ここが精神科

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「あ、あれじゃないですか?」 「ほんとだ!openって看板立ってるよ」 白いコテージを改造したような店の横には、景色が一望出来るようにベンチが置いてあった。早速お店の中に入ってみようと東雲の腕を引きドアに手をかけると、東雲が自分が握った扉の持ち手の上を握って軽々とドアを開ける。 店内は小さく客は自分達だけだ。宮野と東雲が来た事により笑顔で店員がいらっしゃいませと対応してくれた。 陳列されているドーナッツは思っていた以上に可愛らしくその種類にも驚き、リゾットに引き続き頭を悩ませる事になってしまった。 ドリンクもコーヒーと紅茶だけかと思っていたが炭酸のジュースなども充実している。どうしようかと宮野は一つ一つを見たが、自分では決められなさそうだなと東雲の腕を引っ張った。 「隼人はどれ食べる?」 「俺は何でもいいですよ。乃愛さんが食べたいの全部選んだら良いと思います。食べきれなかったら持って帰ればいいですし」 「でも太っちゃうよ…」 東雲の申し出は嬉しいが、自分は元々体が弱く東雲のように運動をして鍛えられる訳では無い。 前に酔っ払った武尊と慎吾に膝枕をせがまれた時、仕方ないなとしてあげた事があったのだが、二人が揃って女の子みたいに太もも柔らかいと騒いだ為ショックを受けたのだ。 蘭は可笑しそうに爆笑していたが七瀬に二人は思い切り叩かれていた。自分でもよく太ももを触るのだがほんとにムチムチとしている為これ以上は肉を付けたくない。 別に太っている訳では無いのだが、女の子みたいな太ももとまで言われると流石に気にはしてしまう。 目の前の美味しそうなドーナッツをカロリーを気にせず頬張りたい気持ちはあるのにと宮野が俯くと、店主が自分に向かって笑顔で話しかけてきた。 「上の段にあるものが全粒粉のドーナッツで、下にあるものが豆腐が生地に練り込まれているものです。カロリーは控えめになっています」 「そうなんですか?」 「はい。見た目だけ見るとカロリー高いと思いますよね」 カロリーが控えめでこんなに可愛いドーナッツが種類豊富に取り揃えられているお店なんて来た事が無い。一度七瀬がお土産にとミスドを買ってきてくれた位だが、あれはかなり美味しい分カロリーが高かった。 全粒粉と豆腐となるとカロリーは小麦の半分かそれ以下だろうか?そうなると夢の食べたい物を全て食べる事が出来ると宮野はその場でうずうずとしていると、東雲が自分の背中を優しく擦る。 「乃愛さん太ってないですし食べましょうよ!今日は自分へのご褒美だと思いましょう?」 「うん!じゃあ、この抹茶と苺とコーヒーとレモンのやつ一つずつ下さい」 「ありがとうございます」 自分注文に店員が笑顔で丁寧に紙袋に入れてくれた。こんなに沢山のドーナッツを食べられるなんて嬉しいなと宮野は財布を鞄から取り出そうとする。だがその前に東雲が無言でキャッシュレス決済で会計を済ませてしまった。 殆ど自分が食べたい物を頼んだのに払わせるのは流石に無いだろうと宮野は千円札を東雲に渡すと、東雲はそれを受け取り自分の財布にそのまましまってしまう。 「この前も隼人にご馳走になったし…」 「乃愛さんにお金出させられないです。いつも相談に乗ってくれる乃愛さんへのお礼です」 「でも……」 「というか、七瀬さんに乃愛さんにお金出させたなんて知られたら俺が絞め殺されます。命救うと思って下さい」 冗談混じりで東雲はそう言うが、自分は医者では無いただの一人の医学部生の為申し訳無い気持ちが大きくなってしまう。だが東雲の言うように七瀬は自分にお金を出させるという事を本当に嫌うタイプの為、東雲と割り勘をしたと聞いたら変に怒ってしまいそうな気がした。 男友達ならば普通割り勘なのでは?と何度も七瀬に聞いたのだが、乃愛は出さなくてもいいといつも言う。七瀬とは長い付き合いの内にそうなったのだが、東雲とはまた違うだろうと宮野はドリンクのメニューを手にした。 「隼人!コーヒー飲まない?自分はハニーレモンソーダ頼むから、隼人も飲んで?」 「あ、その感じ良いですね。でも飲み物位俺がいくらでも飲ませてあげますよ?」 「自分で買ったハニーレモンソーダが飲みたいからだめ!隼人は自分が買ったコーヒー飲めない?」 「その聞き方ちょっとずるいですよ!じゃあ今度俺に飲み物奢る機会作って下さいね?」 飲み物くらい飲ませてあげたいのは自分だって同じだ。今度こそ自分がお金を出すと決め、宮野は東雲がキャッシュレス決済が出来ないように体を割り込ませ、先程の千円札を店員に渡す。 すると店員はクスクスと笑いながら現金でのお会計を済ませてくれた。やっと自分で払う事が出来たと安心するが、次に飲み物を奢る機会を作るという事は、また東雲と遊びに出かけられるという事だろうか? そう期待してもいいのかと東雲を見ると、ドリンクを作る店員が笑顔で口を開く。 「もしかして今日はデートですか?」 「はい!可愛い先輩とデート中です!」 「若くていいですね。