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迎えた当日、須田監督が、背後で無音のノイズとして睨みを効かせているのがわかる。俺は気付かないふりをして、もう一度だけと『ノイズ』を再生した。
破いて 突き進んで 貫き続けて
俺も、競技場に立ち込めるノイズを突き破ることができたら、どんなに強かっただろう。
「近藤、時間だ」
監督のごつごつした左手が肩に触れたので、俺は無視を決め込むことができなくなった。
「わかってるな。もし今日自己ベストが更新できなかったら、リレーは」
「リレー以外も、もういいです。俺は、ノイズに負けたので」
イヤホンをバッグのポケットに捩じ込みながら、俺がぼそりと落とした言葉に、須田監督は瞳孔を開いた。
「スポーツは人情じゃないんですよね」
監督の言葉を鏡で返し、俺はロッカールームを退出していく。やる気らしい感情は、どこかでマッチ棒程度にしか点いていなかった。
四年に一度の大舞台への切符、を手にするための試合への切符、くらいは懸かったレースである。控える選手たちは、手や足をばたつかせたり、水のペットボトルを開けては閉めたり、監督と何やら合言葉を交わしていたり、揃いも揃って落ち着きがなかった。当たり前ではあるが。
俺はただ、ぼうっとしていた。目を開けて意識的に視覚情報を得てもノイズ、目を閉じてしまえば聴覚情報が三割増でノイズ。どちらにせよ、俺の集中力をぶった斬る選択肢しかない。だから、諦めていた。
試合の開会が宣言される。こういうのも最後かと、感傷に浸ろうとしてみたが、うまくいかなかった。
「本日は、スペシャルゲストが来ています」
というアナウンスで、観客席のざわめきはいっそう増した。勘弁してほしい。これ以上、ノイズが増えるようなことは——。
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