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この想いが君へ届くことを祈って
僕には、自分の命よりも大切で愛おしくて⋯⋯守りたい人がいる。その人との約束を叶える為、たった一つの大きな夢を持った。
それは⋯⋯有名歌手になって沢山の人達に自分の歌声を聞いて貰う。そして、元気をもらえた⋯⋯と笑顔になって欲しいのだ。
でも元々は、僕にはそんな大それた夢や目標なんて何もなかった。ただ平凡に、一生を終えられれば十分だと思っていた。
けれどそんなある日、彼女──星影綺羅との別れ際に言われた言葉で僕の未来に新たな道が開けたのだ。
「咲斗の歌声はね、私を救ってくれたんだよ?
だから、その声を詩をもっと色んな人の元へと届けて⋯⋯そして、いつの日か私と舞台で会お」
茜色の空の下、綺羅が涙が出そうになるのを必死に堪えている。手が微かに震えているし目頭が赤く染まっていた。その姿を見て尚のこと、断れるわけが無い⋯⋯。
「うんっ⋯⋯綺羅、必ず君のもとへ行くから。約束だよ」
そう言って彼女に拳を向ける。コツっと、グータッチを交わし微笑した。そして、こくりと頷き合い事務所の車へと乗り込んで行った。
「またね」
言葉とは裏腹に、胸中ではもう会うことはないのではないか⋯⋯という不信感が渦巻いていた。けれど、奥底に閉じ込めて気づいていない振りをしていた。
✩.*˚
僕の歌には言霊が宿る⋯⋯それが本当だと分かったのは、綺羅が心臓病で余命宣告をされた時のことだった。
僕は少しでも回復の兆しが見えるように作詞作曲をした歌を病室で披露をした。すると、良くなるどころか反対に、胸を押えながら苦しみ出してしまった。そして⋯⋯緊急検査をする事になったのだ。僕のせいで⋯⋯どうしよう⋯⋯。
綺羅の運命を悪い方向へと僕自身から変えてしまったのか、と絶望に打ちひしがれていた。そして、床に座り込んでいた時だった。突然、綺羅が廊下を駆けながら「やったぁ」と叫んでいた。
「安静にしてないとだめだよ、綺羅!」
更に悪化してしまったら、命を失ってしまうかもしれない。そんな思いで彼女へ言葉を放った。すると、ふはっと笑みを浮かべながら「大丈夫だよ!」と言ってきたのだ。そして、こう言った。
「咲斗。病気がね、完治してるの!
多分⋯⋯いや絶対、歌のおかげだよ!」
一瞬何が起こったのか分からなくなる程、頭が真っ白になった。数秒経ってからようやく、思考回路が追いついて喜びに満ち溢れたのだ。
「やったね、良かった〜、綺羅!」
こんなこと有り得るわけが無いのに、奇跡が起きたのだ⋯⋯そう、まるでファンタジーの世界の話の様に。
その事を彼女は今でも覚えていたみたいで、あの約束を交わしたのだと思う。彼女は、とても素晴らしい歌唱力だと才能を認められ、東京へと行くことになってしまったのだ。その報告を受けた時、僕の”好き”っていうこの気持ちはもう伝えられない⋯⋯届けたら行けないんだと心に鍵をかけた。けれど、いつか同じ舞台に立つことが出来た時には、今度こそ彼女へ想いを告げたい。
その決心の下、僕はまず作詞を始めた。ノートに、浮かび上がってくる単語を⋯⋯気持ちをひたすらに書き続けた。次に、時系列ごとに並べつつ言葉を組み合わせていった。すると、今まで押さえ込んでいたものが溢れ出ているような詩が何十作品目にしてようやく完成したんだ。
さっそく、リズムを楽譜に書き込んでメロディをギターで決めていく。ゆっくりと思い出を回想するような曲調から、離れ離れになる事の焦りや寂しさなどの心の波を描くようなアップテンポな曲調にした。
「よし!これをネットにあげてみよう」
もし、この作品がダメだったとしても、一から作り直して必ず最高の詩にするんだ。パソコンのEnterキーを力強く⋯⋯そして、思いを込めて押した。だけど、どうしようもなく画面を見るのが怖くて、不安を消し去るためにパソコンを閉じた。
✩.*˚
綺羅と離れてから既に5年の月日が流れていた頃。そして、曲を投稿してから一週間後に驚きの事が起きた。なんと、大手企業会社からのオファーが二件も来ていたのだ。
「うっ、そでしょ⋯⋯ついに、やっと」
