ローレライ

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ローレライ

   ローレライが歌うと、国が亡びる。  国が一つの大きな島で出来ているその王国には、そんな言い伝えがあった。  だけどこれは決して伝説などではなく、目の前に起こりうる危機のひとつ。  そして事実、過去にいくつもの王朝が滅びている。    美しい青い髪。  サファイアの瞳。  青白い肌に張り付く鱗のようなものに覆われた体は陽の光に輝き、下半身は長くたなびく優雅なひれを持った魚の尾。  大海では人魚と呼ばれているこの怪物は、この王国ではローレライと呼ばれていた。  よくこの怪物が目撃される大岩のあるあたりは昔陸地と繋がっており、ローレライという国だか、姫がいたとか。  何が彼女をそうさせるのかは分からないが、それは何百年とそこに居座り、歌い、国と人に破滅をもたらす。  かつてのローレライ王国の王女の成れの果てで、自分を殺した愛する王子をずっと探していると言う者もいる。王国の文献にもそれは残っていないので、真相は誰も知らない。  だがこの人魚、ただ国を滅ぼすだけではない。  その血肉を喰らえば、病はたちどころに癒え、傷は瞬く間に塞がり、年老いた者は青き春を取り戻し、永遠の命を約束すると言われている。  メーレスザイレ王国の第十三代国王、ヒューガは今病の中にいた。  順風満帆に王位に就き、美しい妻を迎え、勇敢な王子がいる。  これから他国へ侵攻し、この孤島の王国からいよいよ大陸へと領土を伸ばす、そんな時であった。  医者は皆匙を投げた。  病の進行は早く、今や風前の灯火と言える命。  国王は掠れる声で命令した。 「ローレライを捕らえよ」  多くの犠牲者を出し、それはついに三カ月後に叶えられる。  歌を封じるため、彼女の口にははみが噛まされた。  生きた血肉でなければならないため、彼女は大きな水槽の中に捕らえられている。  暴れ、抵抗し、がむしゃらに尾を打ち付けた彼女の体はボロボロで、水槽には光る鱗が沢山浮いていた。  何度も外そうとしたはみは全く取れる気配もなく、長い自分の爪で傷ついた顔には赤い筋がいくつも付いていた。 「化け物め。なんだあの目は。どこを見ているか分からん、気色の悪い」 「あの肌を見てみろ。蛇みたいだ」 「歌が歌えなければ魚と変わらんな。焼いて食ったらどんな味なんだろうな。おっとそれをするのは陛下か」  見張りの兵士は時々手にした槍で突っついては、痛がる彼女にどっと笑い声を上げていた。  月夜の水槽に沈むそんなローレライに、たった一人だけ同情の目を向ける者がいた。  この国の王子、勇敢なカヌースク。  金銀で飾り立てたこの王子は、月の光に青く漂う鱗の中で、怯える人魚に恋をした。 「可哀相なローレライ。明日には父上に生きたまま食べられてしまう。どちらが化け物なのか。可哀相なローレライ。自分の千切れた鱗に囲まれて、なんと悲惨で、美しい」  王子は水槽に手を付いた。  人魚もまたその手のひらに、ガラス越しに手を合わせた。 「僕が助けてあげよう。だからローレライ、僕を愛してくれないか。君がいなければ父はもうじき亡くなる。僕なら君を守れる。この国の王位について、命尽きるその時まで一緒にいよう。もっと大きな水槽で、誰にも邪魔されることなく、君を飼ってあげる」  王子の愛は、どこか屈折していた。  そして月が黒い雲に隠れてしまうと、王子は彼女のはみをそっと外した。 「ああローレライ、なんて美しいんだ。さあ歌え。僕に愛の歌を。さあローレライ、君の声を聞かせてくれ」  人魚は水槽から手を伸ばすと、王子の耳をそっと塞いだ。  勇敢だが愚かな王子によって、この日、メーレスザイレ王国は滅びた。
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