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18
この世には、罰も、奇跡も、運命もない。
あるのは行動と、結果と、責任だけだ。
奈緒は私に顎をつかまれたまま、ぽろぽろと涙をこぼした。
私は、手を放し、できるだけゆっくりと、怖がらせないように、これ以上ないくらいゆっくりと奈緒を抱きしめた。
「レイジにやられたのね」
「……うん」
私の見立てでは、殴られて2週間といった傷だ。相当強く殴られたんだろう。もしかしたら、服の下には、もっとたくさんの傷やあざがあるのかもしれない。
「もう大丈夫。大丈夫だから」
奈緒がしゃくり上げる。その背中をやさしく撫でる。
さて。どうするか。
こうなれば、レイジが動画に出演させるわけでもないのに、奈緒をキャンプに連れてきた説明も付く。常に自分の付近において、逃げられないようにしているのだ。もう束縛を超えて、軟禁に近い。
レイジからすると、そこに偶然、昔の友人の私が居合わせたことは全くの想定外だっただろう。チャンスだ。
しかし、奈緒もすぐには私に助けを求めなかった。さっきも、自分の彼氏の良いところばかりを焦った様に羅列していた。単に逃げる気力を失っているだけの可能性もあるが、もしかしたら、もうDVが常態化していて、正常な判断を失っているのかもしれない。一種の催眠状態だ。
もしくは、それとも、離れられない理由が別にあるのか。
例えば、何か弱みを握られているとか。
だとしても、それを奈緒から聞き出すのは難しい。きっと、昔の友人である私に打ち明けるのが一番精神的にキツいだろうから。
しかし、行動しなければ。こういうときに一番ダメなのは、あれこれ考えて動かないでいることだ。じっとしていても事態は好転しない。むしろどんどん悪化していく。
私は奈緒から体を離すと、二人でベッドに座ったまま、奈緒の両の肩を持って向き合った。
「ナオちゃん。逃げるわよ」
「え?」
「警察に行くの。これだけでも立派な暴行罪よ。傷跡が残ってるんだから、これ以上ない証拠になる」
「し、信じてもらえるかな」
「大丈夫。私、警察にも知り合いがたくさんいるの」
これは半分嘘だ。私は有名人だが、仲良くはない。強いて言うならば前回に怪我を見てくれた陽気な老人医師と、毎回の取り調べで会う桜田刑事ぐらいだ。
だが、絶対、力になってくれる。
「で、でも・・・・・・」
奈緒が視線を落とした。
「スマホが、ないから」
スマホ? この後におよんで、何をいっているんだ?
「さっき、スマホを落としたって言ったでしょ」
「うん」
「実はね、落としたのは、レイジの方なの。俺のスマホ落としちゃったから、お前のスマホ貸せって。機種がおんなじだから、撮影は出来るからって」
「じゃあ、あんたはスマホをとられたあげく、彼氏のスマホを探させられてたってこと? 一日中?」
奈緒は無言で頷いた。また一筋涙が光る。
大体わかった。奈緒のスマホ。それが奈緒の弱みなのだろう。きっと、誰にも知られたくないような何かが、そこには入っているのだ。だからスマホがなければ、奈緒はここを離れられないに違いない。レイジはそれを握っている。
私の脳は怒りで沸騰しそうだった。どうせ自分のスマホを落としたなんて嘘だ。単に奈緒からスマホを取り上げたかっただけに違いない。
きっと奈緒は、それを薄々わかった上で、一日中、意味のない雪かきをさせられていたのだ。
あんなに賢い子だったのに。
奈緒の人生で、どれほどの出来事が奈緒の心を、精神を破壊し続けてきたのだろう。
雪の積もった神社での、奈緒の叫びが聞こえた。
『一緒にいてよおお。なっちゃああん!』
奈緒の心を初めに壊したのは、私なのではないか。
「わかった。取りかえしてあげる」
奈緒が驚いて顔を上げる。私は、彼女を見つめて繰り返した。
「私が、ナオちゃんの大事なもの、レイジから取り返してくるから」
12歳の私には出来なかった。
でも、今の私なら出来る。
今度こそ、ナオちゃんを救うんだ。
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