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「連れてきてくれてありがとう。凄く楽しい」
「俺も楽しいです。それに乃愛さんと感覚似てるのかなーって」
「何でドヤ顔なの?隼人面白い」
どうだと言わんばかりの東雲の話しっぷりに宮野はクスクスと笑いながら腕を軽くつついた。思い返せば今日自分は東雲と居て笑ってばかりいる。
あの時もう一度会いたいと思ったのも、何かの縁だったのだろう。店員が直ぐにと言っただけあり本当に直ぐに届いたパフェに宮野は目を瞬かせた。
「パフェ美味しそう〜!」
「なんか進化してますよね」
届いたパフェに甘いものが好きな自分のテンションがあがったのは、最早言うまでもない。アイスが溶けない内にと素早く写真を撮り、綺麗に盛り付けられた苺とアイスをスプーンで掬う。
先に食べるように促す東雲にならばと宮野はパフェを口にするとカシャリとシャッター音が鳴った。
「え?隼人今何したの?」
「美味しそうに食べる乃愛さんが可愛すぎて……」
「や、やだよ!消してよ!」
「ダメです!永久保存版です!」
消してくれ、嫌だ、消してくれ、嫌だの押し問答を繰り返したが、絶対に譲らない東雲に宮野が折れた。
こんなパフェを頬張る顔を誰かに見られてしまったら恥ずかしいし、不意打ちの写真なんて絶対にタブーだ。だが東雲曰くこの写真は誰にも見せるつもりは無いらしい。
それならば良いと思ったが、では何故わざわざ写真に撮ったのだろうか?
東雲のこだわりは少しズレていると思いながらも、パフェを食べていると、ムース状のチーズクリームが出てきてテンションが上がる。
「凄いね、ずっと同じ味じゃないんだ」
「俺もびっくりしてます。乃愛さんこっちも食べますよね?」
「まずこっち食べたい。はい、隼人あーんってして?」
ひと口スプーンで掬い、口元に持って行くと東雲は心底驚いた顔をし口を開きそのまま食べた。食べ終わった後顔を少しそっぽ向けた東雲に、何かまずい事をしてしまったのかと宮野は大いに焦る。
ここは個室風とはいえ、薄いカーテンで仕切られているだけの空間だ。向かい側の席に座っていた四人組の男性客が、自分の顔を見た後に俯いたままの東雲を見る。
「可愛い彼女」
「あーんとか家でやってくれよ……」
「あんな子と俺も付き合いたいなー」
「男まあまあイケメンだからさ。可愛い子は人を選ぶんだよ」
薄らと聞こえてきた男性達の会話に宮野は物凄く申し訳ない気持ちでいっぱいになった。先程までリゾットをシェアしていた為、その流れで美味しいパフェもシェアしようと思っただけだったのだ。
「ご、ごめんね。隼人。また彼女だって思われちゃったよね。すっごい美味しくて隼人にも食べて欲しくなって」
「乃愛さん。今の反則です……でも、ありがとうございます。ごちそうさまです」
照れたような表情を見せた後に、俺もやった方がいいですか?と揶揄うように聞かれ首を横に振る。宮野は流石に可愛い店と美味しい料理に幸せを覚えたからといって、浮かれすぎたと反省する。
残り少ないパフェは黙って二人で完食したが、東雲はあーんってする乃愛さんもう一回見たかったと言った。
男性客の目が気になるが落ちたリップをトントンと塗り直すと、東雲が財布を当たり前のように取り出す。一緒に遊びに来たのにも関わらずなんだかして貰ってばかりの為、宮野も鞄から財布を出した。
「乃愛さんマジで俺に払わせて下さい。あーんして貰ったじゃないですか」
「あんな事七瀬にすらしないよ……自分が本当に恥ずかしい……」
「え?七瀬さんにしないんですか?じゃあ尚更俺が払いますって」
公開処刑じみた事を自分からしてしまった事を悔いている間に東雲はさっさと一万円札を店員に渡して会計を済ませてしまった。
こんな出会ったばかりの年下の男性にご馳走になってばかりなんてどうするんだと思ったが、東雲は当たり前だというような態度の為困ってしまう。せめて割り勘にしたいと思っていると、財布を持っている自分を見て東雲は優しく笑った。
「じゃあ……また俺の為にご飯作ってくれませんか?」
「自分の作るご飯なんかで足りるかな……」
「足ります!というか、乃愛さんは居てくれるだけで俺めちゃくちゃ満たされるんで。」
「そうかな?どちらかというと隼人に迷惑しか掛けてないと思う……」
「乃愛さん。もっと自分に自信持ってください」
店から出るとすっかり夜になっており、そろそろ夜の薬を飲まなければまずいなと宮野は頭の淵で考えた。ここからだと自宅は近い為、宮野は東雲の手から紙袋を受け取りヒラヒラと手を振る。