目頭が熱くなるのがよく分かった。抑えきれない感情が僕の体を駆け巡って行く。大粒の涙が頬を伝ってポタポタと床へ落ちていっていた。
しばらくの間、情緒不安定な状態が続いたけれど一時間弱して落ち着きを取り戻した。そして、覚悟を決めて片方の会社に『よろしくお願いいたします。』という返信を送った。
すると、
『分かりました。一週間後、東京の住所◯◯ー◯◯◯◯まで来てください。打ち合わせを行えればと思っております。』
『了解しました。』
そんな感じで、僕はついに東京デビューを果たしたのだ。けれど、田舎暮らしだった自分にとって都会は、きらきらとしていて大きな建物がずらりと沢山並んでいる⋯⋯ましてや人も多くて道も多い、大変な迷路の世界に迷い込んだように思えていた。でも、どうしてなのかテンションが爆上がりしているのだ。僕の住む田舎とは大違いだから。
それだけではなくて、人だかりや車の列が多かった。もはや、巨大なバーゲンセールみたいだ。当たりを見回しながら、送られてきた住所へと向かう。
「ようこそ、新島咲斗さん」
「は、はい。この度は⋯⋯ありがとうございます」
僕は、緊張しつつも深々と頭を下げた。そして、女性社員の方が指した方のソファーに腰を下ろす。
「さっそくなのですが⋯⋯この道を目指したきっかけとあの曲に込められた意味を教えて貰えないでしょうか?」
「はい⋯⋯僕には昔、歌手を志すきっかけをくれた人がいたんです。その人と舞台で会おうという約束をしたのが始まりですね。そして今回の曲は、沢山の思い出と心に秘めていた想いを描いた作品です」
「なるほど、ありがとうございます。
では最後になりますが、歌手を目指して何をしたいとか目的はありますか?」
「そのきっかけをくれた人や、これから僕の歌を聞いてくれる方々を笑顔にしたいですね」
「ありがとうございました。それでは早速なのですが、二週間後に初ライブを出来そうですか?」
唐突な予定に内心驚きを隠せなかったけれど、覚悟を決めた。
「はい、出来ます」
「では、二週間後の十三時に今ヒットしているカナタさんのライブが行われる会場でコラボ歌唱をしてもらいたいと思います」
「分かりました、一生懸命頑張ります!」
このチャンスを、棒に振る事無く掴み取るんだ。そして、カナタさんに恥をかかせない最高のライブにしたい⋯⋯いや、絶対にするんだ!
意気込みながら、みっちり発声練習や腹式呼吸の確認、喉のケアをして迎えた当日。若干の緊張を押さえ込みながら、会場へと足を踏み入れた。
待機場所で、ギターの音出しを少しした後バックで演奏してくれるプロの人達に挨拶をしに行った。
「本日は、どうぞよろしくお願い致します!」
「そんなに固くならないで、俺達は咲斗さんの後ろに着いてるから安心してや!」
「はいっ!」
優しい言葉をかけられ、少し気負い過ぎていた荷がおりたように感じた。そして舞台裏での待機に差し掛かった頃、カナタさんのライブがタイミングよく始まっていた。題名は、「Best life」というようだ。透き通る様な、美声を会場全体に響かせている⋯⋯目をそっと閉じて、歌詞に注目をした。
「君のおかげで 私は今ここに立っているんだ
どうかまた このステージで逢えますように
日々願っている
もう生きられない そう告げられたあの瞬間
私は毎日が苦痛だった 何をしても味気ない
一分一秒過ぎ去ってく どうして私だけ
誰か代わってよ ここから解き放って
周りが見えなくなって そんな時そばに居てくれた
君の存在が 私に希望をくれたんだよ
だからまた会って 語り合いたいの
それまで待ってる この舞台で」
ライブバージョンだからか歌詞を短く、思いが伝わるように編集されているみたいだ。詩を聞いて、何となく綺羅の生き様と重なっているように感じていた。まさか⋯⋯ねぇ、そんな偶然がある訳ない。
そして、カナタさんのソロライブが終わり僕とのコラボの時。
「それでは、今日からデビューの子とコラボをしまーす!楽しんでいきましょう!!」
出番が来て、舞台へと足を踏み込んだ。照らし出されるライトが太陽の光よりも眩しく感じた。
「初めましてー!ハルカです、よろしくお願いします!」
