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このタイミングで急な電話だった為、東雲からしてみれば誰からか気になるかもしれない。自分の大学に関わる人からの電話だったら、東雲曰くデートは今日はお開きになってしまうかもしれないと思うだろう。
だがそんな不安は一切必要の無い相手だ。宮野は満面の笑顔で電話に出て、東雲の腕を握り直しながらその相手と話した。
「おばあちゃん、久しぶり!……うん。元気!……紅茶も買ったよ!……今?お友達と買い物してた!……え?アマギフいらない!もういいってば!」
発信源は祖母だった。病気になり施設に入っている祖母とこうして電話で話せる回数は限られている。
面会も今は出来ない為祖母から掛かってくる電話だけは絶対に出たかったのだ。一瞬強ばった顔をした東雲も、祖母だと分かると安心したのか笑顔で見守ってくれた。
「おばあちゃん……早く会えるようになりたいよ、その時は乃愛はすぐに会いに行くね。……大学にも話したら分かってくれる……だから乃愛にアマギフいっぱい送りすぎなの!もうチャージしすぎて乃愛が混乱しちゃうからやめてね?……うん。また電話してね」
短い時間だったが、宮野にとってはかけがえの無い時間だった。施設に入っている祖母から電話がかかってくる事は多くても月に一度程度だ。
施設の決まり的にスマホを入居者が弄る時間は限られているからだ。だが行動力のある祖母は介護士の目を潜り抜けるように自分にこうして電話をかけてくれる。
普段から金銭面的にもメンタル的にも支えてくれている祖母に、久しぶりに直接感謝を言うことが出来た。大好きな祖母と電話が出来たと浮かれたまま東雲にごめんねと言うと、東雲は口に手を当てて笑っている。
「え、何かおかしかった?」
「いえ。ただ、乃愛さんの一人称が乃愛だったのが可愛くて可愛くて…」
「忘れて!それあまり知られたくないの!」
昔から祖母の前では一人称は乃愛だった。可愛いからそう言っててくれと言われ、中学に上がる時には周りには自分と言うように心掛けていたのだが、祖母からの電話ですっかり忘れていた。
東雲は馬鹿にして言っているのでは無いと分かりながらも、恥ずかしさから宮野は少し慌ててしまう。
「絶対忘れないですし、それにほっこりしました」
「やめて……隼人……本当に恥ずかしいから……」
「そんな所も可愛いなって言ったら乃愛さん怒りますか?」
「ムッてしちゃう」
「じゃあ辞めますね。可愛いです」
「や、辞めて!」
少し揶揄うように言う辺りは年頃の男子大学生らしさがあるが、宮野としては恥ずかしくて恥ずかしくて堪らなかった。
実際東雲にはいい印象を持っているが、今では七瀬の前ですら絶対に言わないようにしている一人称を可愛いとからかわれては恥ずかしくなってしまう。ぶわっと顔中に広がった熱を抑える術も無く宮野は肩を落とすと、東雲が笑いながら自分の肩を優しく抱いた。
「ごめんなさい。もう言わないのでご飯行きましょう?」
「ご飯?どんなところ?」
「自分が可愛いと思った所です。それに友達は美味しいって言ってました」
東雲がどうやってそのお店を見つけたのかは分からないが、先程言っていた彼女の居る友人とやらの情報だろうか?なんだか探りを入れるような自分の思考回路が気持ち悪いと思い直ぐに考える事を辞めた。
それよりも東雲と自分の可愛いという基準はほぼ等しい。東雲が可愛いと思ったのだから、自分にとっても可愛いお店なんだろうと期待しながら歩く。
丁度夕飯時になった為お腹が空いたなと宮野は相変わらず歩調を合わせてくれる東雲に付いて行くと、東雲が一つの店の前で歩みを止めた。
「あ、ここです」
「え?本当に可愛い…」
「ですよね!?なんかちょっと個性的ですけど可愛いですよね」
少しアジアンな雰囲気で、置いてある雑貨や店内がとても可愛い店だった。
先程行ったアクセサリーショップとはまた違う魅力を持っている店内に入ると、照明の一つ一つすら可愛らしい。
こんな可愛い空間でご飯を食べられるなんてと宮野の顔は満面の笑顔になると、小柄な愛想の良い女性店員が奥から駆け足で此方に来た。
「予約してた東雲です。少し早く着いちゃったんですけど、大丈夫ですか?」
