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劇場前にて
劇場の前は人だかりになっている。
きゃーきゃーと甲高い声が頭に響いて頭痛がする。
人だかりの真ん中には当然のごとくアイツがいる。
今宵の劇の主役様。
そんでもって俺のいとこ。
名前はルーク。その名前はデカデカとポスターに目立つように書いてある。
ルークは愛想よくファンサービスをしているところだ。
俺は酒の入った瓶を口に押し付けた。
酒の匂いで気付いたのかアイツと目が合う。
ルークは爽やかに笑って手を振る。
その瞬間ルークのファン達も俺に気付いて視線が集中した。
なんて冷ややかな目。
ヒソヒソと小声で何か言いながら俺を避けるように移動する。
そのおかげでルークと俺の間に道ができた。
「やぁデューク。来てくれたのか嬉しいよ」
仕事上がりに通りかかっただけだがな。
「やぁやぁ。おめれとう。ルーク」
呂律が回らない。飲み過ぎだ。
「念願の初舞台。初主演。俺も嬉しいよぉ。しかも憧れの華と狼じゃないか。すごいれぇ」
「ありがとう。けど大丈夫か?体調悪そうなのにごめんな。今日はせっかくだから楽しんでいってほしいんだけど」
ただの悪酔いだよ。
ほんとにお人好しだな。
「いやぁ、俺ね。チケット持ってないんだよね。だから入れないんらよね。ざんねんざんねん」
それなら、とルークは紙を取り出した。
「これを使ってくれよ。これを提示すれば入れるはずだ」
「いや…そんなのわるいから。この国の人間みーんなが観たい劇だよ」
俺は遠慮するふりをして突っぱねる。
「デュークは特別だよ。だから特等席だ。大丈夫。俺が招待するんだ。誰も文句はないさ」
相変わらず爽やかに笑いながらルークは強引に俺の手に紙を握らせた。
こういうところが苦手なんだよな。
人の気も知らないで。
「う、嬉しいんだけどさ。体調がまぁアレだから。い、行けたら行くよ」
「ああ、そうだな。ごめんな。無理はしないでくれよ。今日が駄目でもまた機会はあるよ」
また機会が。
嫌な言い方だな。成功を信じて疑わない。
今日もまた通過点に過ぎない。
特別な日でもない。
俺にとっては一生叶わないゴールのようなものなのに。
華と狼は特にそうだ。
ずっと憧れだったじゃないか。
ルークに手を振り背を向けて歩き出すと、ルークはまた人に囲まれた。
大変だな。
開演までもうすぐだってのに。
さすが国のスターだよ。
劇場まで続く道を反対方向に歩く。ぼんやりした視界に派手なポスターやら登りが微かに見える。
誰が行くもんかよ。
俺はアイツから貰った紙を丸めて道の端に投げた。
惨めでしかないわけ。
酒屋の酒売りに金を突き出し酒をせがむ。
「お前に酒は売らん。真昼間から飲み歩きおって。ボンクラめ。従兄弟のルークとは大違いだなまったく」
仕方ないだろうが…
別の酒屋に行くか。
ふらふらして足が上手く動かない。
俺はそのまま道の端に座り込んだ。
「疲れた」
吐きそうだ。
ふとぼんやりとした耳に音楽が聴こえた。
これは…華と狼の劇中歌だ。
幻聴か、いや違う。
すぐ隣にあった雑貨屋の店の中で、オルゴールが鳴っている。スーツ姿のうさぎがくるくる回っている。
それをぼけーっと見ていたらくるくるくるくる目が回ってきて、意識が遠のいていった。
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