パチ、パチ、パチパチ⋯⋯あちこちから拍手が響き渡っていた。その流れに乗って、音を奏で初めて行く。
「それでは聞いてください⋯⋯約束」
『あの日涙こらえて僕と交わした約束、覚えていますか? 君は震えながら僕に また会おうねと言ってくれたね
会えない間 更に君との距離が遠く遠く感じていたよ 毎日君はどうしているのかなって 考えては俯いていたんだ
あの頃から歌っている姿がとても眩しくて その声がまた聞きたくて
心にロックをかけていた でも今ならもう伝えてもいいよね 大好きなんだ あの頃からずっと
決して揺るぐことの無いこの想いを今 君に捧げる』
夢中になりながら、最後までマイクを握りしめて熱唱しきった時⋯⋯一瞬静まり返った観客席から、猛烈なまでに大きな歓声が巻き起こった。初披露の初舞台で、ここまでお客さんの心を掴めたことが嬉しくて、思わずギターを弾いていたカナタさんの姿を見る。
すると、まるでずっと前から待っていてくれた親しい人の様に、大粒の涙を流しながら僕へ微笑みを向けて来てくれていた。
「カ、ナタさん⋯⋯?」
名前をボソリと呟く⋯⋯すると、ハッとしたように洋服で涙をサッと拭って、何も無かったかのように機材の片付けを始めていた。
「皆さん、ありがとうございました!」
感謝の気持ちを観客席に向かって伝えた。そしてこれにて初ライブの膜は、降りたのだった。全ての片付けが終わり、挨拶がてらに楽屋へと行った。
コン、コン、コン
「はーい!」
扉の反対側から、ノックに反応する声がうっすらと聞こえてくる。
「あの、ご挨拶に来ました。ハルカです⋯⋯!」
「開けて、入っていいですよ〜」
明るくて元気な声に安堵しつつも、言われるがままに中へと入った。そして、カナタさんの顔を改めてしっかりと見た時、僕の目からは大粒の涙が気付かないうちに流れ出ていて、驚きのあまり腰が抜け落ちた。
「綺羅!」
名前を呼ぶ事が精一杯の僕を、優しくもどこか強く⋯⋯抱き締めてくれたのは、カナタさんこと──綺羅だったのだ。
「どっ、どうして⋯⋯ここに?」
「私、あの後ね⋯⋯何事も無くプロの歌手になれたの。それで今日は、ここのステージに特別参加になったんだ〜」
再会を果たせて、願いを叶えることが出来て本当に心から嬉しかった。
「そうだったんだね⋯⋯やっと会えて良かったよ」
僕は、恥ずかしさよりも嬉しさで拭ったはずの涙が溢れてきて、再び大泣きしてしまった。しばらくして、ようやく泣き止んだ様子を見た綺羅は真剣な眼差しで瞳に僕を写していた。
「さっきの歌、聞いたよ。とっても心に響いた」
「ありがとう⋯⋯そう言って貰えるのを待ってたよ。でも、あの歌を君の前で歌ったからには⋯⋯決心をつけないといけない」
「決心⋯⋯?」
不思議そうに首を傾げる姿に、「聞いてくれる?」と微笑みながら聞いた。
「分かった⋯⋯!」
呼吸を整えて、綺羅をじっと見つめる。あの頃よりだいぶ大人っぽくなっているのが、外見でよく分かった。たった五年でもう、すっかり東京の空気に馴染んでいる。
「僕は、この歌を綺羅のために作ったんだ。今まで口にしなかった君への想いを込めて。僕は⋯⋯五年前から綺羅の事が好きです、良かったら僕と付き合ってくれませんか⋯⋯?」
彼女から見たら、僕はあの頃の幼いままに見えるだろう。それでも、五年の間⋯⋯綺羅だけが変わった訳では無いんだということを分かって欲しい。そう思っていると、綺羅が口を開いた。
「私ね!もうあの約束を咲斗は忘れてしまっているって思ってたんだー。だって、数年も経てば他にしたい事とか好きな事か出来て私のことなんか忘れて、楽しく暮らしているんだろうなーって⋯⋯でも約束を最後まで果たしてくれた、ありがと⋯⋯!私、あの時に決めてたの。もし会えなかったら咲斗への遠距離片思いを諦めようって⋯⋯。でも今は違う。咲斗が好き!一緒にこれからは居たいです!なので、よろしくお願いします!」
「嬉しい⋯!一生この手を離さないから」
再会の喜びと両片想いから両想いに変わった事への胸の高鳴りを抱きしめ合って確認し合った。
──見つめあった僕らはそっと唇を重ね合わせた。
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