キャンプをしたいだけなのに 3

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2  待ち合わせのショッピングモールに現れた紗奈子は実に上機嫌だった。というか、はしゃいでいた。  早めに集合していた私と美音のもとに、紗奈子は「なっちゃーん! みっちゃーん!」と手をふりながら走ってきた。  私たちの所に着くやいなや、その勢いのまま、私と美音の腕を両手でがしりと掴む。 「えへへ。3人で遊ぶの、初めてだね!」  笑顔でじゃれついてくる紗奈子を「はいはい」といなしながらも内心安堵する。よかった。思ったより大丈夫そうだ。 「紗奈子ちゃん、元気してた? 未来くんも元気?」 「うん。今日はお父さんお母さんに見てもらってる。みっくん、すごいんだよ。毎日ハイハイで家中を爆走するの」  美音の問いにも笑顔で答える。この様子を見る限り、いつもの紗奈子だ。紗奈子母の心配しすぎだったのだろうか。 「最近、外に遊びに行くことなかったから、誘ってもらえたのすごくうれしかった! ここ数日ずっと楽しみにしてたんだ」  そう言って私の顔を無邪気な笑顔がのぞき込んだ。 「あ、なっちゃん。忘れないうちに」  そう言って紗奈子は筆箱ぐらいの小包を取り出した。 「いつももらってばっかりだから。お返しのプレゼント」 「いいのに」と小包を受け取る。  大きさの割にずっしりしている。その場で開けようかとも思ったが、綺麗にラッピングされていたので、また家でゆっくり開けようと考え直した。軽く礼を言ってリュックに入れる。 これまで人から贈り物をもらうのは、あまり好きなタイプではないのだが、友達からもらったとなるとなんだか嬉しい。その心情が顔に出ていたのだろう。紗奈子も満足げだった。 「じゃあ、そろそろ行こうよ」  そう言って紗奈子が私を引っ張る。 「上の階におすすめのショップがあるんだ」 「おっ。紗奈子ちゃん、調べてきてくれたんだ」  美音も歩き出し、3人でエスカレーターに向かう。 「え、なに? なんか買うの?」  そういう私に、紗奈子が目を見張る。 「何言ってるの。なっちゃんがあまりにダサい私服しか持っていないから、なっちゃんの服を選ぶアドバイス係として、私を呼んだんでしょ」  ちょっとまて。聞き捨てならん。  即座に美音を睨み付けると、美音はさっと顔をそらし、素知らぬ顔で「あ、あのショップも入ってるんだー」とわざとらしい独り言を言い始めた。 「いやー。私も前から思ってはいたんだけど、言いづらかったんだよね。でも、なっちゃんに自覚があって良かったよ」  紗奈子がそう言ってうんうんと頷く。  え、ちょっとまって。私の私服ってほんとにダサいの? 「でも大丈夫。このおしゃれシングルマザーさっちゃんが、私服クソダサなっちゃんをいい感じにコーディネートしてあげましょう」  え? 私、クソダサなの? 私は思わず自分が着ているキャンプTシャツと不燃素材のジャケットに目を落とした。 このジャケット、高かったのに。 「なっちゃん? どうしたの」  立ち止まってジャケットの裾をつまんで立ち止まってしまった私に、紗奈子がきょとんとする。 「ま、まあ、とりあえず行ってみましょうよ。ナツさん」  そう言って美音も私の手を引っ張る。私は両手を紗奈子と美音に引っ張られる形でエスカレーターに乗せられた。  私は放心状態でなすがままにされながら、美音と紗奈子を交互に見た。  私、クソダサなの?  紗奈子が目星を付けてきたショップは、店構えこそ若者向けのデザインではあったが、扱う服自体はそれなりに落ち着いたテイストのブランドのものだった。 「これとか清潔感あって、いいじゃないですか」  美音がそう言って淡い色のコートを手に取る。 「何? 今の私は清潔感がないってこと?」  ショックから立ち直って若干不機嫌になった私は、美音の言葉にけんか腰で返した。美音が言葉に詰まる。そこに紗奈子が遠慮なく切り込む。 「うん。まあ、そういうことだね」  はっきりとした紗奈子の物言いに再びショックを受ける。 「いや、でも、ちゃんとキャンプの度に水洗いしてるから、不潔って事はないはず・・・・・・」 「いや、そうじゃなくて」  紗奈子が腕を組んで、私の全身を上から下まで眺める。キャンプ用のキャップ。たき火用の用のアウター。テントのイラストが描かれたTシャツ。所々すり切れたジーンズ。ランニング用のスニーカー。 「なっちゃん。ここはキャンプ場じゃないんだよ」 「いや、そうだけど、でも、これが一番動きやすいし、火の粉だって防げるし」  ぼそぼそと言い訳をする私を、「なっちゃん!」と紗奈子が一喝する。 「服には目的と機能があるの。キャンプ場ではキャンプをしやすい格好があるのと同じ感じで、ショッピングモールで友達と買い物するときには、それ相応の服装があるの」  なんだか今日の紗奈子は勢いがある。白鳥キャンプ場ではあんなに「なっちゃんなっちゃん」とびゃーびゃー泣いていたくせに。くそう。  そういう紗奈子は少しボーイッシュなジャケットにロングスカートを合わせていた。ファッションについて詳しくはわからないが、確かに似合っている。ジャケットのサイズが少し大きい気がしたが、聞いてみると、ちょっとオーバーサイズのものを着るのが若者の間では流行だそうだ。