エピローグ

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エピローグ

 ぼんやりとした視界に真っ白な風景が映り込む。次第にはっきりしていくそれは、滅多にみない、隣町にある病院の天井だった。  首だけ振ってあたりを見ると、窓から差し込む光がハリのあるカーテンに反射して柔らかく俺を包んでいた。  「なにがあったんや……」  記憶の最後に残るのは、あの廃人と転けていた女の姿で、体に浮遊感が合ったことまでは思い出せているが、それ以降の記憶が完全になくなっている。  悶々とひとり考えていると、素早くカーテンが開かれ、小さな影が飛び込んできた。  「にいやん!起きたんやな!良かった〜!」  子供らしくぴょんぴょん跳ねる信介の横から、母さんと先生が出てくる。母さんさ表情を和らげて一言、「無事で良かったわ」と言って、担当医を呼びに行ってくれた。  「信介、なにがどうなってんのか、教えてくれへん?」  牢にいた廃人、テロ組織とその地下施設、ダイリとあの揺れ……気絶してしまった後、何が起こってどうなっているのか、少なくとも自身が無事であることから、テロ組織から一時的に逃れたとは思える。しかし、ダイリたちがまだ逃げ果せているのなら、あそこまで知っている俺は不都合な人間になってしまっている。それはつまり、万が一被害が信介や家族にも及んでしまうかもしれないということ。  「あー、えっとな、にいやんが山に行ったあと、なんか地面が揺れてな、山で土砂崩れが起きたんや」  ……信介から語られた事実は、あまり驚愕するべき内容だった。  まず、俺とあの廃人、そしてテロ組織の組員たちは、土砂崩れで堆積した土から発見されたらしい。それもかなり浅いところで、全員が気絶状態だったそうだ。  現場に駆けつけた消防隊や救急隊によって搬送され、のちに見つかった違法武器の所持が発覚してダイリたちの治療が終わり次第、刑務所行きが確定しているそうだ。そのダイリたちも、悪意がすっかり抜け落ちた顔であるそうだが。  まずは、一安心できそうだと息をつくと、信介が興奮気味に語り始めた。  「じつはぼくな、土砂崩れが起きる前に見てん!なんかでっかい黒い芋虫みたいなんが山から突き出てんの!そんでそれが金属の塊かなんかを呑み込んで、また潜っていってん!あれ絶対ウジガミサマやで!!」  信介の声と顔つきは、一切の嘘を語っていない事が、ありありと伝わってくる。  すると、隣でずっと静かにしていた先生が口を開いた。  「たしかに、ウジガミサマには、幾つか伝承があるんだよ」  「それはどんなやつなん?」  「たしか……もっとも有力な説としては、大昔から人を丸呑みして食べる妖怪、みたいに語られているものがある。けど、中には不治の病を直してくれる神様みたいにも残されてるんだ。特に新しい書物にね。じつは、かく言う僕も八木兄弟に会ったあの日、人に言えないくらい疲れていてね。君たちと会って以降の記憶が抜けていて、気がついたら村の畑に寝てたんだよ。しかもその日まで抱えていた不安が綺麗さっぱりなくなっている状態でね」  ははは、と笑うクマ先生は窓の外を眺めながら、「機械でストレスが除けるようになっても、まだ神様はいるんじゃないかって、信じそうになるね」と呟いた。  同じ様に窓から視線を投げながら、牢の中で感じたあの優しい感覚を繰り返し蘇らせる。  あれは、その『もしかして』を思わせるには十分な体験だった。  何か大きな冒険を終えた充実感と疲労感に、ベッドへ体を投げ出して瞳を閉じ、まだまだ強い陽射しに照らされながら、暫くその余韻に浸っていた。
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