君へ捧げる歌

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君へ捧げる歌

僕には、ある人との約束を叶える為に出来た、大きな夢がある。 それは、プロの歌手になって沢山の人々に自分の歌声を聞いてもらいたい。そして笑顔にしたいのだ。 元々、僕には夢や目標がなかった。ただ、平凡に一生を終えられれば十分だと。 けれど、ある日彼女との別れ際に言われた言葉で僕の未来に新たな道が開けたんだ。 「君の歌声は、私を救ってくれたんだよ。だから、その声を(うた)をもっと世界へ届けて…!そして、いつの日か私と舞台で共に歌おうね!?」 涙が出そうになるのを必死に堪えているのがよく分かる。だって、手が震えているし目頭が赤く染まっているんだから。その姿を見て断れるわけが無い…。 「分かった、必ず綺羅のいる場所まで行く! それまで、時間はかかると思うけど待ってて。」 彼女は、こくりと頷き事務所の車へと乗り込んで行った。 「またね。」 言葉とは裏腹に、胸中ではもう会うことはないのではないか?という不信感が渦巻いていた。 でも、僕には歌を歌うことで誰かを救うことができるみたいで…。 だから、綺羅が心臓病で余命宣告をされた時、僕は少しでも希望が見えるよう歌を披露したんだ。そしたら、苦しみ出してしまって緊急検査をする事になった。どうしようと、泣き崩れていたら綺羅が走って僕に飛びついてきた。 「安静にしていないと行けないよ綺羅!」 「それがね、咲斗。病気が完治してるの!多分、歌のおかげだよ!」 「やったー!良かったね、綺羅!」 こんなこと有り得るわけが無いのに、奇跡が起きたんだ! その事を彼女は今でも覚えていたようで、あの約束をしたんだと思う。 彼女は、歌手としての才能を認められ東京へと行くことになってしまったんだ。その報告を受けた時、僕のこの気持ちはもう伝えられない届けたら行けないんだと心に鍵をかけた。 けれど、いつか同じ舞台に立った時に君に想いを告げたい。 その決心の下、僕はまず作詞を始めた。 ノートに、浮かび上がってくる単語を、気持ちをひたすら書き続けた。 次に、時系列ごとに並べつつ言葉を組み合わせていった。すると、今まで押さえ込んでいたものが溢れ出ているような詩が何十作品目にしてようやく完成したんだ。 さっそく、リズムを楽譜に書き込んでメロディをギターで決めていく。ゆっくりと思い出を回想するような曲調から、離れ離れになる事の焦りや寂しさなどの心の波を描くようなアップテンポな曲調にした。 「よし!これをネットにあげてみよう。」 もしこの作品がダメだったとしても、一から作り直して必ず最高の詩にするんだ。 パソコンのEnterキーを力強くそして、思いを込めて押した。 だけどどうしようもなく見るのが怖くて、不安でパソコンの画面を閉じた。 ˚✩∗*゚⋆。˚✩☪︎⋆。˚✩˚✩∗*゚⋆。˚✩⋆。˚✩ 綺羅と離れてから既に5年の月日が流れていた頃。 そして、曲を投稿してから一週間後に驚きの事が起きた。 なんと、大手企業会社からのオファーが二件来ていたのだ。 「うっ、そでしょ…やっとだ。」 目頭が熱くなるのがよく分かった。抑えきれない感情が僕の体を駆け巡って行く。大粒の涙が頬を伝ってポタポタと床へ落ちていく。 しばらくの間、情緒不安定な状態が続いたけれど一時間弱して落ち着きを取り戻した。 そして、片方の会社に「よろしくお願いいたします。」という返信を送った。 すると、「分かりました。一週間後、東京の住所◯◯ー◯◯◯◯まで来てください。打ち合わせを行えればと思っております。」 「了解しました。」 そんな感じで、僕はついに東京デビューを果たしたのだ。 建物が沢山並んでいる。僕の住む田舎とは大違いでとにかく周りのものが大きかった。 それだけではなくて、人だかりや車の列が多かった。もはや、巨大なバーゲンセールみたいだ。 当たりを見回しながら、送られてきた住所へと向かった。 「ようこそ、新島咲斗さん。」 「は、はい。ありがとうございます。」 僕は、緊張しつつも深々と頭を下げた。そして、女性社員の方が指した方にあるソファーに腰を下ろす。 「さっそくなのですが、あの曲に込められた意味とはどのようなものなのですか?」 「それはですね。僕には昔、歌手を志すきっかけをくれた人がいたんです。その人との沢山の思い出と心に秘めていた想いを描いた作品です。」 「なるほど、では次に歌手を目指す理由は何ですか?」 「そのきっかけをくれた人やこれから僕の歌を聞いてくれる方々を笑顔にしたいと言うのが理由です。」 「ありがとうございました。それでは早速なのですが、二週間後に初ライブを出来そうですか?」 「はい、出来ます。」 「では、二週間後の十三時に今ヒットしているのカナタさんのライブが行われる会場でコラボしてもらいます。よろしくお願いいたします。」 「分かりました、一生懸命頑張ります!」 このチャンスを掴み取るんだ。そして、カナタさんに恥をかかせない最高のライブにしたい…いや、するんだ! みっちり、発声練習や腹式呼吸の確認、喉のケアをして迎えた当日。 