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クマ先生
あの出来事が脳裏に焼き付いてからしばらく、夏休みは終わりを迎え登校日が訪れた。
夏は衰える様子を見せないままで、ニュースキャスターも引き続き熱中症に注意を促していた。あれ以来夏休み最終日まで村中を駆け巡ったものの、クマ先生を見ることはなく、クマ先生のことを村で見た人もいなかった。夏休みではあれど学校の先生は忙しいと言うし、去年もクマ先生は夏休みに村役場の人たちと飲んでいた話を聞いたことがある。それなのに、どこに行ってもクマ先生を見ることは無かったのだ。信介も流石におかしいと思っているようで、あの日以降クマ先生のことを話題に出さなくなっている。自由研究は結局ウジガミサマについてネットや本に書いてあったことをまとめたくらいて終わらせていた。
「……クマ先生、今日いるんかなぁ」
「そやな……」
俺たちの学校には実質クマ先生しか教員がいない。そうなると、休校の連絡くらいは来るはずだ。しかし、そんな連絡は家にも親にも来ていないようだった。
微かに黄金色に染まりつつある水田をぐるりと回ると、小高い丘の上に村一番の大きな建物が見えた。学校だ。俺も信介も、自然と喉を鳴らしていた。
校門を抜けて校舎に入り、賑やかな教室の扉を開くと数人の生徒たちが口々に挨拶を述べる。普段なら軽く返せるのだが、今日に限ってはそうもいかなかった。そんな俺たちを不思議そうに生徒たちは眺めていたが、少しするとすぐに元の話題へと戻っていった。
教室を満たす甲高い喧騒を壊すように、再度教室の扉が開かれた。
「みんな、おはよう!全員揃ってるかぁ〜?」
「え……」
「……」
「どうしたんだ八木兄弟?顔が青いぞ。体調悪いなら、親御さんに連絡するからすぐに先生に言うんだぞ」
教壇へ上がったのは、紛れもなくクマ先生だった。あの日と同じジャージ姿なのだが、いつもより活力に満ちた印象がある。心なしか血色もよく、表情も最後に見たときとは比べ物にならないほど晴れやかだ。
「よし、じゃあ今日も自習……ではなく、特別授業を組んであるぞ〜!じゃ、服は着替えなくていいから体育館に集合だ」
いっそ不気味なほどの笑顔でクマ先生は教室を後にした。俺と信介以外の生徒たちが特別授業ってなんだやろな〜なんて話しながらぞろぞろと席を立ち、教室から出ていく。
「……クマ先生あの訳わからんのに取って代わられたんやない?」
残った信介が、囁くように引きつった表情を浮かべながらこぼした。普段ならそんなわけ無いと断じて終わるはずの問答であるのに、口を開こうとするとあの光景が脳裏にフラッシュバックしてうまく喋れなかった。
「とりあえず、行くしかあらへん」
小刻みに震える信介の手を握って連れ出し、ささくれの目立つ教室の扉を静かに閉じた。
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