ノイズ

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「なんだ、このタイムは」 須田(すだ)監督の目と声色は、怒りや呆れや失望などといったマイナス感情がぜんぶ、ごちゃ混ぜになっていた。  一応、陸上選手である俺、近藤(こんどう)大地(だいち)は、剥き出しの左腕をいじくりながらつま先を見る。 「すみません」 「スポーツは数字だ、人情じゃない。明後日の記録会で自己ベストが出せなかったら、リレーメンバーから外す」 吊り上げられたかのように、顔が持ち上がる。今の自己ベストなんて出したのは、いつだっただろうか。もはやそれは、明後日モニターに数字が表示される必要もない、戦力外通告だった。 「お前の課題は、集中力だ。スタートの直前、あんなにキョロキョロしてるやつに、良いレースなんてできない」 肩が沈み、頭が下に引き摺り込まれる。耳は痛かった。  須田監督の言う事に、反論の余地などない。俺の足がいくら速くても、競技場を包む音と視線をシャットアウトできない以上、それは陸上選手として失格なのだ。  誰とも話さずに、帰路に着く。落ち込んでいるからではない。俺は、音声での会話が苦手だ。世界中の音が耳に入っているのか、情報の取捨選択が異常に下手くそなのか、集中すべき音に集中して音声情報を得るということが、極端に苦手なのだ。  ロッカールームに入った時から、ノイズキャンセリングイヤホンを着けっぱなしにしている。染まったように赤い西の空で烏が大騒ぎしているのなんて気にも留めず、通りに出た瞬間、音楽を再生した。
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