共通点

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 痩けた頬で眼窩は落ち窪み腕や足は不健康を現したままの細さでありながら、腹だけがぽっこりと出張っている男性は白衣の大人に手を引かれながら舞台袖から姿を現した。   「こちらの男性はうつ病と診断されて以降、回復の兆しを見せることなく自宅での療養をされていました」    そこで体をゆらりと揺らし、悲劇のヒロインのようにダイリは舞台へ座り込む。俯いたダイリの腕がふるふると震え始めると、次第に小刻みになり、遂にはキッと顔を上げ拳を握りしめその瞳に涙を湛えた。   「そんな彼に我々は!唯一!希望を見せることができます!そう、この装置こそが彼にとっての救いなのです!先程この装置はストレスを発散させることができるとお伝えしました……この男性はストレスによって人生を狂わされた哀れな被害者!現代に渦巻くストレス社会を生き抜く為に!我々は救いを差し伸べたいのですッ!」  意外にも演技派であったダイリの名演に村人のほとんど全員が目を奪われている間に、件の男性は装置の中に座していた。瞳は虚空へと向けられ、その様はうつ病と言うより廃人が妥当であるようにさえ感じられるほどだった。 「では皆様にご覧入れましょう……これが我らの叡智による新時代の医療技術で御座います!!」  ダイリが指を鳴らしたのを合図に、開いていた扉がゆっくりと閉じていく。不意に、あの日の出来事が過ぎってちらりと先生に目を向ける。けれど、先生は先程と変わりない雰囲気のまま、淡い緑に発光する装置を凝視して口元には堪えきれない笑みが溢れているようだった。  明滅していた光は徐々にそのテンポを上げながら、緑から黄色、橙へ変色していく。  ガション、と音を立て光が収まると、重々しく扉が開かれた。  そこから出てきた男は、入る以前に比べて体型に変化は無いものの、その顔つきは明るかった。スーパーの鯵のようだった目には光が宿り、頬は赤らみ、見ているこちらにも至福を感じさせる笑みだった。  その可笑しな雰囲気が、何処となく違和感を感じさせる。  奇しくもそれは、今朝の教室に現れた先生と同じものだった。  途端に、不快や恐怖が体を蝕んで、その場から逃げ出したい心に体が伴わなくなる。もしも背中で服を握り締めた感触が無ければ、簡単に腰を抜かしていたかもしれない。  真っ暗になった頭をなんとか持ち直した時には、既にショーの幕は下ろされ、装置の撤去が始まり、先生は生徒たちを教室に戻るよう声をかけていた。やはり普段と比べても、先生の様子は変わらない。あの被験者と先生に感じた違和感は、ひとつの可能性に輪郭を与えていた。  体育館を出て、ぞろぞろと連なる生徒たちから少し距離を空け、俺と信介は顔を見合わせる。    背後にいた信介の顔は恐怖に染まり、あの日の無謀さからかけ離れた表情であった。  それを見ると、なぜだかほんの少し前に感じていた恐怖は薄れ、次いで別の感情が湧き出て心の裡を埋めていく。    「信介、俺、今日にでも、もっかい山登るわ」
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