おかえり

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おかえり

「乃愛さーん、今日俺乃愛さんの家に行ってもいいですか?」 宮野は電話越しにそう言う東雲の言葉に笑顔を見せた。東雲は車の免許を取りにと、中学時代の友人達と二週間程市外の合宿に行っていた。 体育大故に一年の内に取れる物は取っておこうという考えらしい。無事に免許を取れた東雲は宮野に免許証を見せたいとわざわざ通話をかけてくれたのだ。 久々に聞く東雲の声は変わる事はなく、宮野は自宅のソファーに座りながらスマホを握りふんわりと笑う。 「いいよ。何時くらいに来る?」 「それが結構遅い時間になるかもしれないんですよ。夜の十時過ぎとか、下手したら十一時とか……」 「隼人、泊まる気満々でしょ?」 「はい!二週間乃愛さん不足だったので、泊まってチャージしないと俺もう動けなくなっちゃいます」 二週間声を聞いていなかったが、やはり東雲は東雲だと思った。最後に会った時は自分のバイト先に来た時だ。 七瀬も一緒に来たのだが、宮野が紅茶をいれている内に何故か帰ってしまったのだ。その後何度かLINEをしたが、忙しくなるから暫く返せないと珍しく淡白に返ってきた。 教育学部で過ごす七瀬にも色々あるのだろう。落ち着いたら来るであろうLINEを待っている。 東雲に関しては免許証を見せたいという名目で泊まるつもりなのかと宮野はクスクスと笑う。 チャージだなんて面白い言い方をするなと思っていると、電話口の後ろから、隼人ー!と東雲を呼ぶ男性の声が聞こえてきた。 「あー。ごめんなさい。もう戻らなきゃいけないです」 「大丈夫。泊まるのは全然良いから、またLINEしてね」 「分かりました!じゃあ一旦切ります」 そのまま通話が終わる。今の時刻は夜の七時だ。あともう少しで東雲が家に来ると思うとソワソワしてしまう。 バイト先に来た時、東雲は自分のいれた紅茶を美味しいと喜んでくれた。店主の老夫婦からは好きな物を少し持って帰ったらいいと言われ、お言葉に甘えさせて貰っている。 今からいれてアイスミルクティーを作ろうかと思った瞬間に、スマホの着信音が鳴った。 「武尊?」 いつもは乃愛飯とかいうグループLINEに、野菜が送られてきたと言うくらいしか連絡を取らない相手の着信に驚く。 だが、今から野菜を持って行っていいか等という相談であろう。だが今日は東雲が泊まりに来る為生憎武尊と慎吾のお願いは聞けない。今日は無理だと断ろうと、なんの気もなく宮野は通話に応答した。 「どうしたの?また野菜送られて─」 「乃愛、七瀬の話聞いてない?」 「え?七瀬?」 急に捲し立てるように言われてきょとんとしてしまった。電話までかけてくるくらいの急用なのかと思わず身構えてしまう。 「七瀬は今忙しいみたいだからあまり連絡取れてないんだけど…何かあったの?」 恐る恐る聞いてみると、乃愛にも言った方がいいかな?絶対言わなきゃいけないだろと、武尊は近くに居るであろう慎吾と会話をしている。 二人が一緒に居るのは別として、問題はそこまで慎重になっているという事だ。 何かあったのだろうかと嫌な汗をかくと、武尊の口から発せられた情報は宮野の想像を超えてきた。 「俺の友達の彼女が七瀬に寝盗られたって」 「……え?」 「一人二人とかの問題じゃないんだよ。毎日女の子取っかえ引っ変えして、相当荒れた生活送ってるって噂になってる」 想像のしようがない事を言われて宮野はスマホを落としそうになった。 寝盗られた? 女の子を取っかえ引っ変え? あの七瀬が? にわかには信じ難いが武尊や慎吾が揃ってこんなタチの悪い冗談を言う為にわざわざ通話を掛けてくるとは思えない。 「そんな…七瀬に限ってそんな事……」 「俺もそう思ったよ。だから七瀬と仲良い教育学部の奴捕まえて聞いたら、七瀬今は殆ど学校来てないらしいんだよ」 「……嘘でしょ?」 七瀬は真面目で優しく大人びた性格をしている。それに中学からずっと一緒に居るが、性の事に関して七瀬がどうこうなったという話は今の今まで一度も無い。寧ろ七瀬に好意を寄せて連絡先を渡す女の子からのメモを、割とぞんざいに扱うタイプだ。 そんな七瀬が毎日違う女性と体を重ねているという事が考えられなかった。そしてそれ以上に大学に来ていないという事実も考えられない。宮野の送ったLINEには忙しいと返していたが、武尊の話が本当だとしたら、七瀬は自分に嘘をついているという事だ。 「それって何時くらいからの話?」 「二週間くらい前かららしい。七瀬がいつもと違う事あった?」 二週間前。そう聞いて七瀬の言葉を思い出した。 『もう俺が必要じゃなくなるのも、時間の問題だな』 あの言葉がずっと頭の中で引っかかっていたが、あの時に感じた違和感を思い出す。そして、バイト先から何故か帰ってしまった時が丁度二週間前だ。 「乃愛に話すか凄い悩んだけど、乃愛と七瀬って中学の時からの友達だから話しておいた方がいいと思って」 「ありがとう。今から七瀬の家に行ってくる」 東雲が家に来るとか、そんな悠長な事を言っている場合ではないと宮野は通話を乱雑に切り、直ぐに着替えて家を後にした。何故七瀬がそんな事をしているのかは分からない。 だが、もしそんな事を続けていたら大学の単位を落としてしまう。そうなりかけているとしたら、自分が七瀬を説得せずに誰がすると言うのか。厚手のコートを身にまとい、宮野はそのまま自宅を後にした。 ━━━━━━━━━━━━━━
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