1人が本棚に入れています
本棚に追加
/3ページ
人間の脳内には我々のような俗にいう「イマジナリーピープル」が住んでいる。
居住区の環境には個人差があると言われていて、知識が豊富な者の脳内は立派な都市ができていたり、幼い子供の脳内は無人島だったりする。
中谷瞳は19歳、日本に在住の女子大生だ。
彼女の脳内は、見まごうことなく正真正銘の『お花畑』である。
我々が居住できる家は"恋愛の質"によって大きく左右される。
中谷瞳は前回脳内で、全面ガラス張りのやたらと映える一軒家を建てた。
どうやらインスタで知り合ったイケメン美容師と恋に落ちたらしいのだが、SNSで(控えめに表現するならば)仲睦まじい写真を垂れ流し、会う顔見知りに毎回彼氏の写真を見せびらかしまくった。
そしてある日「仕事のイベントで知り合ったモデルと付き合うことになった」とフラれたそうだ。
今回の失恋で恋愛はもう懲り懲りだと痛感したのだろう、失恋後の彼女は脳内に頑丈なシェルターを建設した。
これで暫くは安泰だとボジョレーヌーボーで乾杯したのは3ヶ月前のこと。
「よりによって風船の家……」
「神はついに我々を見放したのか……」
「完全に詰んだ……」
呆然と新しい我が家を見上げながら我々は呟く。
新しいお相手はこれまたインスタで知り合った韓国人の大学生だそうだ。
「状況はどうだ?」
ジョンに尋ねられて、私は手元のタブレット端末を覗き込む。
「毎日DMのやり取りをしているわ」
"好きな音楽は?"
"好きな映画は?"
"何人家族ですか?"
"好きな音楽は?"
"おすすめの観光スポットは?"
そんな他愛もないやり取りを延々と続けている様子だった。
ある日、彼は中谷瞳に"LINEの交換をしませんか?"とDMを送ってきた。
「交換したのか?」
「ええ、昨日の晩にね」
私は画面に表示される文面を眺めながら眉を顰める。
「でも少し妙なのよね。なぜか同じ質問を二度も繰り返しているし、日本語も所々変なの」
「韓国の人だからだろ?」
「それはそうだけど……」
ついっと指先を滑らせて画面をスクロールするとLINEでの二人のやり取りが表示された。
彼は「最近ある事を始めて大金が手に入ったんだ」と言い、高級車や高級ブランドのバッグの写真を送ってきていた。
"僕が成功を掴んだ秘訣を、君だけに特別に教えてあげる"
そうして彼は『投資教材の購入』を勧めてきた。
案の定、これは仮想通貨詐欺だ。
甘い言葉で誘い込めば無知な女子大生は自分の言うことに従い送金をしてくると企んでいるのだろう。
だが、彼はひとつ重要な事実を見落としていた。
ーー中谷瞳は、正真正銘のアホなのだ。
最初のコメントを投稿しよう!