零と一

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 辺りで忙しなく歩く人々を眺めながら、何度も何度も家で弾いたメロディーを奏でた。  間奏が終わり、2番のAメロ。青年はさらに葛藤し、自暴自棄になる。けれど彼女を見つけた瞬間、嫌な感情を全部忘れてしまう。  パチッと誰かと目があった気がした。見間違いかもしれないが、ここからだいぶ離れた場所に一人の女の子がじっとこちらを見ているような気がする。いや、誰かに聴いていてほしいという僕の願いから創り出してしまった思い違いだろうな。  でももし本当に聴いてくれているのだとしたら。僕の口角が上がるのが分かった。  Bメロ。少し力強く歌う。青年は頑張って話しかけようとするが、結局彼女を目の前にすると声が出なくなり、逃げてしまう。  ジャンっ。間。僕にだけ聞こえる優しいドラムの音。タイミング。ジャンジャンジャンっ。 「♪どうすればいい どうすればいい 今日も僕は理想の姿にはなれなくて 悔しくて あーもう嫌になっちゃうなぁ」  女の子はまだ僕のことを見ていてくれている気がする。今はこの思い違いさえも利用したい。 「♪貴方を前に 顔を上げてすれ違えなくて 隠して 下を向いて」  息を吸う。そして吐き出すように、情けない自分に呆れるように。 「♪今日も僕は靴ひもを結ぶ嘘」  ポロンッと切ないメロディー。ここでガラッとメロディーが変わる。Cメロだ。  悩みに悩んだCメロ。AメロともBメロともサビとも違い、かつラスサビに繋げるインパクトのある歌詞。  心をこめて、遠くまで届くように歌う。余韻も大切にしながら、空気を振動させる。
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