よくわからん。  結局、服選びは紗奈子に主導権を握られ、「清潔感のある服」を一式買わされてしまった。  まあ、とはいえ、紗奈子が最終選んでくれたのは若干アウトドア感があるデザインのものだった。上着は暖かいダウンジャケットを選んでくれた。キャンプにも持って行けそうなデザインだ。化繊の服は燃えやすく、ちょっとした火の粉で穴が開くことがあるので、実際は持って行かないだろうが、確かに街中を歩くにはちょうどいい。手持ちの他の服とも相性が良さそうだ。私が自分でも着やすいように考えてくれたのだろう。  せっかくなので、タグをレジで外してもらって、一式着替えて店を出ると、美音が拍手してくれた。 「すごい。最高に似合ってる。流石は紗奈子ちゃん。センスある!」  美音の言葉に紗奈子がはにかむ。 「昔からファッション雑誌とか、読むの好きだったから」 「いやー。紗奈子ちゃんに頼んで正解だったよ。前からお洒落な子だなあって思ってたんだよね」 「えー。ほんと?」  紗奈子の顔が一層ほころぶ。  なるほど。色々と自信を失っていた紗奈子に活躍の場を持たせて、自尊心の回復を狙ったプランだったのか。美音はうまいな。  私の自尊心は粉々にされたが。 「紗奈子ちゃんのおかげで、思ったより早く済みましたね。ほかに見たい物とかあります?」  そう言う美音に、「あ、じゃあちょっと付き合ってもらってもいい?」と私は手を上げた。 「スマホ見たいんだ。そろそろ機種変したくて。」 「あー。まだ代替機なんでしたっけ」 「そっか。私のスマホと一緒になっちゃんのも湖にしずめられちゃったもんね」  私は頷いて型落ちのスマホを取り出した。保険プランでとりあえずショップに支給されたものだ。なんだかんだで今日までこの中古の代替機を使ってた。しかし、最近、バッテリーの持ちが大分悪くなってきたのだ。 「さっちゃんは新しいのを買ったっていってたよね」  紗奈子にとっては気持ちを入れ替える意味もあったのだろう。思い切って最新型を買ったと言っていた。 「うん。今日は、お母さんに取り上げられてるけどね。今日一日、みっくんのことは忘れて、なんにも気にせず遊んできなさいだって」 「紗奈子母、徹底してるね」  二人が機種選びを手伝ってくれることになり、3人で意気揚々と携帯ショップに乗り込んだ。しかし、店に入ってすぐ私は面食らった。大型店舗のせいか、思いのほか種類があったのだ。  並んでいる見本のスマホには各々、様々なポップが付けられており、セールスポイントが書かれている。しかし、私には何がどう違うのかさっぱりわからない。精密機器は苦手なのだ。キャンプギアなら一目で構造から用途と機能がわかるのに。スマホはどれも同じ板きれにしか見えない。 「やっぱり小型のがいいよね。ナツさんジーンズのポケットに入れるし」 「なっちゃんキャンプ飯とか撮るんでしょ。カメラの性能重視だよ」 「ナツさん一眼レフ派じゃん」 「あ、そっか」  ところせましと並ぶスマートフォンの山の前で固まっている私を尻目に、美音と紗奈子はテキパキと機種を吟味し始めた。  いいぞ若者たち。頼りになるぞ。 「あ、なっちゃん。これとかどう?」  紗奈子が手招きする。近寄って見ると、水が張られた金魚鉢の中に白い一台のスマホが沈められていた。なんだこれ。 「超完全防水なんだって。3日間水中に入れてても、乾かせば動くらしいよ」  まじかすごいな。 「これなら、また湖に沈められても大丈夫じゃん!」  いや、仮にその状況になったとしたらスマホとかもうどうでも良くなってると思う。  そう心の中で突っ込みながらも、ちらりと値段表示を見た私は、文字通り目玉が飛び出した。  あわてて、他の機種の値段も確認して、愕然とする。  え、今のスマホって、こんなに高いの? 「なっちゃん。いいプランがあるよ。この新機種購入で、タブレットが一台無料で付いてくるんだって。A4サイズのやつ!」 「ナツさんはスマホだけで十分なんじゃない?」 「動画とか見るときには絶対大きい画面の方がいいって! これでキャンプ場で映画見放題だよ」  若者が大いに盛り上がってしまっている。そこに水を差すのは本当に気まずいが、仕方ない。私は恐る恐る手を上げた。 「ごめん。やっぱ今度にするわ」 「へ?」  無料で付いてくるとか言うタブレットの必要性について熱く議論していた二人が、きょとんとこちらを見る。 「今のでもバッテリーの持ち以外は困ってないし」  私はそう言って踵を返し、スタスタとショップを出た。慌てて二人が着いてくる。 「予算オーバーですか?」  私の顔色を見たのか、美音が心配そうな声を出す。 「え、なっちゃんお金ないの?」  紗奈子が「意外!」とでも言いたげな顔で私を見る。 「大人なのに?」 「うるせえ無職実家住み。こっちはスマホと一緒に車も沈められてんだよ」  そう返しながらも、私は自分の顔が笑っているのがわかった。それを受けて紗奈子は更に調子に乗ってからかってくる。その様子を後ろから見て、美音が笑う。  ふと思った。よくよく考えれば、こんなふうに友達と買い物に来るなんて、小学生以来でないだろうか。  思いのほか、楽しいものだな。
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