ここが精神科

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ドーナッツ専門店を後にし田舎道を東雲と二人で歩くが、ずっと一緒に居たせいか当たり前のように東雲の腕を掴んでいた。 良いのかなと思いながらも、東雲の鍛え上げられた腕に頼るように宮野は体重を乗せると、東雲が自分の体を支えてくれる。 展望台はどの位の場所にあるのかと思ったが、すぐ近くの曲がり角を曲がった先に大きな四角い建物が見えた為、近くて良かったなと宮野は東雲の腕を掴みながらゆっくりと歩いた。 本当ならば自分の体力なんかもう尽きてしまっている所だが、東雲が歩調を合わせてくれる為難なく歩く事が出来る。 それに体重をかけてもビクともしない東雲の体は本当に頼りにしかならない為、安心して過ごせるのだ。たどり着いた展望台に宮野は直ぐに駆け寄ろうとしたが、その前に自分にスマホを向けようとした東雲を見て動きを止める。 「隼人、もう写真撮らないでね。景色だけ撮ってね」 「えー!」 「だってすっごい恥ずかしいんだから…」 いくらメイクをしていても自分の何気ない表情を撮られていると思うとやっぱり恥ずかしい。東雲は不満そうにしているが、自分が本当に恥ずかしいという事を東雲に向かって目で訴えると、渋々といった様子でスマホをポケットにしまった。 そもそも今日の目的は展望台で綺麗な景色を見る事なのだから、何もスマホをしまう事は無いだろうと思う。 色々寄り道はしたが、待ち侘びていた展望台に到着した。高さ的に田舎町を一望出来るような場所だろう。展望台の上に階段で登るが、結構急な階段だったからか東雲が先に歩き、自分に手を差し伸べた。 その大きな手に頼るように宮野は東雲の手を握ると、東雲は自分を導くようにゆっくりと展望台に登ってくれる。 やはりこの程度の階段は楽勝なのだなと体力の無い自分は結構な疲労感を覚えて展望台の上で深呼吸をした。だが、顔を上げ目の前に広がっていた景色に宮野と東雲は目を見合せた。 「すっごい綺麗……」 「本当ですね。階段キツかったですけどこれは登る価値がありますね」 目の前に広がる絶景に、宮野も頷きスマホで写真を何枚も撮った。写真を撮る技術など持ち合わせていない自分が撮ってもどの写真も凄く綺麗に映る。隣で東雲も今度は景色の写真を撮っていた為、折角なら二人で記念撮影したいと思う事は当然だろう。宮野は自分のスマホを片手に東雲にピタリとくっ付く。 「隼人、一緒に写真撮ろう?」 「え!?撮りますー!これは皆に見せて自慢して良いやつですよね?」 「自慢するなら景色の写真見せた方が良いと思う……」 「あ、じゃあ二人の思い出にしませんか?俺と乃愛さんの思い出です」 それが一番良いと宮野は展望台のフォトスポットに立ち、東雲と並んで写真を撮ろうとした。だが背丈的に自分で写真を撮影する事が難しかった為、東雲にお願いすると高くスマホを持ち上げて二人が画面に収まるような写真を撮ってくれた。 絶景をバックに撮った写真を見て、宮野は記念写真なのだからと東雲にLINEで写真を送る。二人の思い出かと宮野は少し照れ臭くなりながら写真を見ていると、東雲がLINEで送った写真を笑顔で見ていた。 「今の時代加工しないでこんなに可愛いの乃愛さんだけですよ」 「そんなに可愛い可愛い言わないで!凄い恥ずかしいんだから」 「ごめんなさい。でも乃愛さん怒ってても全然迫力無くて…結局可愛いになっちゃうんですよ」 ここまで来ても絶景ではなく自分なのかと宮野は顔を赤くしたが、東雲は全く反省の色を見せずに可愛いと言う。困ったように言われても自分でどうする事も出来ない。 ここまできたら仕返しをするしかないだろう。宮野は東雲の背後に回り、疲れているであろう背中の筋肉を刺激するツボを親指で抉るように押した。 「痛っ!え!?