05.闇の結晶

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05.闇の結晶

 翌日、無事カイは目覚めた。  すっかり体力を取り戻したようだ。   「カイが元気になってよかった。  あんな恐ろしい魔物を倒すなんて、あなたはとても強いのね。  闘ってくれて、ありがとう」  カイは何も言わず、頭や体をこすりつけてきた。  感謝の気持ちを込め、丁寧に彼をなでる。  耳の後ろをなでられるのが好きなようだ。  カイが満足するまで続け、二人は再び森を進み始めた。  その日の夕暮れのことだ。  もう夜が訪れるというのに、カイはどこかへ向かって歩き続けた。  心なしか、早歩きになっている気がする。 (もしかして、目的地が近いのかしら)  パウラは何も言わず、少しだけ揺れ始めた金の尾を見失わないよう追い続けた。  深い森は、太陽が沈むと一気に暗くなる。   「ウォフッ!」  カイが一鳴きして、背の高い草むらの中へ走って行ってしまった。  一瞬で姿が見えなくなる。 「カイ、待って!」  彼の向かった方へ、草を分け入って自分も進む。  時々、カイの鳴き声が聞こえる。  それを頼りに進んだ。 (あれは……灯り?)  赤い光が見えた。  近づくほどに、その明るさは増していく。  草むらが終わり、たどり着いた先に息を呑んだ。 「ここは……神殿?」  白い石で造られた荘厳な建物が、そこにあった。  もう何年、何百年と人が立ち入っていないのだろう。  一部は自然と同化している。  それでも、その場所が神聖で特別であることは肌にひしひしと感じた。 (バーンズ家の廊下に飾ってあった、大きな女神の絵に出てくる神殿にそっくり……)    夜なのに煌々と明るいのは、たくさんある篝火台すべてに灯がともっているからだろう。  神殿の中から、カイが出てきた。  どうやら、中の灯りも彼がつけてくれたようだ。   「ウォフッ!ウォフッ!」    パウラを見つけたカイが、その場で吠えた。  嬉し気にしっぽを振っている。  神殿の中に来て欲しいのだろうか。  パウラは苔むす階段を上った。  それを待たず、カイは中へ戻っていった。 「待って、カイ!どこまで進むの?」  この場所は入っていい場所なのか、そもそもここは何なのか。  聞きたいことはたくさんある。  でもそれに答えられる『人』はいそうもない。  今頼りになるのは、魔法の扱いに長けた、賢く美しい金の狼だけだ。  彼が向かった先へ、自分も行くことにした。  長い廊下の先、開けた場所にカイはいた。  空気が変わる。  重く、冷たく、息苦しいものに。  その広間は、天井の一部が崩れ、月のあかりが射していた。  そして部屋の中にある物を照らしている。 (あれは一体……こんな禍々しい物初めて見たわ)  黒く巨大な塊。  それは光のない夜、そのもの。  混じりっけなしの暗黒が凝縮して、そこにあった。  カイは、それを見上げている。  パウラは恐る恐る近づいた。  玉に直接触れないよう、手をかざす。 「……ッ!」  一瞬で分かった。  これは『闇』だ。  とてつもなく、巨大で恐ろしい、闇の結晶。 「カイ、これは……こんなに闇の力が強いもの、出会ったことがないわ。  文献でしか読んだことないけど  ここまで強力な闇の力を持っているなんて、まるで……魔族」  その言葉を聞き、カイはこちらを向いた。  そして近くまでやってくると、パウラの足元で頭を下げた。  まるで、何かを懇願しているようだ。 「もしかして、私をここへ連れてきたのはこれのため?」 「クーン」  カイの目は、悲し気でそして辛そうで……。  思わず抱き締めた。  昨日あの黒豹と死闘を繰り広げた、勇ましい姿はどこにもない。  今目の前にいるのは、自分ではどうすることもできない困難に、ただただ耐える一匹の狼だった。 「私、つまり聖魔法を使う者は『闇』を浄化することができる。  だから連れてきたのね……」  森の中へ入った当初の目的は、カイのつけている腕輪から、人が住んでいるのではないかと思ったからだ。  行き場のない自分を、受け入れてはもらえないだろうかと……。  藁にもすがる思いだった。  でもここへ来る途中で、そんなことは忘れていた。  彼のやさしさ、さりげない気遣い、折れない強さ。  それを知るうちに、カイを心から信頼するようになった。  そして、彼のために自分ができることをずっと考えていた。 「カイ」  彼の目を見つめる。  青みがかった緑色の瞳が、こちらを不安げに見返した。  彼が聖魔法を使っているのを見たことはない。  つまり、彼にはこの闇を浄化することはできなかったのだ。  どれだけ長い年月を、暗闇でもがいていたのだろう。  彼の顔に手を触れる。  それに頭をこすりつけられた。 「きっとずっと一人で、これと向き合ってきたのね。  大丈夫、これからは私も一緒よ」  それを聞き、カイの尾が揺れた。  目に少しずつ、光が射す。 「ここにくるまでカイは私のために、たくさん頑張ってくれたのだもの。  今度は私が頑張る番。  カイのために、絶対浄化するわね」 「ウォフッ!ウォフウォフッ!」  カイは嬉しそうに、パウラの周りを回り始める。  その様子に釣られるように、パウラもまた、カイへ笑顔を向けるのだった。  それからパウラは、闇の結晶を浄化し続けた。  一朝一夕で終わることではない。  来る日も、来る日も……。  額に汗して、立っていられなくなるまで、己の力を振り絞った。  でも支えてくれるカイがいる。  だからどんな苦労も、苦ではなかった。  日が昇り、また落ちる。  それを100回繰り返した、ある日の夜。 「……結晶に、亀裂が!」  それが聞こえたのか、部屋の外にいたカイが走ってやってくる。  結晶の様子を見て、興奮した様子だ。  浄化の手は一切緩めない。  聖魔力を送り続けた。  ヒビはどんどん大きくなり、眩しい光を放つ。 (この光は……もしかして、爆発する!?)    目を開けていられないほどだ。  咄嗟にカイを抱き締める。   「絶対、守るから!!」  そう誓い、強固な魔法障壁を張った。  強い衝撃が走る。  凄まじい威力に、壁が持ちこたえられるか不安だった。  でも、自分がやらなければカイを守れない。  その思いで、残りの魔力を全部注いだ。 (意識が……)  魔力が底をつき、倒れ込む。  その直前、逞しい腕に包まれ、名前を呼ばれた気がした。  
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