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動きも言葉も止まってしまった。メンヘラ。久しぶりに人から直接言われてしまった。東雲はきょとんとした顔をしている為、恐らくメンヘラという言葉の意味を理解していないのだろう。だが、あんなにも盛り上がった後だったからこそ少し傷ついてしまった。
どうしよう。なんて言えばいいのだろう。肯定も出来なければ否定も出来ないメンヘラという自分にとっての一つの地雷の単語。
東雲にかける言葉に迷っていると怒りを露わにした七瀬が東雲の胸ぐらを掴み、東雲の大きな体を床に投げつけた。
「な、七瀬……」
「お前、帰れ。帰ってスマホでメンヘラ 意味で検索しろ」
先程までの優しい表情とはうってかわり、眉を釣り上げ東雲を睨みつけている。東雲は何が起きているのか理解出来ずに呆然としているが、七瀬が本気で怒っている事は分かったようだ。
メンヘラという言葉が残念な事に当たり前に使われる世の中だが、精神科に通う患者に対しての差別用語である言葉を東雲が言った事に対して真面目な七瀬は許す事が出来なかったのだろう。
乃愛はここに座ってろとソファーに座らされ、ブランケットを収納棚からひったくるように取り出しては体にかけられた。
「俺、何かやばいこと言いました?」
「黙れ。いいから帰れ」
起き上がった東雲を七瀬か引っ張るように玄関まで連れていく。荷物を投げるように渡し、そのまま強引に自分の家から東雲を排除した。
東雲は恐らく精神科というものに無縁なのだろう。だからこそメンヘラという単語を使ったのだろう。そうは分かっていても傷ついてしまった。初対面だったが東雲が自分の学んでいる事と好きな事全てを理解してくれたからこそ心が抉られた。
苛立った様子の七瀬がため息をつき自分の体をブランケットごと抱き締めてくれた。
「乃愛、ごめん。」
「七瀬は何も悪くないよ」
「絶対傷つけないからって紹介したのは俺だろ。乃愛のそんな顔が見たかったんじゃない」
「大丈夫だよ。東雲くんは多分意味を知らないだけだと思う」
背中を撫でてくれる七瀬に涙が出そうになった。今日の東雲と自分の会話を思い出す。自分を肯定してくれ、純粋な笑顔で接してくれた東雲を思い出す。メンヘラと言われた事よりも、もう東雲と今日の様に会話が出来ないと思うと辛くなり涙腺を緩んだ。すると七瀬が顔を歪ませる。
「今日、俺泊まってく。俺にも責任があるし、乃愛を一人にしたくない」
「七瀬……東雲くんとは…」
「今はあいつの事忘れろ。俺が傍にいるから一旦気持ち切り替えろ」
東雲くんとはこれからも仲良くしたい。
そう言う暇も与えられなかった。七瀬が珍しく命令口調になっている事が、心の底から怒っている証だからだ。取り敢えず分かったと言うと七瀬は自分の体を抱き寄せ頭を撫でてくれる。
七瀬は優しい。それなのに心は全く満たされない。思わず零れた涙に七瀬は驚いた後、自分を抱き寄せている手と逆の手で握りこぶしを作った。恐らく東雲を紹介した事を悔やんでいるのだろう。
「乃愛、俺が居るから。頼むから泣かないでくれ」
「七瀬…そうじゃなくて……」
「今の乃愛は被害者だから何も言わなくていい。風呂入れるから一回気持ちを切り替えた方が絶対に良い」
自分以上に辛そうな七瀬に、もう東雲の名前を口にしようとは思えなかった。今は七瀬の言う事を聞いた方が良いだろう。そのままバスルームに行き、風呂を入れてくれた七瀬が何か飲みたいものや食べたいものはあるかと聞いてくる。また七瀬に頼ってしまっている。気を遣わせてしまっている。
メンヘラという単語より、その事実の方が辛くなる。ごめんなさいごめんなさいと泣きながら言う情けない自分を、七瀬は思い切り抱きしめてくれた。
気持ち悪いなんて絶対思いませんと言っていた東雲を思い出し、七瀬の背中に手を回した。大丈夫だから。ずっと傍にいるから。何度も繰り返して言う七瀬に、今の自分はただ甘えることしか出来なかった。
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