今のなんですか!?めっちゃ痛かったんですけど!」 「うーん……教えない」 「乃愛さん怒らせたらこういう事が待ってるんですね」 漸く分かって貰えたと安心し、展望台で風を受けながら景色を堪能する。本当に綺麗な見た事の無い景色だなと宮野は少し伸びた髪を靡かせながら景色に見蕩れていた。 暫く時間を忘れて景色を楽しんでいると、何だか東雲が大人しく隣に居ない事に気が付く。まさかと思い宮野は振り返ると、自分に向けてスマホを向けている東雲が立っていた。 「隼人写真撮らないって言ったじゃん!」 「これ、写真じゃないです。動画です」 「あ、酷い!良いよもう!隼人から逃げる!」 全速力で広い展望台を走ると、東雲が驚いたように乃愛さん足速っ!と笑った。まだ動画を撮る東雲から逃げるように階段を駆け下りると、乃愛さん待って!と後ろから声が聞こえてくる。 自分はあまり運動は得意では無いが、足だけは何故か早かった。だが、体力が無い。階段を全て降り、息を切らしていると追いついた東雲が動画を撮りながら笑う。 「乃愛さん大丈夫ですか?ていうかめちゃくちゃ足速くてびっくりでしたよ」 「……勝負してみる?」 「それで負けたら俺のプライドがボロボロです。本当に早かったんで辞めておきます」 確かに体育大学に通っている東雲が、勉強を得意とする自分に負けたら嫌だろうなと宮野は笑った。負けた事を想像しているのか苦笑いをする東雲に宮野は少し悪い事を思い付いてしまった。 東雲に今日一日頼っていたように腕を掴み体重をかけると、東雲が自分の事を受け止めるように頼らせてくれる。それを待っていたと宮野は一瞬油断した東雲からスマホを奪い取った。 「え!?乃愛さんやめて下さい!」 「自分はやめて貰えなかったんだもん。隼人の事も撮る!」 「ちょ、本当に足速いです!ごめんなさい!今日はもう撮らないんで勘弁してください!」 「追いついたらやめてあげる」 「あ!乃愛さん酷い!」 二人で笑い合いながら誰も居ない広い敷地内で攻防戦を繰り広げた。別に本気で嫌な訳では無い。 ただ、楽しいのだ。 東雲と一緒に笑顔で騒ぎながら鬼ごっこのように二人で走り、これも思い出だと宮野は二人で走っている所を動画に収めると、後ろから東雲に抱き締められるようにスマホを奪い取られる。 体育大学に通う東雲相手に結構な長さの動画を撮れたのではないか?まだ動画や写真を撮りたい所だが、観光バスが一台駐車場に止まった為ここでやめようと東雲から宮野は離れた。 「乃愛さんの意外な所見つけました」 「体力無いから今もうヘトヘトだけどね」 「じゃあ、帰りも俺に体重預けてください!」 「うん。こんなにはしゃいだの久しぶり」 観光バスから大量の観光客が降りてきた事と、時間を見てそろそろバス停に戻ろうと二人で歩いた。 行きよりもかなり体重を預けているが、東雲は当たり前のように自分の体を支えてくれる。行きは上りだった為坂道が厳しかったが、帰りは下りな為少し楽だ。 ドーナッツが美味しかった。景色が綺麗だったと、お互い言い合いながら歩いていると、あっという間にバス停にたどり着いた。そしてタイミングを見計らったようにバスが来た為、それに乗り込む。 「めっちゃいい気分転換でしたね。俺もめちゃくちゃリフレッシュ出来ました」 「うん…自分は、ちょっと疲れたから眠くなっちゃった」 「寝てて良いですよ。流石にバスの中では写真撮らないので」 「隼人ごめん…本当に寝ちゃいそう」 バスの揺れが心地よく、強い睡魔に襲われると東雲が宮野の体を引き寄せた。東雲の肩に頭を預けるような形になり、髪を梳かすように撫でられ宮野に限界が来てしまった。一定のリズムで呼吸をしながら、東雲に全体重を預けて眠ってしまったのだ。
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