も駅までの道を語り合いながら歩き、いつもと同じようにお互い反対方向の電車に乗った。    ワイヤレスイヤホンの右を持った風花がまたねと手をふり、左を俺が持ち帰る。      そんな日々が続くと思っていたのに。    風花のはじけた笑顔を思い出す。      先生に聞いても事情はわからないと言う。    アプリの既読はつかないし、通話をしようとしても呼び出し音がなるだけだ。        高校3年生になり、クラスでは風花が両親とともに引越したという噂が流れ出す。    俺は毎日不安に押し潰されそうだった。風花の身に何か起こったのかもしれないと思うと、恐怖で震えた。      ある週明けの月曜日、俺は学校を休んでしまう。    両親は動揺していた、またあの時のようになるのではないかと。    だが金曜の夜からずっと、ココアがそばにいて、ときおり顔や手を舐めてくれている。    俺は起き上がらないといけないんだ。      火曜日はいつもより早く朝5時に起きて、朝食を作っている母と軽く言葉を交わした。   「りくのお弁当を作るのも今年で最後だね」    母が感慨深げに言う。   「3年間ありがとうございました」    なんとなく気まずかった。    この時俺はすでに計画を立てていたからだ。      受験生の身だったが、予備校に通うふりをして音楽スタジオでバイトをしていた。    スタジオ勤務は夜なので好都合だ。   「おはようございます」    その金で青いIBANEZのギターを買い、スタジオで練習する。    もちろん、家にギターを置くのはまずいので、スタジオの先輩のアパートに。      両親を騙してるという罪悪感はあったものの、優しすぎる両親から自立したいという思いも強かった。    ずっと自分は甘えてきたという自覚もあり、一人で生きてみたかったのだ。      表面上、大学は国立に進むという話にしていたため、高校の授業では6科目を重点的に勉強し、先生方の期待を背負っていた。    実際、共通テストでは十分な点数をとれていたと思う。    だが大学に進みたくなかった俺は、前期日程では白紙答案を提出し、合格できずに嘆いていた周囲を欺きながら、後期日程の試験用紙には「FXXK YOU!」とだけ書いた。    無事不合格となった俺は、真実を誰にも話さないまま、家を出た。      当然、両親は一浪して予備校に通うよう勧めてきたが、俺は両親との約束は果たした。勉強もしたし大学受験もした、一応は。      自由になりたいと言うとかっこいいが、俺はただ逃げたかったのだろう、風花の記憶から。      そして俺は左側だけ残っていたワイヤレスイヤホンを捨てた。    2人で分けて聴いていた音楽はもう聴きたくない。      そのまま一人暮らしをしたかったが、これまでのバイトの貯金では足りるはずもなく。    バイト先の店長から、店長の友達だという30代の男性、南さんを紹介され、都内にある南さんのマンションに転がり込むことになった。    南さんの部屋には暗いアルバムが並んでいる。    一枚とってみると、そこにはBullet For My Vallentineと書かれていた。    またずいぶんと長いバンド名だ。略してBFMVというらしい。最初からそう名乗ればいいのに。    俺はCDを漁り、EX-D6で適当な曲を流しながら仰向けになった。    Suffocating Under Words Of Sorrow  
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