ごめんなさい

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ごめんなさい

翌朝、熟睡出来なかったのかは分からないが朝の六時に目が覚めた。あれからひとしきり涙を流した後、七瀬に風呂に入ってこいと言われゆっくりと湯船に浸かった。 風呂から上がると自分が好きなアイスが冷凍庫に入っていたり、新作の紅茶が入っていたのを見て、自分が風呂に入っている間に七瀬が買ってきたのだと理解した。 寝室は一人の空間という事を分かりきっている七瀬は、宮野が風呂から上がりスキンケアをしている間はベランダでタバコを吸っていた。 こうして自分が辛くなった時に七瀬が寝泊まりする事は少なくない。歯ブラシや下着や部屋着などのある程度の生活必需品は揃っている。 自分が寝室に誰も居れたくない気持ちを尊重し、当たり前のようにソファーをベッド代わりにして寝ている。必ず何時でもいいから辛くなったらすぐに来いと言ってくれるが、流石に泊まって貰っているのにそれは出来ない。 このまま起きてもいいが、七瀬を起こしてしまわないだろうか?と不安に思い二度寝をしようとしたが眠れない。 そして東雲の事を思い出した。 宮野さんのような人がいるから医療は成り立っていると熱弁してくれた所。 肌も綺麗だと自分の存在を全肯定してくれた所。医学に関しても可愛くなりたいと男性ながらに願う事も理解してくれた東雲。それなのに、無知ゆえの悪気のない言葉を拒否してしまった自分の心の狭さに嫌気が差した。 七瀬は元々細かな気遣いが出来る上に正義感が強い。自分がもう一度会ってみたいと言っても駄目だと言われたらそれまでだ。だが東雲の連絡先を知っているのは七瀬だけだ。 また東雲と顔を合わせて話をしたいと七瀬に言ったらどうなるのだろうか。ぐるぐると頭の中で考えている内に、自分自身の思考回路に驚いた。 当たり前のように東雲と会いたいと思っている。話したいと思っている。 精神科に通う上で偏見を持つ人間と関わりたくなく、TwitterやInstagramなどのSNSは利用しないように徹底している。メンヘラ。そのひと言すらストレスになるというのに、直接言ったしかも初対面の人間とまた話す方向に思考が動いている事に驚きが隠せない。 戸惑っていると、部屋の奥からベランダのドアを開ける音が聞こえた。どうやら七瀬は自分よりも先に起きていたらしい。寝室からパジャマのままリビングに行くと、七瀬が少し驚いた顔をした後笑っておはようと言ってくれた。 「今の俺煙草臭いだろ?」 「そんなのいいよ。何時に起きたの?」 「1時間前くらい。勝手にシャワー浴びさせてもらった」 「昨日七瀬お風呂入ってなかったもんね」 自分を一人にしないようにと、ずっと隣に居てくれた事を思い出す。眠剤を飲んでも効くまで起きているからと、全てを後回しにして傍に居てくれた。 七瀬の細くて骨格が綺麗な手が目に入り、その手を握りしめた。人の手を握るのは自分の癖だ。頼りたい時、甘えたい時だけではなく手が目に入ると思わず握ってしまう。七瀬は笑いながら握り返してくれた。 「落ち着いたか?」 「うん。七瀬が居てくれたから」 「そっか。それなら良かった。乃愛、歯磨いて顔洗ってスキンケアしてこい。乃愛みたいな料理は出来ないけど、バイト先のレシピのフレンチトースト焼くから一緒に食おう。それから朝の薬飲んだらいい」 「ありがとう。お言葉に甘えるね」 他人行儀になる必要はないと七瀬は台所に立った。それを見て自分は七瀬の言った通りに朝のルーティンを過ごす。 ジェル状の洗顔で肌の汚れを落としいつもならこの後パックをするが、今日は時短用の保湿力の高いオールインワンジェルで簡単にスキンケアを済ませた。 七瀬の作るフレンチトーストは宮野の好物でもある。元々甘いものが好きな為、七瀬が一度作ってくれてからは朝食にフレンチトーストが定番になった。食欲がそそられお腹が鳴る。部屋着に着替え、リビングに行くとバターの甘い香りに顔が綻んだ。バイト先で嫌という程焼いていると言っていただけあって、慣れた手つきでフレンチトーストを焼いている。 「乃愛、なんか飲む?」 「七瀬が作るフレンチトーストなら珈琲がいいな」 「ホットでいいか?」 「うん。手伝うよ」 「いいから座ってろ。」 カフェインの入っていないコーヒーは中々市販で売っていない為、お決まりになっている祖母から送られてくるAmazonギフトで箱買いをしている。電気ポットでお湯を沸かし、マグカップに珈琲を居れてくれた七瀬にありがとうと言った。 「もう出来たけど食えそう?」 「うん。あ、この前メープルシロップ買ったの残ってたよね?」 「やべ、忘れてた」 台所の戸棚にしまっているメープルシロップを取り出し、七瀬が綺麗にフレンチトーストにかける。向き合って座りながらいただきますと言い、ひと口食べるとフワフワの食感の甘い味に笑顔になった。そんな宮野を見て七瀬も笑う。 料理は人を幸せに出来ると思う。実際自分が作った時も食べた者は皆笑顔になるからだ。いつもは作る側だからこそ、こうして食べていると改めて食事を摂る時に感じる幸せが噛み締められる。 あっという間に完食し、薬を飲んでいるとその間に七瀬は食器を洗い始めていた。手伝おう。と思った瞬間に黙って薬のんで座ってろよと言われる。七瀬にはもう自分の気持ちなど手に取るように分かるのだろう。 珈琲を飲みながらソファーに座り朝の天気予報を見ていると、台所から七瀬がマグカップを持って自分の隣に座った。 「乃愛、薬そろそろ効いたか?」 「うん。あ、それで七瀬にお願いがあるの」 「何?」 薬が効いたからこそなのかは定かでは無いが、今朝起きた時に思った東雲ともう一度会いたいという気持ちが湧き出してきた。七瀬にこれだけして貰った上で言ってもいいのか分からず言葉に詰まると、七瀬が背中をトントンと撫でた。 「思ってることあるなら言ってみろ」 「怒らない?」 「俺が怒るような事なのか?」 「えっと……その…東雲くんにもう一度会いたいなあって……」
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