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第4話
数週間後。ついにその日がやってきた。昴が登校してきたのだ。
私は、彼が同級生たちと「おはよう」と挨拶を交わしているのを遠巻きにして眺める。タイミングを逃してしまったせいで、結局一言も話さないまま放課後になってしまった。
もう魅了の効果も完全に切れた頃だろうし、きっと今日から昴は音楽室に来ないだろう。
(歌詞、頑張って考えたんだけどな……。まあ、仕方ないよね)
私は小さく嘆息すると、踵を返して音楽室から出て行く。
「舞花!」
とぼとぼと廊下を歩いていると、突然名前を呼ばれた。驚いた私は立ち止まり、後ろを振り返る。
「昴君……?」
そこには、息を切らした昴の姿があった。急いで走ってきたのか、額にはうっすらと汗をかいているようだった。彼は呼吸を整えるかのように何度か深呼吸をしてから顔を上げる。
「遅くなってごめん。クラスメイトたちに捕まって、入院中のことを色々聞かれちゃってさ」
「そうだったんだ……あの、でも……既に、魅了の効果は切れているはずだよね? それなら、もう私の歌声には魅力を感じていないんじゃない? なのに、どうしてわざわざ音楽室に来てくれたの?」
私は思わず疑問をぶつける。すると、昴は困ったように笑みを浮かべた。
「舞花に会いたかったからだよ」
「え……?」
「俺は……今でも舞花の歌声に惹かれているし、これからも聴きたいと思っている」
「な、なんで……?」
私は戸惑いを隠せなかった。あれから大分経っているし、もうとっくに私の歌声への興味は失せているはずだ。それなのに、どうして……?
「──多分、心から舞花のことが好きだからだと思う。俺は……君の歌声も好きだけど、君自身のことも大好きなんだ」
「え……? ええぇぇぇ!?」
予期せぬ告白を受け、私は思わず素っ頓狂な声を上げてしまう。
昴曰く、「あの日以来、本気で君に恋をしていたから魅了の効果が切れても気持ちが変わらなかったんじゃないか?」とのことだった。
「だから、これからもずっと俺の傍で歌い続けてほしい」
そう言って微笑んだ昴の顔を見た瞬間、私の心臓が跳ね上がる。
顔が熱くなるのを感じ、まともに昴の顔が見られなくなった。そんな私の気持ちを知ってか知らずか、昴はさらに言葉を続けた。
「能力のせいで人前で歌えないなら、俺だけに歌を聴かせればいい。それなら、問題ないだろ? 俺だけが君の歌声を知っているなんて、なんだか特別感があるし、お互いメリットだらけだと思うんだけど」
「……っ」
私は思わず言葉に詰まる。まさか、昴がそんなことを思っていたなんて。
「駄目かな……?」
不安げにそう尋ねる昴に、私は慌てて首を左右に振る。そして、大きく深呼吸した後にこう答えたのだった。
「う、うん……いいよ。……私も、昴君のことが大好きだから、昴君だけに歌を聴いてもらいたい。あ、そうだ! あのね……頼まれてた歌詞、頑張って書いてきたの! 大したものじゃないけど……」
私は照れ隠しをするかのように話を逸らすと、歌詞を書いたノートを差し出す。昴は嬉しそうにそれを受け取った。
「ありがとう、舞花。一生大事にするよ」
そう微笑む昴の笑顔は、今まで見たどんな時よりも輝いて見えた。
私は、歌うことが大好きだ。でも、この厄介な能力のせいで大勢の前で歌うことができない。
今まで、何度この境遇を呪ったかわからないけれど……自分を必要としてくれる人に歌を聴いてもらえるなら、決して不幸なんかじゃないと気づいた。
だから──私は、これからも歌い続ける。たった一人の大切な人のために。
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