デート?

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デート?

東雲とLINEをするようになってから約一週間が経った。朝にはおはようございます来て、夜にはおやすみなさいと来るのが当たり前になりつつある。 最初は連絡がマメなタイプなんだなと思う位だったが、今ではその連絡が来ると嬉しく思う自分が居た。 宮野は友人が他の大学生に比べると少なく、毎日LINEをする人物といえば七瀬位だった。だからこそ余計に嬉しいのかもしれない。 体質からか薬の影響からか自分は一般的な血圧よりも少し低めな数値だ。眠剤も飲んでいる為朝起きる事が少し遅くマイペースにゆっくりと動く宮野とは違い、東雲は大学でバスケをやっているだけあって朝が早い。 だがその分起きてスマホを開くと、東雲からのLINEの通知が来ている事に宮野自身は少し満たされるのだ。 東雲は今日は毎日筋トレやランニングなどをしている。大学でメニューを増やされたり、少し体に負荷がかかった時に自分にどうしたら良いのかアドバイスを求めるLINEが来る。 宮野は一人の人から医学的な意味で頼られていると、東雲のLINEに真剣にそれに応えていた。どこが痛いのか、どういう動きをしたのか、どこを伸ばしたら楽になるか。詳しく聞いた後にストレッチ等で緩和させるか、湿布などを貼って体を休ませるべきかと自分なりにアドバイスをしていた。 東雲は素直に自分のアドバイスを受け入れ、毎回絶対にありがとうございますと感謝をしてくれる。七瀬からの紹介だが、自分自身の存在を必要としてくれ自分の一番の得意分野を生かせる事に喜びを感じた。 宮野も宮野で今日は何を大学で学んだかを東雲にLINEする事もある。薬品について頑張ったよ、外科的要素についてまた学んだよというような近況報告のようなLINEだが、凄いです!と前向きな姿勢で聞いてくれる東雲の存在は自分の中で少しずつ大きくなっていった。 今日はお気に入りのレシピのサンドイッチを作りすぎてしまった為、一緒に食べて欲しいと七瀬にLINEを送った。 昼休憩という事もあってか今から向かうと直ぐに返事が返ってきた為、サンドイッチの入った保冷バッグを片手に教室を後にした。ついついレタスやハムやチーズを買いすぎてしまい、一人で食べきれない量になってしまったが、それならばいつも自分を気にかけてくれる七瀬に食べて欲しいと思った。 元々早めにレポートを作成し提出を終えていた宮野は、外科的要素を中心にだが薬品についての研究をしていた。医学部生の中でも難解な研究の為、頭も体力も使う。 だがやはり学ぶ事は楽しく、この為にH大学に入学したのだから午後からも頑張ろうと気合いを入れ直して廊下を歩いた。 皆がそれぞれ休憩している中宮野は七瀬に会う前にティントリップを塗り直そうと、廊下の端でそろそろとポーチからお気に入りのリップを取り出した。 研究中は難しくとも休憩中位は可愛くありたいなとリップを塗り直し、鏡でチェックをしていると後ろから見知った顔が此方に笑顔で歩み寄ってきているのが分かった。 宮野がこの医学部で尊敬をしている教授の小松である。度々自分の所にやってくる小松に、宮野は手に持っていたリップと鏡をポーチにしまって頭を下げた。すると小松は優しい笑顔で自分の肩を擦るように叩く。 「レポート読んだよ。素晴らしかった!宮野くんの着眼点といい知識の深さは本当に感服する。」 「ありがとうございます」 「僕の知り合いの大学の教授にも共有していいかい?宮野くんは一人の学生としてではなく、医学部の先陣を切っていけるような存在になって欲しい。」 「自分の物で良ければぜひ」 小松がここまで言うということは余程自分の書いたレポート内容が良かったのだろうか。