「大丈夫ですよ。お席ご案内致しますね」
女性店員に案内され、薄いカーテンで仕切られた個室に通される。なんだか男同士で来るには雰囲気が良過ぎる位の店に宮野はどぎまぎとしてしまう。こういったカフェのような飲食店は七瀬と位しか来た事がない為、少し緊張をしてしまう。
優しい声色でドリンクだけ先にと言う店員に、メニュー表を見て取り敢えずカフェインの入っていないウーロン茶を頼むと、東雲も同じ物で良いと言った。店員が去っていった所で改めて東雲と向かい合う。
「乃愛さん的にこのお店どうですか?」
「すっごく好き……七瀬ともよくご飯行くからこの辺はもう全部知ってるつもりだったのに、隼人が連れてってくれる所は全部知らない所だから凄い楽しいし嬉しいよ」
間接照明の店内に照れ臭さを感じながらも笑顔で答えると、東雲はそれなら良かったですと安心したように笑った。
自分の為にと選んだ店なのだから自分の感想を聞きたかったのだろうかと、宮野はやけに自分の顔色を伺う東雲にきょとんとする。
すると店員によりウーロン茶が運ばれてきた。一緒に手渡されたメニューを受け取り、宮野は東雲と一緒にテーブルに置いたメニューを覗き込む。
「リゾットのお店なんだ。凄いいっぱい種類あるね」
「トマトベースとミルクベースで別れてるんですよ。乃愛さん何がいいですか?」
「折角ならチーズたっぷりなやつがいいかな……え、でもこのトマトベースのキノコたっぷりなのも気になるし……ごめん。ちょっと悩ませて」
五十種類位あるリゾット達に即答でこれと言えなかった。ミルクベースで四種のチーズが入ったほうれん草のリゾットも気になるし、トマトベースのキノコが刻まれたリゾットも凄く気になる。
どちらも魅力的で、どっちにしようか悩んでしまう。こういう時に優柔不断になる所が自分の悪い所だが、余りにも美味しそうなメニュー達に本当に悩んでしまうのだから仕方がない。
すると東雲が自分の手首を人差し指でつついた。
「乃愛さん二つ好きなの頼んでいいですよ」
「え?」
「俺は乃愛さんと食べられれば何でも良いので。二つ頼んでシェアしましょう」
「いいの?そんな…」
流石にそれは遠慮していると、東雲が傍に居た店員に自分が食べたいと思っていたものを二つ注文し、その上取り皿も下さいと言った。
年下だからとLINEではいつも自分が教える側だったり、話を聞く側だったりした為、今日一日過ごしてみて東雲の精神年齢の高さに驚く。
「隼人、ありがとう。こんな優しい頼み方してくれるなんて嬉しい」
「七瀬さんはしないんですか?」
「え?七瀬?うーん。あまり無いかな。」
何故今ここで七瀬の名前を出すのかと不思議に思ったが、先程自分も名前を出していた為かと勝手に結論づける。だが、東雲は腕を組みながら満足そうにほくそ笑んだ。
「七瀬さんはしないんですね。乃愛さんの食べたい物二つ頼まないんですね。俺はしますけどね」
「なんでそんなマウント取るみたいな言い方するの?」
急に精神年齢が低くなった東雲に思わず笑ってしまう。東雲は自分の問いにはっきりと答えなかったが、七瀬に勝てる所があった事が嬉しいのだと笑って見せた。
この間もそうだが、どうしてそんなに七瀬に勝ちたがるのかが分からない。不思議そうにする自分にリゾットおなかいっぱい食べましょうねと、東雲は笑って言った。その後視線をテーブルに落とし、リゾットを待つ時間を楽しんでいる自分を東雲はおずおずと見た。
「乃愛さんってお化粧するんですか?」
「えっと……少しだけ。変だよね」
「いえ、その……めちゃくちゃ可愛いなって……」
「ありがとう。男なのにって言われてばかりだったから嬉しい」
自分がスキンケアをするようになったのは祖母に肌を綺麗に保ってくれと言われていたからだ。そしてメイクはたまたま百貨店で見かけた可愛らしいリップに心を惹かれたからである。
勢いで購入し、そのまま自分の唇に少し乗せた時に我ながら似合っているなと感動したのだ。それからというもの、自分に合うようなメイク用品を少しずつ買って、大学でも男性の中では一人だけ化粧をしている。
入学当初は一応確認だけど男の子なんだよね?と聞かれた事もあったが、今では宮野乃愛だからで片付いているのだ。
