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シード
聞き慣れない若い男の声が響き渡る体育会の中には、生徒たちと先生、それと何故か村役場の大人たちに加え、見たこともない白衣を纏った大人が数人で大きな装置を舞台の前に設置していた。忙しなく動き続ける白衣の大人たちはよくわからない専門的な用語をお互いに伝えあっている。
「なぁにいやん、あれって……」
「……」
俺たちが体育会に入ったのを見ると村長が白衣を纏った大人の中でも細身で理知的な雰囲気を漂わせる眼鏡の男に声をかけた。すると男はくるりと反転し俺たちへと歩み寄る。
「はじめまして学生諸君。私達はDPM+eという先進医療技術団体から派遣されてきたんだ。わかりやすく言うと、お医者さんだね」
口角のキュッと上がった作り笑いで男は言った。その表情は、どことなく先生に似ているような気がした。
「……誰か病気なん?」
信介が俺の背後に隠れたまま恐る恐る質問をぶつけると、男は作り笑いのまま答える。
「お医者さんっていうのはわかりやすく言っただけでね、別に僕自身が手術をしたりとか薬を出したりするわけじゃないんだ。活躍するのは僕が発明したあの装置なんだよ」
言いながら、大仰な身振りで男は背後にある装置を指し示した。女性のようなロングヘアが大きく靡いた。
黒光りするメタリックな表面に、植物の種子のような形状。正面が観音開きで開いており、中は空洞になっているのが伺えた。
「あれこそは「ウジガミサマや!」……」
話の腰を折られた男は、眉を顰めて信介に目を向けた。敵意に似た感情を向けられた信介は素早く俺の背中に隠れる。
「……あー研究者の方、この村ではウジガミと呼ばれる神様が信仰されていたことがありまして、いくつかの絵巻にはあんな形の姿が描かれているんですよ」
いつの間に来ていたのか、先生が男を宥めるように声をかけた。
「そうですか……ちなみになのですが、そこの少年、ウジガミとやらを見たのはいつ頃で?」
信介は先程のやり取りで萎縮してしまったのか背中にピタリとくっついて微動だにしない。対する男もまた、聞き出さない限り話は続けないとでも言いたげに信介の返答を待っている。
板挟みをなんとかするべく「ちょうど一週間くらい前、山で見たんです」と答えると男は黙り込んだ後、含みを感じさせる言い方で、なるほど、とだけ呟いた。
もう用がなくなったのか男は無言で壇上に登り、別の大人から渡されたマイクを片手に息を吸った。
「はじめまして皆さん!私は先端医療団体DPM+eから皆さんに画期的かつ革新的な医療技術をお届けするべくやって参りました、ダイリと申します。決して代わりの、という意味ではありませんのでご注意を」
やはり大袈裟な身振り手振りで始まったダイリと言う男のミュージカルは、続いて装置の紹介へと移った。
「この装置は私が開発致しましたストレス発散専用装置シードにございます。こちらは中に入っていただくだけで仮眠程度のリラクシング効果からハードトレーニングを行った後のような高揚感と爽快感まで多様なレベルを味わって頂く事ができ、たった一時間で驚きのストレス発散を促せるというものなのです!」
凄まじい効能を早口で捲し上げられ、尚且つダイリの謎の踊りが加わって話がほぼほぼ入ってこなかったが、一先ずあれがストレス発散の為のものであることは理解できた。どうやら周りの村人たちも理解できているようで、早速誰かが手を上げて試運転を提案する。その反応は見越していたのか、舞台袖から現れたのは明らかに気力の失せた中年男性だった。
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