小松に満面の笑顔でこれからも期待しているよと言われ、宮野は深々と頭を下げる。 小松の後ろ姿が見えなくなるまで背中を見送り、七瀬の待つ場所へと行こうとすると、コンコンと窓を叩く音が聞こえた。窓の外を見ると七瀬が口元に笑みを浮かべながら立っている。 「教授にあんなに褒められるなんてすげーじゃん。流石H大首席入学で医学部生は違うな」 「や、やめてよ…そんなに言われてもサンドイッチくらいしか持ってないし」 「そのサンドイッチ目当てに来たんだよ。早く食べたい。」 「うん。今そっちに行くね」 外に通じるドアを開け、少しずつ寒くなってきた外で七瀬と並んでサンドイッチを齧る。綺麗にサンドイッチを食べてくれる七瀬の姿に満足をしていると、教授に褒めて貰えた事を東雲にも報告しようかなと思った。 ここ一週間LINEを送り合っていた為大体のスケジュールは把握している。きっと練習終わりに返事が返って来るだろうと東雲に『教授に褒められたんだよ。嬉しい』と送り笑顔でスマホを閉じる。すると七瀬が肘をつきながら此方を見て笑っていた。 「隼人と随分仲良くなってんじゃん。」 「うん。毎日LINEしてる」 「へー。どんな?」 「……七瀬が苦手な部類の話だと思うよ」 そう言うと七瀬はなるほどねと少し考える素振りを見せた。食事中は特に嫌がられてしまう為苦手な部類の話と言ったが、医学的な話をしている事は伝わっただろう。 宮野はサンドイッチを一つ食べ終え、クリアボトルに入れていたはちみつ紅茶を飲む。すると七瀬がポツリと良かったと呟いた後に自分の背中を優しく撫でた。 「乃愛が話せる相手出来て良かった。確かに乃愛の学んでる事は本来金払わないと聞けないような内容だからな。体大事にしなきゃいけない隼人とは話し合うのも納得」 「隼人くんが話しやすいのもあるよ。あれ?もう返事来た」 大体練習中か休憩中でも先輩が居るからと、いつもは夕方くらいに返事が来るのに随分と早い。今日はいつもとスケジュールが違う日だったのか、たまたま此方の休憩と東雲の休憩が噛み合ったのか。 何だかこうしてみると本当に自分は東雲とLINEを通じて繋がっているのだなと思う。クリアボトルをテーブルの上に置きLINEを開き、宮野は大きな目をパチパチと瞬きさせた。 『教授に褒められるなんて凄いです!ところで乃愛さん今週末空いてますか?俺、乃愛さんが好きそうな可愛いお店見つけました!』 「なんて?」 「今週末一緒に出かけようって」 「展開早いな。乃愛は行きたいのか?」 「うん。自分の為にお店探してくれてたし」 東雲と二人でお出かけ。 確かに七瀬の言うように展開は早いなと思うが、この前家に来た際の帰り際に約束をしていた為、社交辞令ではなく本気で思っていてくれていたんだと戸惑いや驚きよりも喜びが勝った。 『大丈夫だよ。土曜の夕方頃でいい?』とLINEすると『十六時に駅前で待ち合わせしましょう』と返事が来た為、スタンプで返した。 東雲からはまた後でというLINEが来た為、約束をしたといえど後からLINEをしてくれるのだろう。それにしても可愛いお店とはどんなお店なんだろうと考え、表情がふんわりと綻ぶと七瀬が口を開く。 「これなら、訪問看護も受けられるんじゃないか?」 「え?」 「え、じゃないだろ。この間言っただろ?」 「あ、えっと、うん。」 唐突な話に驚いたし、七瀬には申し訳ないがすっかり忘れていた。パンフレットを手渡されて軽く説明をされた時から思っていたが、自分は訪問看護治療を受ける気は全く無い。 それを調べて行動してくれていた七瀬にどうやって説明しようかと悩むと、綻んでいた宮野の顔が一気に曇る。するとそんな自分を見た七瀬が目を伏せては小さく息を吐いた。 「ごめん。