彼女さん可愛らしくておばさんは羨ましいですよ」 「店員さんから見ても俺の彼女は可愛いですよね?」 「誰が見ても可愛いと言うと思いますよ」 自分はいつの間に東雲の彼女になったのだろうか。そもも自分は女の子では無いのだが、この上なく嬉しそうに店員と会話する東雲に、自分は男だとかそもそもデートなのかと言う必要性を全く感じなくなった。 ここまで真っ直ぐに言われると、もう彼女と思われてもデートと言われても構わないと思う。ただ人に大っぴらに彼女と言われる事が少し恥ずかしく、宮野は顔を赤らめるながら東雲をほんの少し睨むように見上げると、東雲は満面の笑顔でごめんなさいと言った。 どうやら東雲に自分の羞恥心は伝わらないらしい。 「お待たせしました。こちらドーナッツ四点とお飲み物二点です」 「ありがとうございます」 少しむくれてしまった宮野だったが、店員が渡してくれたドーナッツを東雲が自分に手渡し、ドリンクを手に持ってくれた為、こんなに優しい人の彼女扱いされる事を恥ずかしがる必要はないなと気持ちを入れ替えた。 折角ならあのベンチで座って食べたいと、二人で商品を受け取り店外に出る。すると入れ替わりで家族連れの客が店内に入っていった。なんだか隠れた名店を見つけたようで嬉しくなった。 まずは奢ってくれた東雲にお礼を言おうと、宮野はベンチに座りながら隣に腰掛けた東雲を見る。 「隼人ありがとうね。頂きます」 「こちらこそです。コーヒーご馳走様です」 病院に付き添ってくれた上にドーナッツを四つも奢ってくれた東雲がご馳走様と口にする事に違和感を感じたが、これも優しさなのかと宮野は心が温まる感覚を覚えた。 自分がもし女の子だったら本当に東雲の彼女のような立ち位置に居るなと思いつつ、東雲は一体どんな人を恋人にするのだろうかと気になった。 好きな人が居るだとかそういう事は話した事がないが、東雲の恋人になれる人を本当に幸せ者だなと思う。 気持ち悪い思考回路だが、若干その恋人になる女性が羨ましい位だ。何故か東雲と一緒に居るとこういう変な方向に頭が働く自分を誤魔化すように、宮野はドーナッツを一つ口にした。 「え!すっごい美味しい!」 「ザクザクで美味しいですね。コーヒーもめっちゃ美味しいです」 「このドリンクすっごい美味しい。隼人もひと口飲んでみて?」 全粒粉のドーナッツはザクザクとした食感で、豆腐のドーナッツはふわふわとした食感だった。宮野はカフェインが苦手な為コーヒーは余り飲まないのだが、このドーナッツとコーヒーは凄く相性が良いと思う。しかしハニーレモンソーダも甘酸っぱくスッキリしていてドーナッツとの相性が良かった。 是非東雲にも飲んで欲しいと、ハニーレモンソーダのストローを東雲の口元に持っていくと、東雲は少し笑った後ひと口ドリンクを飲んでドーナッツを齧る。 「めっちゃ飲みやすくていいですね。あと、その……ごちそうさまでした。」 「美味しいよね。自分でも作ってみようかな」 「え?作れるんですか?ていうか乃愛さん今日も……いや、違ったらごめんなさいなんですけど、お化粧してますよね?可愛いなあって」 「アイシャドウキラキラなの。リップは隼人がこの前褒めてくれたの塗ったんだけど……可愛い……のかな」 「可愛いですよ?肌も綺麗ですし」 ドーナッツを食べながら自分にとって嬉しい事を言う東雲。アイシャドウで目元をキラキラさせたり、リップを東雲が褒めてくれた物にしたのだが、気付いてくれていたのかと照れてしまった。 この顔に産まれてから可愛いなんて大勢の人間に言われて育ってきたが、東雲はいつも笑顔で真っ直ぐに純粋に言う為、毎回少し恥ずかしくなってしまう。 今思えば褒められたリップを選ぶなんて事をした自分が一番恥ずかしいのだが、それを悟られないようにドーナッツに集中する事にした。 ふわふわのドーナッツを食べながらハニーレモンソーダを飲み、景色を堪能する。すると隣からピロンと音がした。 「隼人、今の音何?」 「もぐもぐしてる乃愛さんがあまりにも可愛いので写真撮りました。」 「え!やだ!消してよ!」 「乃愛さんが小動物みたいで可愛かったので不可抗力です!絶対消さないです!」 何故不意打ちで自分を撮るんだと宮野は東雲のスマホを奪おうとしたが、絶対に譲らない東雲にまたしても宮野が折れた。その代わり絶対に誰にも見せない事を条件としたが、果たして本当に東雲が守ってくれるのかどうかは分からない。 だが東雲が写真を見ながら可愛い可愛いと持て囃す為、そんなに言ってくれるならば良いのかなという気になった。そもそも可愛いと思われたくてパックやメイクをしたのだから。 二人でドーナッツを分け合いながらドリンクを食べ飲みする時間は物凄く楽しく、ちょっぴり恥ずかしい物となった。 ドーナッツを食べ切って空になった紙袋やドリンクの容器をゴミ箱に捨て、次は展望台に向かおうとベンチから立ち上がった。 「乃愛さん行けそうですか?疲れてないですか?」 「大丈夫。行こう?」
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