悪夢の始まり

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そして、昨晩のことなんて何も無かったかのようにいつもの朝が始まる。 私は今日は一日大将の奥さんであるソラ先生とマンツーマンで授業だったし、彼は大将に「書類は訓練所に出向く前に提出します」とにこやかに声をかけていた。 ウェスター国とはそもそもが武術に特化した国であり、ウェスター王は国の中でも最強を誇る。 その王を守護し、王と共に世のため人のために奉仕する……それが戦師の本懐。 私は過去に理不尽に捕らわれていたゆえに、学業の習得が遅れた。 城に来てからはありがたいことに戦師の弟分であるイサキとは一日交代で、つきっきりで教えてもらえている。 彼に城に連れられた私は、任務上彼のパートナーになった。 常の彼は城に併設されたウェスター国軍の兵士の訓練所にて講師を勤めている。 なにしろ彼は、ウェスター国の武術の奥義と呼ばれる『極意』を使用出来る資格を持っている。 筋骨隆々で逞しい。 訓練所でも人気の講師らしい。 ……そうだろうなぁ、なにしろ優しくてカッコイイから。 相棒として、私もとても鼻が高い。 そんな彼の顔に泥を塗らないように、私も理不尽な過去を清算するつもりでウェスター城にて日々頑張っている。 その日も何事もなく過ぎていった。 変な夢をみちゃったなぁ、疲れてるのかなぁ、そんなふうに思い始めていたのに。 それなのに、夜になってベッドに横たわり……眠りについたらまた。 あの悪夢に襲われた。 やはり、頭の中は靄がかかったようだった。 思考がおぼつかなくなる。 現在の私なのか、過去の私なのかが分からなくなる感じだ。 薄暗い中で私は……両親を呼んでいた。 記憶に無いはずの両親を泣きながら呼んでいる。 ……過去の私を現在の私が俯瞰してみているのだろうか。 急に体が傾く。 どこまでも地の果てに落ちていく……堕ちていく感覚がした。 しばらくして目を開けると、なんだかとてつもなく息苦しかった。私の心が真っ黒に塗りつぶされるというか……暗闇に染められていくというのか。 だけど、私はおとなしくそれに従った。 抵抗する術を知らなかったからだ。 長かった暗黒の時代。 だけどそこに光が差し込む。 光の先には……彼がいた。 暗黒に染まっていた私の手を引き、光の元へ導いてくれた。 やっぱりこの夢、私の過去とリンクしてるんだ……悪夢の中でそんなことを考えていた矢先。 光の世界が再び闇に閉ざされる。 真っ先に恐怖を感じた。 もう、暗黒の中に戻りたくない。 私は闇に飲まれる世界で彼を探す。 やがて、とてつもなく嫌な予感に襲われる。 身の毛がよだつような恐ろしい気配を察知する。 目の前にいるのだ、【見てはいけなかった得体の知れないもの】が。 前回の悪夢の中で、私は恐怖のあまり縮こまることしか出来なかった。 だけど今回の私は、泣きながらも必死で叫んでいた。 『シンラ……!』 ……ここで、目が覚めた。
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