せっかく楽しんでたのに余計な事言った」 「そ、そんな。七瀬の心遣いは嬉しいよ。いつも自分の事を思って言ってくれてるし……ただ、今は研究に集中したくて。教授に褒められたからこそ期待に応えたい」 「そっか。また今度話そうな。俺も俺で色々考えるから」 訪問看護を受けたくない事を七瀬にはっきりと言えばいいのに、研究という言い訳をしてしまった自分に罪悪感を覚えた。 それに今からでも遅くないだろうか? 話したくない事は話したくない。七瀬といつも通り過ごしていたい。今は七瀬を頼らせて欲しい。そう自分の気持ちをはっきり言おうかと俯いていると、七瀬が自分に黒いカードを差し出した。 「スタバのギフトカード。サンドイッチのお礼」 「え、要らないよ」 「前にカフェイン入ってなかったら、スタバのコーヒー飲んでみたいって言ってただろ?カフェインレスにも出来るらしいって女子が話してたから取り敢えず千円分チャージしといた。」 やっぱり七瀬は物凄く優しい。 スタバのコーヒーを飲む生徒はH大学でも多く、ネットニュースで新作のドリンクを見る度に自分も飲みたいなと思っていた。 そもそもカフェインレスだったらスタバを飲みたいと七瀬の前で言ったのはだいぶ前な気がする。自分でも忘れていた位だ。このギフトカードを受け取っても良いのかと悩んだ瞬間、七瀬は無言でサンドイッチを一つ手に取りそのサンドイッチがあった場所にギフトカードを置いた。 「遠慮しないで受け取れよ。俺はそろそろ戻るから、乃愛またな」 自分の髪をくしゃりと撫でてから去っていった七瀬にお礼を言おうとしたが問題が浮き彫りになり過ぎていて言葉にならなかった。 訪問看護を何と言って断わったら良いのだろうか。スタバのギフトカードは純粋に嬉しいが、七瀬の親切心を踏みにじっているような気がして少し悲しくなった。 頼るのも、家に出入りするのも、七瀬が良いなんてわがままが通用するのは大学生の今くらいだろう。七瀬だとていずれは就職するし、恋人だって出来るかもしれない。むしろ何故居ないのかが不思議な位だ。 もやもやとした気持ちのまま一人でサンドイッチを食べていると、LINEの通知が鳴る。スマホを開くと東雲からLINEが来ていた。また後でのスタンプが来ていたのに今度はどうしたのかとLINEを開いてみる。 『乃愛さんの勧めてくれたストレッチ効きまくりです!滅多に褒めない監督に褒められました!ありがとうございます。何度もごめんなさい〜でもまた夜LINEします』 自分が教えたストレッチを本当に実践をして、向こうも向こうで監督に褒められていたのか。思わず嬉しくてクスリと笑ってしまった。また夜にLINEをしてくれる事が楽しみだと『どんな練習をしたのか教えてね、またね』と返す。少しだけぐらついた心が救われた気がした。 東雲は一体自分の為にどんなお店を見つけてくれたのだろうか。今日は水曜日。土曜日なんて二回夜を超えれば来る為あっという間だ。訪問看護の事で悲しくなっていた気持ちから、わくわくと高揚した気持ちにメンタルが切り替わった。 東雲はきっとこれから練習に勤しむだろう。ならば自分も負けてられない。頑張りたい。前向きな気持ちのまま医学部に戻り、研究の続きをしようと宮野は白衣を身に纏い全身を消毒してから研究の資料を見る。 この薬品が患部に届く効能について詳しくだなんて小松は凄く面白い課題を自分に与えるなと思った。人体の筋肉や神経の資料を見ながら宮野は薬品についての基本情報を今一度洗い直す。こうして勉強に没頭する時間はいくつになっても大好きだ。そしてこうやって研究を木曜日と金曜日もすると、楽しみな土曜日がやって来る。
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