誰かと

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「君と母さんを置いて出て行った事、もちろん悪いと思っている。だけどそれは母さんと話し合って決めた事なんだ。私が一緒にいない方がいいだろうと思ってね。度々家には帰っていたんだ。お土産を持って。受け取ってくれたかい?ここ数年はそれも出来なかったね。本当に申し訳ない」 呆れる。 「そうじゃない。俺が聞きたいのはなんであんな事をしたのかだ」 父親の真顔を見ているとなんだか寒気がしてくる。 「なんで叔父様に怪我を負わせたりしたんだよ。あれ以来あの人は人前に出る時は仮面をつけるようになったんだぞ」 叔父様に会う度あの仮面の下の目が怖くて仕方ない。 俺はいつしか劇場に遊びに行くのを辞めた。 口には出さないがずっと恨まれている気がする。 俺が何かをしたわけではないが親戚の集まりなんかはずっと居心地が悪かった。 まぁ、この国ではどこに行ってもそうだが。 「あんたがあんなことをしなければ…」 「あぁ、そうだな。そうだ。すまない。もちろん兄さんにも謝ったんだ。何度も、何度も。だけど許してくれなかった」 父親はうな垂れるように頭を地面につけた。 すまない、すまない、とうなされるように言う。 それから長い長い言い訳が始まった。 双子の兄に子供の頃から虐げられていた事。 両親にいつも兄と比べられていた事。 兄が父親にある事ない事悪口を言っていた事。 そうやって弟を舞台に立たせないようにしていた事。 そしてあの事件の日も兄と父親に罵られていた事。 「気がついたら兄の服を掴んでいた。確かに兄さんには才能があった。だが数々の所業をもう許せなかった。あぁ、でもそれでもっと許されない事をした。私はあの家に許されない」 父親は勢いよく顔を上げると俺の両手を掴んだ。 「だけどもなぁ。デューク。それでお前まで苦しめられるのは違うだろう。私はもう歌うのを辞めてしまった。だがお前は、お前は諦めないでほしい。歌うことが好きだったお前からそれが奪われる理由がどこにある」 そう弱々しく言うと手を離した。 「こんなことを言えた立場ではないのはわかっているんだけどね…」 「うん」 奪われた覚えはない。 そうだ。 俺が勝手に避けていただけだ。 あの事件だけが理由じゃない。誰に言われたわけでもない。誰に邪魔されたわけでもない。 俺は自分自身でルークと自分を比べていた。 簡単な話、怖かったんだ。 ルークと同じ場所に立つのが怖かった。 チャンスなんて無かったわけじゃないんだろう。 ただの臆病者。 俺はやはりこの人の息子なんだろうな。 父親は立ち上がり背中を小さくして歩き出した。 「じゃあもう行くからな。元気でな」 「待てよ」 え、と振り返る。 この人の事を許せるとか許せないとかはわからないけど、優れた誰かと比べられ続ける苦しみは少しわかる気がする。 そう、俺にはわかる。 「今度はいつ来るんだ?次来た時は俺の働いてる店に来てくれよ。一杯くらいなら奢るから」 父さんは目を少し大きくしてから控えめに笑った。 「じゃあ一杯だけ、な」
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