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やってしまった。
彼女に対し、ノイズを送りつけてしまった。
忙しいのだからどうせ読まれないだろうが、それでも、こんなことを送ってくる鬱陶しい人間の存在を、お知らせしてしまった。
俺は、誰よりもノイズを嫌う俺は、誰よりもノイズに傷つけられている笹山の、ノイズに成り下がった。ひっそりとしたファン、のつもりだったのに。
『ノイズ』の再生を停止する。ちょうど最寄駅に到着した。
スニーカー、ヒール、パンプス、革靴、サンダル、それぞれが思い思いの靴音を反響させるホームを、足早に通っていく。女子高生たちの高笑いが、俺を馬鹿にするようにつんざいてくる。今から呑みにでも行くんだろう、おっさんたちも、すでにでかい声でべらべらと。自動販売機が、どさんとペットボトルを産み落としたらしい。エスカレーターで立ち止まるのがなぜか悔しくて、俺はまた階段を選んだ。改札がいちいち、ピッ、ピッ、なんて人通りを報告する。誰かが残高不足で引っ掛かったのを、わざわざみんなに通知する。パスケースをバッグから取り出し、そしてしまうために、バッグのファスナーがビイと間抜けな声を出す。
どこも、かしこも。
この世の中は、ノイズだらけだ。こいつらが作る世界から、俺たちの耳と脳は、必要な音だけを引っ張り出さなくちゃならない。でもうまくいかない、だから俺の陸上人生は、もうまもなく終わる。足じゃなくて、耳のせいで、俺は走ることを諦めさせられる。
そして俺自身もまた、自分以外の誰かにとってのノイズであり。さっきは、自らノイズとして笹山の世界に飛び込んでしまった。
ああ、馬鹿馬鹿しい。
せめて、明後日、悔いなく走れたら。
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