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恋愛シミュレーションゲームとオタクが生活の全てだった吉田を鑑みる。
潔いくらいに、吉田には恥も外聞もかなぐり捨てていた。
二次元の女に大恋愛をして、ゲームのテンプレ文章で大失恋、そのショックで(たぶん)放火。
社会人なんだから恥や外聞も気にしておけよって正論には至るが、吉田はブレることなくマサミを愛し続けていた。人としてはどうなんだ?と、それには首を捻りたいところだが、男としては立派な人生を……歩んでいた。
俺はパニックに陥る。
全裸と火事を秤にかけて、恥と外聞に慄く俺は吉田以下の大馬鹿野郎じゃないだろうか。命を、そして『その先にある人生』を、最優先に考えるべきじゃないのか?
揺れる股間が重い。
蹌踉めきながら前進した先には、非常口。
誰かがクレヨンで殴り書きした跡があった。
“異世界への扉”
指で字をなぞると、それが見慣れている吉田の直筆だとわかる。
吉田は失恋に火傷しながらも『その先にある人生』に向かって扉を開けたんだ。
大音量で鳴る非常ベルに混ざって微かに消防車や救急車のサイレンの音も聴こえる。
扉の向こう側に待つのは、満身創痍の吉田と、思いのほか平穏無事な俺かもしれない……。
希望を持つなら三次元の方が幾分かマシ?
吉田が書き殴ったクレヨンの文字と妄想に、グイッと背中を押された気がした。
左手で股間、右手は非常口の取手を掴んで深呼吸する。
「この扉を開けることも知っていたんだな」
吉田は、嫌いな紅生姜を俺の丼に移せば俺が文句なく食べることも、食べ忘れたオマケの生卵を俺の丼に割り入れれば俺が残さず片付けることも知っていた。
行動パターンをある程度は想像してクレヨンで道標を残したに違いない。吉田とは、未だに続く切りたくても切れない腐れ縁。腐ってるくせに千切れもしない。脆いのに何処までも一緒。
「吉田ー! 俺だって文句くらい言うんだぞ!? 牛丼に勝手に入れた紅生姜と生卵の愚痴も後乗せしてやるから……そこで待ってろ!!」
バァァァン!!
重苦しい鉄の扉を一気に開け放った。
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