ここが精神科

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東雲が指差す方向を見ると、市外にある田舎町行きのバスが向かってきていた。景色が綺麗で有名で沢山の写真を見た事があるが、行ったことはない。 東雲がバス停に向かって自分の手を引っ張りながら歩く為、宮野は着いていきながら東雲とバスを交互に見る。 「本当に行くの?」 「行きましょう!なんなら昼ごはんも向こうで食べましょうよ」 「……いいかも」 病院帰りの気分転換が、東雲と二人で田舎町の人が少ない飲食店で昼ご飯を食べる時間。そう思うと余り直感的に動く事の無い宮野も薬の入ったエコバッグを持ちながら、勢い任せに本当にバスに乗り込んだ。 乗客は自分達と数名の外国人だけ。なんだか旅行に行くような雰囲気のバスの車内に先程よりも早く鼓動が脈打つ。 二人がけの椅子に座り行き先をスマホで調べると、四季折々の景色が見えるという展望台が凄く評価が高かった。 天気のいい時は近くにある蒸しパン専門店の蒸しパンを食べながら景色を楽しむのがオススメと、地元の人がネットのページに纏めている。 「隼人、蒸しパン美味しそうだよ」 「美味しいの食べて綺麗な空気吸って、病院の疲れを吹き飛ばしましょう」 「そうだね。楽しみ!」 自分は東雲のこういったポジティブな発想が好きだ。自分自身がどちらかというとネガティブな為、東雲の発言や行動のおかげで笑顔になれる事は凄く助かる。それに素直に嬉しい。 バスの中で二人でマップを開きながら、近くに何かないかと会話を弾ませていると、景色はすっかり田舎町そのものになっていた。 天気がいい為山が見える。頂上付近にはうっすら雪が積もっていて綺麗だと見ていると、東雲も窓の外を見た。 「今でこんなに凄いなら、着いたらもっと凄いですね」 「そうだね」 途中停車が無いバスで揺られること一時間。目的地に到着し、バスを降りる。一瞬太陽の眩しさに目を瞑り、目を開きバス停から下を見下ろすように見ると、目の前には絶景が広がっていた。 畑がまるで計算されたパッチワークのように景色が続いている。稼働している農業専用の機械ですらも絵になる位だ。 「来てよかったですね!」 「うん!すっごい綺麗だし空気も澄んでて気持ちいい」 「天気良いからこそですね。帰りのバスの時間だけチェックして、まず蒸しパン買いに行きましょう」 「そうだね。ここに取り残されたら大変だね」 帰りのバス停の時刻表を写真で撮り、二人でマップを開き歩きながら蒸しパン専門店に向かう。田舎なのにも関わらず綺麗な外国のような一軒家が連なっていて、どこを切り取っても絵になるような場所だ。 「乃愛さん、道悪いんで俺の腕に掴まってて下さい。怪我したら大変です」 「ありがとう……えっと、じゃあ掴んじゃうね」 舗装がまだし切れていない道を見渡しながら歩いていると、東雲が自分に向けて腕を向けてくれた為、お言葉に甘えて腕を掴んだ。病院終わりで少し疲れているからこそ、東雲の申し出は嬉しかった。 この間一緒に出かけた時に歩く時はそっと手を添えるような掴み方をし、帰り際には手を繋いだ。だが本当に道が悪い中歩く事が厳しかった為、宮野は東雲の腕にぎゅっと抱き着くように頼った。 「こうしててもいい?」 「寧ろずっとこれがいいくらいですよ」 「彼女だって間違われちゃうかもよ?」 「じゃあ彼女ですって言いますね」 恋人のような腕の組み方をしたのにも関わらず、東雲は優しく冗談を混じえて笑ってくれた。本当に彼女に見えてしまいそうな掴み方だが、東雲は全く気にしないのだろうか? 本当に優しい性格をしているなと思いながら筋肉質な腕を掴んで歩く。 所々足が引っ掛かりそうになる度に東雲は自分の体を支えてくれた。そうしてマップを見ながら歩いて蒸しパン専門店が見える。 外観も田舎らしく木で出来ており、早く食べたいなと宮野は店まで駆け足で行ったのだが、二人でその場で立ち尽くす事になる。 「定休日なんだ…」 「不定休って書いてたんですけど、まさか今日だとは思わなかったです」 「食べたかったけどしょうがないね。景色だけでも楽しんで帰ろうよ」 そうは言いつつも内心凄く残念だった。写真で見てしまったからこそなのかもしれないが、食べられると思った時に食べられないのは誰でも辛い。 お腹も空いていたしとしゅんとしてしまっていると、東雲がポケットからスマホを取り出し笑顔で自分の肩を抱き締めるように手を回しながら、スマホを操作する。 「こんな人が来ない所にお店があるなら、他にもありそうですよね」 「ネットではここしか出てなかったよ?」 