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日中に彼の部屋を訪れたことは何度かあるけれど、こんな夜遅い時間に来たのは初めてだ。
「大将にちょっと書類の作成を頼まれてたのを、寝る前になって思い出してさ。 期日が明日の朝だったんだよ。 さっきまで必死こいてデスクワークしてたんだ」
言いながら彼はベッドの上からクッションを取ってきて渡してくれた。 彼の部屋はいつ来ても、綺麗サッパリと片付いている。 余計なものが無い。
私の部屋と同じ間取りなのに、どうしてこんなに広く感じるんだろう……
彼は机の傍のデスクチェアに座り、私にはクッションに座るように言ってきた。彼の部屋にはソファは無い。 なんでも筋トレやストレッチなどする際に邪魔になるから、不要なんだそうだ。
彼は給湯室から持ってきた冷たい麦茶を一気に飲み干した。 私もそれに倣って、入れてきた温かいほうじ茶を少し口にする。 給湯室にはコーヒーやら清涼飲料水なども飲めるようにドリンクバーのような業務用のディスペンサーが設置されているが、夜中のこの時間には私はお茶一択だった。 甘いものを飲んだらまた歯を磨かなくてはスッキリ出来ない。 そしてこの感覚は彼も同じようだ。 常の彼ならジンジャーエールかコーヒー、野菜ジュースなどを選ぶはずだから。
「……ちょっとは落ち着いたか」
彼が尋ねてくれたから頷いて返す。 たしかに悪夢の余韻は大分マシになってきていた。
「そっか」
彼が躊躇いがちに少し微笑みながら、そう言ってくれた辺りまではしっかり覚えているのに。 なぜだか、この後の記憶がいきなりに曖昧になる。
あれ、どうして? 疲弊しきった後に彼と話せたことで、安心して気が抜けたから? 記憶の映像がぐにゃっと歪む感じだ。
彼が私を呼ぶ声が遠かった。 先程の夢の中……いや悪夢の中にあった靄が、急に降って湧いて出てきたみたい、なんてぼんやり考えていた。
次に目を覚ますと、私は彼のベッドで寝ていた。
え? えぇえ?! なに、なんで?! すぐに理解が追いつかないが、隣りに彼はいない。
「起きたか。 今の時間なら誰にも会わないで戻れるだろうから。 ほれ、着替えに行きな」
既に彼はいつもの軍服を身に纏っていた。 時計を見ると五時半を過ぎていた。 たしかに、これ以上遅くなると誰かに見つかってしまう恐れがある。
彼とはいくら仕事上のパートナー同士とはいえ、若い男女がひとつの部屋で一夜を共に過ごしたとなると、良くない噂が広がってしまうかもしれない。 これ以上彼に迷惑をかける訳にもいかない。
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