山登る自由研究

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山登る自由研究

 枝葉をくぐり抜けた陽射しがチクチクと肌を焼いている。今日の天気予報は真夏日。炎天下での熱中症に注意しましょう、と村では見ないような美人のニュースキャスターが言っていたのを思い出す。額から垂れる汗が瞼を過ぎようとする感触は、もう何度目か分からない。  生い茂った名前も知らない草木を押しのけながら獣道にも見える山道を進む。背後には小学三年生の弟、信介を連れて、朽ちかけた階段を一歩づつ登り続けた。   「にいやん、今日の内にウジガミサマ見つけられるやろか。見つからんかったらどないしよ」    心配そうな面持ちの信介は、視界の悪い中キョロキョロと辺りを見回している。   「信介がはよぉから宿題やっとったら済んだ話や。それより、なんで自由研究ウジガミサマにしたん?」    何を隠そうこの登山自体、信介の夏休みの宿題である自由研究のためであった。自分自身、夏休みの宿題なんかは後回しにする質だったため、厳しく叱るなんてのはできない。それは俺じゃなく両親の役ということで。   「ウジガミサマ見っけられたら面白そうやなー、って」 「ウジガミサマてあの御伽噺になっとる神様やろ。人を喰うとか病を治すとか……そんなもんおるわけ無いやん」    得てして、伝説というものには尾ひれがつくものだ。河童のミイラは偽物ばかりだし、昔に描かれた鬼の正体は病だったとか、どこぞの偉い教授が言っていた。  面白そうというだけで夏休み終了間際に登山を敢行してしまう弟のこの先に懸念を残しつつ、少し歩調を早める。なにやら背後から謝罪の声がとめどなく流れているが、気にはしてなどいられない。時間は刻一刻と過ぎていくのだから。  鬱蒼としていた木々が途切れ、陽光が一面を照らす地点にたどり着いた。ここは旅サイトで小さく紹介される程度で、村の田園風景が一望できる場所になっている。行楽シーズンなんかになるとちらほら観光客だか登山客が見えたりするのだが、シーズン終わりかけの今はがらんとして鳥の囀りや葉の擦れが耳に心地よい。   「こっからまだ険しなるけど、大丈夫そうか?」 「うん!はよウジガミサマ見つけよ!」    朝から結構な距離を歩いて来たのだが、信介は笑顔いっぱいに頷く。  その背後の茂みがいきなり音を立て何かがのそりと顔を出した。   「八木兄弟じゃないか。どうして二人揃って山に?」 「なんやクマ先生かいな」 「僕の名前は藤田だ。そのクマって呼び方はやめなさいと何度言ったら……」   大柄な体躯を起こしながら、クマ先生こと藤田先生は注意を垂れる。   「クマ先生こそ、縄なんか持ってどないしたんや?罠猟でもするんか?親父みたいに猟銃使わんの?」 「……実はこの間、狩猟免許が取れたんだよ。今日が始めての猟ってこと」    クマ先生は俯きがちにそう言った。きっと獲物が捕れなかったんだろう。   「うちの親父も捕れん時は潔く諦める、それが自然相手やってよく言うとるし、クマ先生も次頑張ったらええやん」 「……そうだな。ところで、二人は結局何しに来たんだ?」 「にいやーん!はよ探しに行くで!」    気づけば信介は次の山道を登り始めており、再び影の濃い木々の中へ進もうとしていた。   「俺等は自由研究でウジガミサマ探しとんねん!それじゃなクマ先せ……」 「うわぁあああ!!!」    小走りで信介の方へ行きかけていた体は悲鳴につられてクマ先生へと引き戻される。そこには、地面から湧き出たような黒いなにかがクマ先生を呑み込んで地中へ潜っていく瞬間だった。
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