「その……ほっぺたピンクとかツヤツヤのリップとか、可愛いなって今日一目見て思いました」
「本当?このリップ少し値段するんだけど色持ちも良くて可愛くてお気に入りなの」
「似合ってますよ。あの……なんかごめんなさい。上手く言えなくて申し訳ないんですけど、兎に角俺的に可愛いなって話です!」
「ありがとう……嬉しい……隼人優しいね……」
東雲なりに気を遣って言ってくれているのは分かったが、はっきりと可愛いと真正面から言われた為嬉しかった。
今日は少し持っていくリップやチークをどんなものにしようか悩んだ位なのだが、東雲が真っ直ぐに純粋に可愛いと言ってくれるならば良かったと思う。
七瀬にも東雲に可愛いと言って貰えた事を早く報告したいなと思っていると、女性店員がリゾットを二つ持って笑顔で此方にやって来た。
そきて運ばれてきたリゾットに宮野は目を輝かせた。オシャレな食器に流石に自分でも作れないと白旗を上げるような完璧な物だった。SNSをやっていない為どこかに載せる訳でもないがスマホで写真を撮ってしまう。
「美味しそうだね!」
「食べましょう?乃愛さんから食べて下さい」
それならばとスプーンで掬ってふーふーしてから一口食べてみると、ほうれん草の甘みと記載はされていなかったが若干ひき肉や豆も入っていた。
東雲がもう一つの皿も指差す為そちらも食べてみると、濃厚なチーズの風味にこんなに素敵なお店を知らなかった自分は勿体無いと思う。東雲もスプーンでひと口食べ、めっちゃ美味いですねと驚いたように言う。
「乃愛さんはリゾット作らないんですか?」
「作れるけど、ここまで美味しいのは出来ないよ」
「ちなみにどうやって作るんですか?」
「生米をフライパンで炊くみたいな感じ、リゾットとパエリアの中間くらいのだよ」
「それ、絶対レベル高いです」
こんなに美味しいリゾットが目の前にあるというのにも関わらず、東雲は乃愛さんの作ったリゾット食べたいと呟くように言う。今はどう考えてもこっちに集中するべきなのにも関わらず東雲は面白い事を言う。
折角ならお皿とスプーン貰ったの為シェアをしようと宮野は皿にリゾットを盛った。体育会系の東雲は多く食べたいだろうと若干自分は小盛にして多く盛った皿を東雲に渡す。東雲ならばきっとインスタ等をやっているのだろうが、黙って食べている辺りお腹が空いていたのかなと宮野もリゾットを口にした。
流石に他の客の迷惑になると医学的な話は控えたが、今日一日の楽しかった出来事を宮野が話していると、あっという間に皿は空になる。満足感から幸せな気持ちになり宮野はうんと腕を伸ばした。
「美味しかったー!」
「俺は三人前位食べれます」
「隼人、本気で言ってる?」
「体育学生の本気食い見たら、乃愛さんびっくりしちゃいますね」
「もうびっくりしてるよ」
笑いながら言うと、東雲は店員を呼ぶボタンを押した。食べ終わったのになんだろうと思い、まさか本当に三人前頼むのかと東雲に恐る恐る聞くと、そんな馬鹿な事はしないと東雲は可笑しそうに笑った。店員が皿を片付けながら紙のメニューを手渡してくる。
「締めパフェって知ってます?北海道にしかない文化らしいですけど」
「聞いたことはあるよ」
「このお店は、リゾットの金額の中にパフェの値段も含まれてるんですよ。だから食後のデザートです」
「え!凄い!」
パフェのデザインをイラストで書いてあるメニューに驚いてしまう。どれもこれもオシャレで可愛くて、こんなに近くに自分が好きな物で溢れ返っている店があった事に驚きだ。
宮野は三つあるパフェを見ていると、東雲が頬杖を付きながら此方を見る。
「種類は三種類ですけど、季節とか曜日によって違うって友達に教えて貰ったんです」
「なんかパフェまだ食べてないけど、また来たくなっちゃう……」
「じゃあまた俺と一緒に来ましょう?」
「うん!」
東雲とならば是非またこの店に立ち寄りたい。宮野は東雲の手を握りながら笑顔で頷くと、東雲からパフェも二種選んでいいと言われた。
宮野は再び東雲の優しさに甘えて抹茶のものと苺のものを二つ注文する。直ぐにお持ちしますと女性店員が奥に行く様子をぼんやりと見てから、東雲の顔を見る。
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