「乃愛さん。こういう時の為にSNSってあるんですよ。インスタで調べます」 背の低い自分にも見やすいように東雲がスマホの画面を見せる。それを覗き込むように見ると、慣れた手つきで東雲はハッシュタグ検索で調べた。 すると先程見ていたサイトとは比べ物にならない位の量のカフェやスイーツのお店の写真が一覧で表示される。どれもこれも見るだけで惹かれてしまうようなお店だった為、宮野は東雲の体にぴったりとくっつき、顔を見上げながら目を見開いた。 「え、すごい!こんなにお店あるの?」 「みたいですね。あ、ここなんてどうですか?ドーナッツ専門店ってありますよ」 「可愛い…行けるなら行きたいな」 チョコレートで可愛くデコレーションされたドーナッツと、コーヒーや紅茶が紹介されている。フォロワーもまだ少ない為、知る人ぞ知る名店なのかと思い投稿を遡ると、先月オープンしたばかりのようだ。 ストーリーを見ると本日も営業しておりますと書いている。大量のドーナッツが陳列されている店内に完全に心を奪われた宮野はスマホの画面をじっと見ていると、東雲が住所をコピーしてマップを開いた。 「丁度展望台に向かう方向にあります!乃愛さんちょっと歩きますけど行けそうですか?」 「隼人の腕組みながらでも良いなら行けそう」 「分かりました。遠回りして行きましょう」 「どういう事?」 「乃愛さんが腕組んでくれるならいっぱい歩きたいです」 満面の笑顔で言われ、宮野も釣られるように笑う。こんなに景色綺麗なら遠回りでも確かに楽しいかもと思い、改めて東雲の腕を組むように掴んだ。少し別の道に逸れて歩いていくと漸く舗装がきちんとされた道になる。 ここなら自分一人でも歩けるだろうと宮野は東雲の腕から手を離そうとすると、東雲は離しかけた自分の手を掴んで立ち止まった。 「隼人?」 「今日は乃愛さんにこうやって腕掴んでて欲しいです」 「え?でもさっきから体重預けっぱなしだし…」 「じゃあ筋トレを手伝ってると思って掴んでて下さい」 体重を預けるように東雲の腕を掴んでいた為、てっきり迷惑になっているとばかり思っていた。だが東雲は何故か自分が腕を掴む事に固執し、筋トレを手伝っているとまで言って少し笑う。 自分は東雲のこういう発想力が好きだ。こうして迷惑をかけているのに全く苦では無いというような言い方をする東雲の優しさが嬉しくなり、よく分からないが少し顔に熱が帯びる。 自分が腕を掴んでいるだけで東雲のトレーニングになるならと、再び体重を預けるように腕を掴んだ。今度は本当にどこから見ても恋人同士のような掴み方をしたのだが、東雲が笑顔で歩いている為宮野も笑ってしまう。 暫く笑っていたが、自分の指が東雲の二の腕の筋肉に触れた瞬間に、少し思う事が出来た為東雲の腕を軽く引っ張る。どうしたのかと不思議そうにする東雲に対して、宮野は筋肉をもぞもぞと触りながら東雲の事をそっと見上げた。 「隼人最近腕立てとか増やした?」 「え?はい。」 「ここ、すごい硬くなっちゃいやすい筋だから解してあげたら楽になるよ。負荷かかるとこっちが辛くなるから揉んであげるといいよ。お風呂の中で湯船に浸かりながらやると血行も良くなる」 「流石ですね。今日からやります」 東雲は流石だと言うが流石という言葉が似合うのは東雲だと思う。手の平で触れば触る程に東雲が毎日積み重ねている努力が分かる為、宮野は自分の手の平を使って少し張っている東雲の筋肉を揉みほぐした。 こうやってやってあげると体に良いと教えると、東雲は嬉しそうに笑顔で頷いているが、自分の知識が東雲の為になるのであれば何だって教える。口には出さないが本当はメンバーに選ばれるつもりで努力しているのだから、当然の事だと宮野は東雲の腕が楽になるようにと反対も揉んであげようと移動した。 「マッサージ上手すぎませんか?うわー……こんなんされたら堪らないです」 「これからもいっぱい頼って?」 「はい。本当に頼っちゃいますね」 悪戯っぽく笑う姿は何となく年下の男子大学生に相応する物があるなと宮野は笑い、折角こうして隣に居るのだからと歩いている間は揉み返しが無い位の力加減でマッサージを続けた。 ここが人の居ない田舎町だからこうして出来るのだが、今度もし自宅に東雲が遊びに来てくれたら腰周りを特にやってあげたいと思う。 あくまでも東雲が嫌で無ければの話だが。すると東雲が向こう側を指差して宮野の体をぎゅっと自分の方へと引き寄せる。
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