「え?」
「また遊ぼうね。自分の家にも遊びに来て」
「何言ってるんですか!家まで送りますって!」
本当にここから自宅は近い。十分か十五分程度で着くのだからいらないと宮野は言おうとしたが、東雲が強引に自分の手を掴み少し早足で歩いた為何も言えなかった。
先程のナンパの件が東雲の責任感を刺激しているのかもしれないが、こうして手を繋いでいるとまた彼女だとか勘違いされてしまう。わたわたと忙しなく歩いていると東雲が歩みをゆっくりにしてくれた。
大きな骨格のいい手に自分の手が収まっている事に宮野は不思議な感覚を覚える。きっと薬を飲んでいない事と疲労感からだろうと宮野は結論付け、東雲の手に頼るようにぎゅっと自分の手を絡ませた。
「隼人優しいね。」
「そうですか?試合の時はバチバチですよ」
「それは、本気でバスケやってるからでしょ?」
「まあ、そうですね。いずれ試合出る時は見に来て下さい」
「絶対行くね」
LINEをしているからこそ分かる血のにじむような努力。そんな存在のバスケは本気でやった方がいいと思う。毎日筋トレやランニングを大学とは別に行う東雲の忍耐力や精神力は凄いと思う。
東雲と手を繋いで歩いていく内にやはり近い事から自分の住むマンションが見えてきた。今日という一日が物凄く楽しかった分、東雲と別れるのが寂しくなる。
「楽しかったなあ…いっぱい笑ったしご飯も美味しかったし。隼人と話してて凄い楽しかった」
「俺もです。乃愛さんとデート出来たので」
「やっぱりデートって言うの?隼人って面白いね」
「そうですか?でも乃愛さんは可愛い上に、面白い所もいっぱいありましたよ?」
そんなことは無いと言っている内にマンションのエントランスまで辿り着いてしまった。明日からはまた大学の研究に追われる事になるだろう。送ってくれてありがとうと言うと東雲の大きな手が頭に触れた。
「乃愛さん。また、俺と一緒に────」
東雲が何かを口にしようとした時に、スマホの通知音が鳴った。何だろうと鞄にしまっていたスマホを見ると、七瀬から次の病院の日付け教えてとLINEが来ていた。そういえばもうそんな時期かと思うと、東雲が少し不思議そうな顔をしている。
「おばあちゃんですか?」
「ううん。七瀬。病院の日にち教えてって言われたの。いつも迎えに来てくれたりするの。帰って返事しなきゃ。隼人、またLINEするね」
立っている東雲に手を振り、自分の部屋に帰ろうと宮野は七瀬とのトーク画面を開いてマンションに向かって歩こうとした。その時だった。
「待ってください」
東雲に後ろから腕を掴まれ、帰宅するのを阻止された。え?と振り返ると難しい顔をした東雲が、自分のスマホを持っている方の手の手首を少々強く握る。
「七瀬さんに返事しないで下さい」
「え?」
「俺が一緒に行きます」
真剣な顔つきで言われ、言葉に詰まる。病院なんて今日のように楽しい時間を過ごせる訳では無い。ただ診察をして薬を貰うだけの作業のような物だ。病院とは何か、そう宮野は東雲に説明したのだが、東雲は決して自分の腕を離さなかった。
「なんで?本当にただ疲れるだけだよ?」
「俺が乃愛さんの通っている病院の事知りたいんです。病気や薬の事も馬鹿なりに知りたいんです。もっと乃愛さんの事理解したいんです。」
だから、七瀬さんにLINEしないで下さい。そう言われ、宮野は開いていた七瀬とのトーク画面をそのままにしたままスマホを鞄にしまった。
東雲が自分に歩み寄ってくれている事は分かる。だが何故病院にまで着いてこようという気になったのか。プロテインを選んだのは自分に知識があるだけ。料理を作るのも料理が好きなだけだ。
「なんでそんなに、知りたくなったの?」
メンヘラだと言われた事はもう過去の事だ。今は一緒に楽しく過ごせる存在になっているのだ。
それに自分の事を知っても何も産まれるものはない。困惑しながらそう問うと、東雲は少しだけ考えた素振りを見せる。
「今はまだ、内緒です。病院の日、分かったら俺にLINE下さい」
掴んでいた手首から流れるように指先を絡め取られた。
優しく笑っている東雲に、七瀬のLINEに既読をつけた事。
七瀬に病院の日を伝える事は毎月の恒例になっている事。
七瀬は心配をしてくれる大切な存在である事。
その全てを東雲には伝えた方が良いと分かっていたのにも関わらず、そのまま首を縦に振った。
「LINE、するね」
「はい。乃愛さん、今日はゆっくり休んでください。」
