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七瀬の顔色を伺い、途切れ途切れになりながら言うと七瀬は心底驚いた顔をした。
それはそうだろう。自分を傷つけるような発言をした東雲に怒りを露わにし、自分の傍に居ようと自宅に泊まってくれた七瀬に対してこんな願いを口にするのは、自分でも随分とわがままな願いだというのは分かっている。
七瀬が不快にならないように、だが自分の思いを伝えようと宮野は必死になって言葉を紡ごうとした。
「東雲くんが、その……メンヘラって言ったの、確かに少し傷ついたけど…えっと……」
「傷ついたなら無理に会わなくてもいいんだぞ?」
「うん……そうなんだけど、自分を凄く肯定してくれたから…医学の事もお土産も凄い嬉しかったの」
東雲の真っ直ぐに自分の学ぶ医学について尊敬の念とも取れる発言をしてくれた事。
肌が綺麗だと頬に手を添えながら言ってくれた事。
あの一瞬で東雲は自分に対して沢山の笑顔を見せてくれ、宮野自身も笑顔にしてくれた。我ながら昨日と矛盾している事を言っている事は分かっている為、七瀬の顔が見れずに俯きながら話すと、七瀬はため息をついた。
流石に呆れられてしまっただろうか?
そろりと顔を見ると七瀬は意外にも柔らかい表情をしていた。
「それ、乃愛の本音なんだよな?」
「うん……七瀬に頼ったのに都合良いの分かってるけど」
「だとしたら俺も都合がいい」
「え?」
七瀬がスマホを開き、LINEのトーク画面を宮野に見せた。東雲隼人と表示されているそのトーク画面には、大量のメッセージが東雲から届いていた。
宮野さんに会いたいです。宮野さんに謝りたいです。と数分おきに送られてきているメッセージに宮野は目を見開くと、七瀬はトーク画面をとじながら少しうんざりとした顔をする。
「朝っぱらから五十件くらい来て叩き起されたんだよ。乃愛にもう一度会いたいって言われて、乃愛の意見聞いてないのに返事したくなかったから既読だけつけてた」
「東雲くん、調べてくれたのかな?」
「謝りたいって必死になるって事はそうだろ」
自分と同じように東雲も自分に会いたいと思ってくれていた。それに七瀬が言ったようにメンヘラという単語を調べてくれたのだろう。
もう一度東雲の謝罪LINEが見たいと七瀬の腕をつつくと、七瀬がトーク画面を開いてくれた為そっとスクロールする。
何件も何件も送ってきている東雲のメッセージはどれもシンプルで、宮野さんに謝らせて下さいといったものだった。
自分が初対面で感じた真っ直ぐで素直な性格を表しているようなトーク画面に、宮野は少し困ったように眉尻を下げてクスクスと笑う。
「俺、今日は店長の代わりに昼から出勤しなきゃいけないからそろそろ帰らなきゃまずいんだよ。大学のレポートも纏めたいし」
「うん。医学部は今日休みだから、東雲くんが来れる時間に来てって頼んで欲しい」
「え?二人で会うのか?」
七瀬も大学生なのだから勿論やる事がある。それにバイトも忙しい中ここまでしてくれただけ充分だ。何故二人で会うことにそんなに驚くのかと疑問に思ったが、過去に蘭と会うのに何度も躊躇っていた自分を思い出して納得した。
何故東雲なら大丈夫と思えた事は自分でも分からないが、それでも会いたいと思った。七瀬が若干戸惑いながら東雲にLINEをするが、本当に大丈夫なのかと顔は告げていた。
大丈夫という意味を込めて七瀬が入力したLINEに宮野はコクコクと頷く。
『乃愛も会いたいって言ってる』
そうLINEを送ると今の今まで待っていたのかと思う程の速さで既読がついた。
そして直ぐに何時に行けばいいですか?と返事がくる辺り、東雲は画面の向こうで自分に謝るという事だけを真っ直ぐに考えLINEを開いているのだろう。東雲とのやり取りに七瀬は一旦動きを止めて自分を見た。
「マジであの馬鹿来るぞ?本当に良いんだな?」
「うん。来れる時に来てって返事しておいて」
自分の言葉通り七瀬がLINEすると十一時頃に着くように行きます!と返事が帰ってきた。再確認するように本当に大丈夫なのかと聞いてくる七瀬に大丈夫と言う。
十一時だと時間的にも作り置きのおかずを作る時間が取れるため丁度いい。頷くと七瀬が、乃愛が分かったって言ってるとLINEすると了解ですと返事が返ってきた。
昨日の今日で一対一で人と会うのは初めての事だ。なのに少しの緊張を上回る高揚感で溢れている。楽しみだなあと呟いた宮野の言葉に七瀬が肩を抱き寄せる。
「嫌な事言われたら帰れって言っていいからな?」
「大丈夫。」
「俺の名前出してもいい」
「七瀬、ありがとう。でも大丈夫」
何を根拠に大丈夫と言えているのかは分からない。だが、何度も目を見て大丈夫だからと繰り返すと、七瀬は東雲のLINEのアカウントを自分のアカウントに送信した。
友達追加をすると、東雲隼人の名前が新しい友達の欄に表示される。よく分からないが喜怒哀楽の四つの感情の中だと今は喜の感情の内に入るだろう。東雲のアカウントを見て嬉しくて堪らなくなっていると、流石の七瀬も困惑していた。
「そんなに隼人と会いたいのか?」
「うん。自分でも初めての感覚で、七瀬にも上手く説明出来ない」
「そっか。乃愛が新しい感情持てるような相手だったら今回の事は大目に見てやろうかな」
珈琲を啜りながら言う七瀬はいつも通りの七瀬だった。ぶっきらぼうな言い方をするが、優しくて頼りがいのある自分にとってかけがえの無い存在だ。マグカップをテーブルに置き、今度は七瀬から宮野の手を握った。
「せっかくなら楽しい時間を過ごせよ」
「うん!」
「乃愛大丈夫そうだし、俺帰るわ。」
最後に手を強く握り、頭を撫でた後に荷物を持って玄関に向かう。そんな七瀬を見送ろうと玄関まで行き、最後にありがとうともう一度言う。七瀬はまた連絡するからと言い、宮野の自宅を後にした。
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