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第1章 施錠
僕の家は特に裕福でもなかったが貧しくもなかった。
両親は共働きで忙しかったけれど、寂しいと感じたことはない。
好きなものはたいてい買ってくれたし、毎晩ごっこ遊びに付き合ってくれた。
たまに叱られることもあったけれど、そんな時は僕のしたことの何がダメだったのか教えてくれた。
親ガチャで当たったのだと思う。
母によると僕が保育園に入ったのは3歳らしい。なかなか受け入れ先が見つからず困ったという。3歳までは祖父母が面倒をみてくれていたようだが、その頃の記憶はない。
父が好きなエピソードは、僕を連れていると見知らぬ人からよく声をかけられたというものだ。
「かわいいお嬢さんですね」と。
「息子ですよ」というと相手は気まずそうにしていたそうだが、父は僕がかわいいと褒められたことが嬉しかったという。
僕は目が大きかったから女の子に見えたのかもしれない。マッシュウルフの髪型もジェンダーレスだったのだろう。
女の子に見えたとはいえ僕が好きなのは、天気のいい日は外で鬼ごっこをすること、雨の日はレゴで遊ぶこと。
押入れでこっそりレゴの基地を作っていたら母に見つかってしまったが、母はすぐに衣裳ケースを片付け、押入れの下部をレゴの基地作りに提供してくれた。
そう考えると僕は普通の家庭の子どもより少し恵まれていたのかもしれない。
両親もきっと、僕があのまますくすくと育っていくと思っていただろう。
人並みに苦労はしながらも人並みに幸せになると信じていただろう。
5歳になると周りは僕がもうすぐ小学生になると浮き足だつようになり、祖父母はランドセルを買うと張り切った。
祖父母の時代はランドセルが黒と赤しかなかったそうだが、僕は迷わずパステルグリーンを選んだ。
そして保育園でも小学校の話題がよくでるように。
友達とはこのまま仲良くしていくだろうし、新しい友達もできるだろう。
そんなある肌寒い日、外で鬼ごっこをしていると、月島先生に呼ばれた。
月島先生は子どもたちの人気者で保護者からの信頼も厚い人だ。
僕もよく両親から「先生の言うことをよく聞くように」と言われていた。
月島先生は僕を部屋に招き入れると、僕の目をまっすぐ見ながら言った。
「りくくんが小学校にいっちゃうと先生は寂しいな」
実際のところ、僕はあまりそういう風には感じていなかった。
だが先生は僕の肩に手を置いて話を続ける。
「あのね、先生はりくちゃんのことが大好きなの」
お母さんもお父さんも友達も僕のことを好きだって言う。だが改めて先生から言われると嬉しかった。
「僕も先生を大好きだよ」
月野先生は僕の肩に両腕を回して囁いた。
「りくちゃんが大きくなったら、先生と結婚しよう」
僕が月野先生と結婚すると聞いたら両親は喜ぶだろう。僕はすぐにうなづいた。
月野先生は「かわいいね」と言いながら僕の手をとる。
僕はただ、先生が優しくしてくれるのが嬉しかった。
「りくちゃん、トイレいってズボン脱ごうか」
それから毎日先生は僕を呼んだ、「みんなには内緒だよ」と言いながら……
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