握られていた手を解かれ、東雲はそのままその場を立ち去っていった。その大きな後ろ姿をぼーっと働かない脳みそで見送った。
冷たい夜風が逆に心地良い。なんで?どうして?そんな疑問ばかりが自分を支配する。
暫くそのまま立ち尽くしていると、スマホの着信音が鳴った。それで漸く我に返る。発信源を見ると七瀬と表示されていた。慌てて部屋に戻ろうとエレベーターに乗り、部屋の玄関に入ってから急いで通話に出る。
「乃愛、大丈夫か?既読ついたのに中々連絡来なかったから心配になって電話かけた」
「ううん、ごめんね。大丈夫。今隼人にマンションまで送って貰って部屋に戻ったところ」
「あー。今日会うって言ってたもんな。俺邪魔してないか?」
「全然!大丈夫、心配してくれてありがとう」
部屋に入り電気をつけ、そのままソファーに座り七瀬と会話を続ける。七瀬ならば薬を飲む事を分かっているだろうからと、宮野はマグカップに水をついで急いで薬を飲んだ。
その間七瀬は何も言わなかったが、マグカップをテーブルに置くと息を吐きながら会話を続ける。
「楽しい時間過ごせたか?」
「うん!自分でもびっくりするくらい楽しかった」
「それは何より」
笑いながら言う七瀬に、楽しさからアドレナリンが出ているのか今日何をしたかを話した。ナンパされたけど守ってくれた。
ブランドの物も安く売ってるアクセサリーショップに連れてって貰った。リゾット専門店でリゾットとパフェを食べた。七瀬はそれに対して咎める事無く優しく相槌を打つ。
「乃愛、楽しいと思えるような相手見つかって良かったな」
「七瀬のおかげだよ」
「そうか?あ、そうだ。病院の日だ。次いつ?シフトの提出今日までなんだよ」
「それなんだけど……隼人が一緒に行きたいって言ってるの」
宮野が少し気まずそうに言うと七瀬はなんでそうなった?と不思議そうに言う。だが宮野自身も分からないのだ。
何故東雲があんなに自分を知りたがるのか、まだ出会って間もないのに理解したいと思うのか。すると七瀬は意外にもあっけらかんとした口調で言った。
「良いじゃん。隼人と行ってこいよ」
「で、でも…七瀬毎月迎えに来てくれたりしてたのに…」
「乃愛が俺と行きたいと思ってたり、隼人と行くのが嫌なら俺は予定空けるけど」
「隼人と行くのは全然嫌じゃないよ。逆に嬉しかった」
「なら行ってこい。ただ診察どうだったかだけはLINEくれ。バイト戻るから」
「分かったよ。いつもありがとう。またね」
それならば今回は東雲と行こうと思った。何故か自分は七瀬に対して気まずさを覚えていたが、七瀬が背中を押してくれるならば良いのだろう。理解をしてくれる人が一人でも二人でも増えるのならば自分は嬉しい。
宮野はスケジュールのアプリを開き、病院の日を確認すると丁度四日後の水曜日だった。今日のお礼も兼ねて東雲にLINEを送る。
『今日はありがとう。凄く楽しかったよ。病院は来週の水曜日の九時なんだけど隼人は大丈夫?』
まだ帰り道であろう東雲だが直ぐに既読が着き、『大丈夫です。八時には乃愛さんの家に迎えに行きます』と返ってきた。
自分の家の前のバス停からなら病院まで直結のバスが出ている。約四十分位で病院に着くため、『八時に待ってるね』と返すと隼人から『了解です』とスタンプ付きで返ってきた。
七瀬が迎えに来ない通院は初めてだ。勿論隼人と一緒に行く事も初めてだ。全ての事が初めての事だが、不思議といつものように不安に感じる事はなかった。
もっと乃愛さんの事理解したいんです。そう言った東雲の真意は分からない。だが理解しようとしてくれている事、実際に行動に移してくれている事は嬉しかった。
明日は大学は無いが、目を通さなければいけない研究の資料や論文が山ほどある。自分の部屋で深呼吸をすると安心からか疲労感が出てきた。握りっぱなしだったスマホを充電し、とりあえずシャワーを浴びようとそのまま浴室に足を運ぼうとした。
だがその前に紙袋に入った栗鼠の置き物を取り出し、自分の部屋の一番お気に入りの雑貨を置く所にその栗鼠を置く。そこには前に七瀬が買ってくれた猫の雑貨も置いてあった。
どちらを手前にしようか悩んだが、今日は東雲と一緒に遊んだからと栗鼠を手前に置いた。五百円玉を持たせて、宮野はその栗鼠をつつきながらこんな事を口にした。
「会う度に五百円貯金したら、その内いっぱいになるのかな……」
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