キャンプをしたいだけなのに 3

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15  今となっては、冷静に考えられる。  なぜ、奈緒が私の持ち物を何度も盗んでいたのか。  なぜあれほど私との「おそろい」に執着していたのか。  母にも父にも、別の人間であることを強要され続けたことが、幼い少女の心をどんな風に、どれだけの時間をかけて、着実に蝕んでいったのか。  理解は出来なくても、想像することは出来る。彼女の置かれた環境を考え、慮ることが出来る。  だが、残念ながら、それは所詮、「今となっては」だ。  当時12歳だった私には、それが出来なかった。  仕方ないことだったと思う。あの日、いや、あの日までの数年間、私たち二人は傷つきすぎていたのだ。自分が傷ついているときは、その傷を押さえ込んだり、隠し通すので精一杯で、相手の傷跡なんて目に入らない。自分を守るだけで限界なのだ。  だから、今、後悔することは、一つだけ。  私たちはケンカをするべきだったのだ。  私は許さなくてもいいから。  奈緒は謝らなくてもいいから。  怒鳴り合いでも、殴り合いでもなんでもいいから、ケンカをすべきだったのだ。年相応の子供らしく、感情をぶつけ合うべきだったのだ。  でも、あの日、私は奈緒に何も言わなかった。  奈緒が担架で運ばれていくのを、毛布にくるまって黙って見つめた。  半狂乱になって病室飛び込んでいく奈緒の両親を見ても、何も言わなかった。  夕方近くに病院に迎えにきた祖母にも、何も言わなかった。祖母はいつも通りだった。「おなかすいたね」それだけだった。父に関しては、数週間後にちらっと背中を見かけただけだった。  私は、自分が無視され続ける家に帰った。  奈緒は、自分を否定され続ける家に帰った。  奈緒は卒業を間近に控えた状況で、転校していった。騒ぎを起してしまった学校に居続けることは、両親のプライドが許さなかったのだろう。    理科準備室の鍵を最後に閉めたのは、奈緒だったので、私は理科準備室に入ることは出来なくなった。  人気者の優等生をそそのかして殺しかけ、あげく転校に追いやった私に、話しかける人間はもう学校にはいなかった。態度が変わらなかったのは足立先生ぐらいだ。その足立先生とも小学校を卒業すると当然、接点がなくなり、地元の中学校に進学した私は、完全に誰ともしゃべらなくなった。  高校は県外の高校を選んだので、話し相手ぐらいは出来た。社交性も最低限身につけた。本当の友達なんて一人もいなかったが、別に困らなかった。  いつのまにか、奈緒のことも忘れていた。私の人生には友達という存在はいないんだと、はじめからいないんだと、そんな風に思い込むようになった。  パチリと、たき火が爆ぜる。 「んー」と言いながら伸びをする。  辺りはすっかり暗くなっていた。  ゆっくりと立ち上がる。  久々に昔のことを思い出した。所々に霞がかかっているものの、頭の奥で、実は覚えてるもんなんだな。 「過去のことは過去のこと。いまさら帰ってくることはない」  私はそうつぶやくと、気持ちを割り切り、感傷的な気分を放り投げた。  さあ、そろそろ焚火を消して、ストーブを再稼働させて、夕食にしよう。今日は珍しく生魚を持ってきた。冬ならではのキャンプスタイル。刺身パーティーだ!  さあ、私のウキウキ雪中キャンプは、これからだぜ! 「こんばんはー!」  勢いをくじかれるとはこのことだろう。見ると、雪の通路を、ランタンを持った人影が近づいてくる。  レイジか? と身構えたが、よく見ると彼女さんの方だった。足、長いなあ。 「ごめんなさい。挨拶おくれちゃって」  彼女さんはそう言って歩きながらぺこりとする。 「いえいえ。こちらこそ。すみません」  私も軽く頭を下げる。  彼女は足下に注意しながらゆっくりと近づいてくる。  ランタンとたき火の明かりで、徐々にニット帽とショートカットの黒髪の下のお顔が鮮明になる。  予想通り、綺麗に整った顔立ちだった。目が大きい。  その大きな瞳が、私の顔を見た瞬間、驚きでさらに見開かれた。 「なっちゃん?」  私は固まった。私をなっちゃんと呼ぶ人間は二人しかいない。紗奈子と、もう一人。 でも、そんなこと、あるのか。 「なっちゃん? なっちゃんだよね!」  私は呆然としていたのだろう。その顔を見て、彼女はぱっと笑顔になった。 「やっぱり、なっちゃんだ!」  嬉しそうに笑う彼女の口から、可愛らしく犬歯が覗いた。 「・・・・・・ナオちゃん」  過去が、帰ってきた。
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