若干の緊張を押さえ込みながら、会場へと足を踏み入れた。 待機場所で、ギターの音出しを少しした後バックで演奏してくれるプロの人達に挨拶をしに行った。 「本日は、どうぞよろしくお願い致します!」 「そんなに固くならないで、俺達は咲斗さんの後ろに着いてるから安心して!」 「はいっ!」 そして、舞台裏での待機に差し掛かった頃カナタさんのライブがタイミングよく始まっていた。 題名は、「Best life」というようだ。透き通る様な、美声を会場全体に響かせている。 目を閉じ、歌詞に注目する。 「君のおかげで  私は今ここに立っているんだ どうかまた このステージで逢えますように 日々願っている もう生きられない そう告げられたあの瞬間 私は毎日が苦痛だった 何をしても味気ない 一分一秒過ぎ去ってく どうして私だけ 誰か代わってよ ここから解き放って 周りが見えなくなって そんな時そばに居てくれた 君の存在が 私に希望をくれたんだよ だからまた会って 昔話 語り合いたいの それまで待ってる この舞台で」 ライブバージョンだからか歌詞を短く、思いが伝わるように編集されているみたいだ。 詩を聞いて、何となく綺羅の生き様と重なっているように感じていた。 (まさか…ね。) そして、カナタさんのソロライブが終わりいよいよ僕とのコラボの時。 「それでは、今日からデビューの子とコラボをしまーす!楽しんでいきましょう!!」 出番が来て、舞台へと足を踏み込んだ。照らし出されるライトが眩しく感じた。 「初めましてー!ハルカです!よろしくお願いしまーす!」 パチ、パチ、パチパチ あちこちから拍手が響き渡っていた。その流れに乗って、出だしを初めていった。 「それでは聞いてください、「約束」。」 「あの日 涙こらえて 僕と交わした約束 覚えていますか? 君は 震えながら僕にまた会おうねと言ってくれたね 離れて 更に君との距離が 遠く遠く感じていた 今 君はどうしているのかな? あの頃から 歌っている姿がとても眩しくて またその声が 聞きたいんだ 心に鍵をかけていた でも今なら言っていいよね 大好きなんだ あの頃からずっと 決して揺るぐことの無い この想いを今 君に捧げる」 ついに、歌いきった時。 観客席から、猛烈な歓声が巻き起こった。嬉しさのあまり、ギターを弾いていたカナタさんの姿を見る。 すると、大粒の涙を流しながら僕に笑みを向けていた。 「カ、ナタさん?」 小声で呼びかけると、洋服で涙をサッと拭って機材の片付けを始めていた。 「皆さん、ありがとうございました!」 そして、初ライブの膜が降りたのだった。 全ての片付けが終わり、カナタさんに挨拶をしに楽屋へ行った。 コン、コン、コン 「はーい。」 扉の向こうから、ノックに反応する声がうっすらと聞こえてくる。 「あの、ご挨拶に来ました。ハルカです!」 「開けて、入っていいですよ。」 言われるがまま、中へと入った。 そして、カナタさんの顔を改めてしっかりと見た時、僕は崩れ落ちた。 「綺羅!」 名前を呼ぶので精一杯の僕を優しく強く抱き締めてくれたのはカナタさんこと綺羅だった。 「どっ、どうして…ここに?」 「私、プロの歌手になって今日はここのステージに特別参加になったんだよー。」 「そうだったんだ。 ⋯やっと会えた。会えてよかったよー!!」 僕は、恥ずかしさよりも嬉しさで大泣きしてしまった。 しばらくして、ようやく泣き止んだ様子を見た綺羅は真剣な眼差しで瞳に僕を写していた。 「さっきの歌、聞いたよ。とっても心に響いた。」 「嬉しいよ、でもあの歌を君の前で歌ったからには決心をつけないといけないんだ。」 「決心⋯?」 「うん、聞いてくれる?」 「分かった、話してみて。」 深い呼吸をして、心拍数を整えて綺羅をじっと見つめる。 あの頃より、だいぶ大人っぽくなっているのが外見で分かった。たった5年でもう東京の人のよう。 「僕は、この歌を綺羅の為に作ったんだ。今まで心に閉まっていた君への想い⋯好きという気持ちを伝える為に。5年前から綺羅の事が好きです、付き合ってくれませんか⋯?」 彼女から見たら、僕は幼いように見えるだろう。それでも、5年の間綺羅だけが変わった訳では無いんだ。 「私ね、もうあの約束を咲斗は忘れてしまっているって思ってたんだー。だって、5年も経てば他にしたい事とか好きな事か出来て私の事なんか忘れて、楽しく暮らしているんだろうなーって。 ⋯でも、約束を果たしてくれたね。ありがとう! 私、あの時に決めてたのもし会えなかったら咲斗への遠距離片思いを諦めようって⋯。でも今は違う。咲斗が好き!一緒にこれからは居たいです! なので、よろしくお願いします!」 「嬉しい⋯!一生大切にするから!」 再会の喜びと両片想いから両想いに変わった事への胸の高鳴りを抱きしめ合って確認し合った。 ーそして、見つめあった僕らは唇を重ね合わせた。
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