クレヨンは『異世界』への道標

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ジリリリリィィィ… 「は? え、なに、何だよッ!?」 非常ベルが鳴り響いた。 滅多にない大音量にテンパってシャワーを落とすと、顔面に向かって勢いよく噴射するシャワー。 「ぅわ!!」 仰反った拍子にソープの泡に足が滑り、強かに浴槽のへりに頭を打つ。 「何やってんだよ俺ぇぇぇ!」 ヒリヒリする頭を摩りながらバスルームから出ると、手近なバスタオルを引っ掴む。 タオル一枚を腰に巻いて慌てて部屋を飛び出した。 ここは会社の独身寮。24時間勤務シフト制で、土日は出払っている社員の方が多い。静かな環境で仕事明けの汗と汚れ(ストレス)をバスルームで綺麗に洗い落としていたというのに、非常ベルでそれも台無しだ。 煙と炎と熱が、あろうことか隣室から大放出していた。 「火事だ……! お前の部屋かよ吉田ぁー!!」 パニック。 頭の中は真っ白で真っ黒。 吉田(隣室の住人)の最近の口癖は"僕はもうダメだ消えたい"だった。 近頃の吉田の動向を纏めると、仕事と食事と睡眠以外の時間は全て恋愛シミュレーションゲームに費やす生活をしていた。 『マサミが……! マサミが浮気するだなんて!! 僕と一緒に過ごした時間はマサミにとって何だったの?』 昨日の昼に牛丼を食べながら吉田は涙していた。 嫌いな紅生姜をさり気無く俺の丼に移して。 どうやらゲーム内での恋が上手く行かず玉砕したらしい……というのが半ば呆れつつ理解できたわけだが、 「恋に火傷は付き物だろー! 俺まで燃やすんじゃねーよ」 吉田の部屋だけじゃ燃やし足りないとばかりに、火の手はぐんぐん迫って来ていた。
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