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笹山莉乃。華々しいデビューの直後、その特徴的な歌声を否定する残酷な言葉に押し潰され、今や人前で話すことすらできなくなったという、元シンガーソングライター。彼女の唯一の楽曲である『ノイズ』は、いきなりその声から始まる。
再生ボタンをタップしてから三秒、短距離走の選手である俺に言わせればじれったいくらいの、たっぷりとした間があいて。目の前の酸素をぜんぶ吸い込んだ呼吸音のあと、掠れたような、でも鼻に少しかかったような、独特な声が、イヤホンから鼓膜に直接届く。
破いて 突き進んで 貫き続けて
届けて 受け取って 何度も伝えて
小汚い世界に渦巻く、反吐まみれの手でばら撒かれる、悪意に満ちていたり無意識だったりする外野の言葉、ノイズ。人の夢を叩き潰したり、誰かと誰かを引きちぎったり、何かをぐちゃぐちゃに粉砕したり。ノイズは勝手に入り込む割に、絶大な効果をもたらしやがる。それを突き破るんだと、笹山は歌う。けれど彼女本人は、脳内になだれ込んできたノイズによって、会話さえもできなくなった。
馬鹿馬鹿しい。
他人が外からぽいっと投げ入れたノイズによって、人の運命というのは虚しいほど簡単に転がってしまう。俺も、笹山莉乃も。もしそいつが無ければ、自分たちは余計なことに邪魔されることなく、陸上に、音楽に、すべてを注ぎ込むことができるのに。
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