初めての気持ち

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初めての気持ち

朝起きると頬を突き刺すようなひんやりとした空気を感じた為、宮野は一体寝ている間に季節がどう変化したのかと驚いて目を覚ました。 まだ眠剤が残る体でぼうっとしながらリビングに行くと、室内の温度を感知し自動的に部屋を暖めてくれる床暖房が付いていた。 テレビを付けてニュースを見てみると、今朝は今季一番の冷え込みだとアナウンサーがコートを着ながらレポートしている。 その後画面が切り替わると北海道の今年の初雪は例年よりも早いと見込まれると、何故か嬉々として話すアナウンサーにもうそんな時期になるのかとテレビの画面を見た。 ついこの間東雲と出かけたり病院に行った時は過ごしやすいなと感じていたのに、北海道の秋はあっという間に終わってしまうから困る。 衣替えをする時に少し早いが何度もとなると手間だからと冬物のコートを出しておいた自分を褒めてあげたくなった。 余り男性らしくない冬物のふわふわとした雰囲気のコートには、キラキラとしたボタンが付いている。祖母がこのブランドのコートは可愛くて暖かいからと、Amazonギフトとは別に自宅までプレゼントとして送ってくれた。 流石に申し訳ないから祖母に要らないと言おうとしたのだが、余りにも可愛いコートに胸がぎゅっと締め付けられ、祖母に対しての罪悪感とこのコートを着たいという葛藤の間で揺れに揺れている。 まだ新品未開封のコートだが、一体どうしようかと悩んでいると宮野のスマホにLINEの通知音が鳴った。その瞬間に宮野の顔がぱっと輝く。 この時間にLINEを送ってくれる相手となれば東雲だろう。毎日東雲からのおはようございますというLINEで一日をスタートするようになってから、何故か自分は前向きに一日の始まりを迎える事が出来るようになった。 暖かいリビングの中でいそいそとLINEをチェックすると、案の定東雲からLINEのメッセージが届いていた。 『乃愛さんおはようございます。今日めっちゃ寒いですね。ランニングしようと思って外出てビビりましたよ笑』 いつもならば時間差でLINEの返事をするのだが、今日は寒さが原因とはいえ早めに起きたのだから、今LINEを返そうと宮野はコートの写真を撮った。 祖母の事は東雲は何となく知っている程度だが、このコートを着てもいいのかという判断が自分で出来ない為、東雲の意見も聞いてみようと思ったのだ。 『おばあちゃんからコート貰ったんだけど……着てもいいのかな?』 二人で出かけた時は客観的に見て彼女みたいな存在に宮野はなっていたが、こんなLINEを東雲に送る自分は本格的に彼女みたいだなと苦笑いをする。 朝の薬を飲む前で頭が余り働いていない時に、余計な事をしてしまったなと若干後悔をした。 いつも通り七瀬に相談すれば良かったのに自分は一体何をしているんだと肩を落とすと、直ぐに東雲から返事が返ってきた。 『貰っちゃいましょー!可愛いので絶対似合いますから!おばあちゃんにはお礼のLINEと、乃愛さんがこのコート着てる写真を送ったら何の問題もないですよ!俺に写真撮らせて下さーい!』 ポジティブの塊でしか無い東雲のLINEのメッセージに、宮野は朝早くには珍しく少し声を漏らしながら一人で笑ってしまった。 寒さで萎縮し丸まっていた体はいつの間にか力が抜けていて、これも東雲のお陰だなと宮野は口元に笑みを浮かべながら東雲とのLINEを続ける。 『ありがとう。おばあちゃんに送る写真本当に撮ってくれるの?』 『なんなら俺とのツーショット送りますか?笑 おばあちゃんに俺を紹介しましょうよ。乃愛の恋人だよって』 『一人称弄るのやめて?でも隼人がそう言ってくれたから、このコート着ようと思えたよ。ありがとう』 自分一人だとこんなブランド物の可愛らしいコートを着るなんて、今更返品も出来ないのにも関わらず、ウォークインクローゼットにしまっていたままだっただろう。 それに東雲が言ってくれた自分の写真という提案は、自分を溺愛する傾向にある祖母が絶対に喜んでくれると思った。 東雲とのツーショットを送ったら新しい友達が増えたと喜んでくれそうだが、恋人だと紹介しては流石の祖母も困惑してしまう。 自分の一人称を弄りながら、あくまでも前向きな提案をしてくれた東雲に何だか本当に写真を撮るだけの一瞬でもいいから会いたいなと思ってしまった。 だがこれから練習に励む東雲相手にいつまで彼女ポジションを気取るような真似をするのかと自分を叱咤し、毎日練習に励む東雲に『風邪を引かないように頑張ってね』と自分なりに前向きなLINEを送ってみた。 すると東雲から『はやとがんばる』というスタンプが届いた為、今日の一日の始まりも凄く前向きでいいスタートだなと宮野は笑顔になれた。 いつもの朝のルーティンであるスキンケアを機嫌よく行い、美顔器のスチームを当てながら届いた韓国のパックをつけてみる。 その間に宮野は土鍋で白米を炊いていた。冷蔵庫には自分が作った作り置きのおかずがある為、それを炊きたての白米と一緒に朝食を済ませようと考える。 今日のスケジュールは朝早くから大学に行くというよりは、タブレットに送られてきた研究結果の確認だったり、レポートの作成だったりと割と自宅で出来る事が多い。 ここの所暫く大学に通い詰めては研究に勤しむ毎日を過ごしていた為、今日はいっその事自宅で自学自習に励もうかなと考えた。 たまには外に出ないでゆっくりとしていたいという気持ちは誰にだってある。決してゆっくりと過ごせる訳では無いが、自宅で一人勉学を極めるのも悪くないと宮野はスキンケアを行いながらそう考えた。 スキンケアを終え、冷蔵庫に入っているおかずや自作のご飯のお供を見ると意外にも量がある事に気が付く。 今日中に食べきらなければ腐ってしまうようなおかずの為、困ったなと宮野は冷蔵庫を眺めていると、一つの提案が浮かんだ為スマホを開いて七瀬に通話をかけた。 教育学部に通う七瀬は必要なカリキュラムを早めに終わらせている為、もしかしたら自分と同じように自宅での作業でも良いかもしれない。ダメだったらダメでこの食材は昼も使って食べ切ればいい。だが、どうせならば自分の料理を美味しいと食べてくれる七瀬に食べて欲しかった。 『乃愛?どうかしたのか?』 通話に出た七瀬に宮野は顔を綻ばせる。この優しく自分を乃愛と呼んでくれる七瀬の声はいつ聞いても落ち着くんだよなと、宮野は七瀬の優しい声色に安心感を覚えながら言葉を続けた。 「七瀬って今日大学行く?レポート作業家でやるんだったら一緒に自分の家でご飯食べながらやらない?」 『そういう事かよ。けど俺も今日自分の家でひたすらレポート纏める作業する予定だったからそっちに行く。朝飯食わしてくれんの?』 「うん!七瀬が来てくれるとおかず喜ぶし、自分も喜ぶ」 『まずは乃愛に喜んで欲しかったんだけどな。今からノートパソコン持って車で向かうわ』 七瀬が来てくれる事は嬉しいに決まっていると言おうとしたが、プツリと通話が切れてしまった為言う事は適わなかった。 だが七瀬が自分と一緒にレポート作業をしてくれるのであれば本望だと思い、ついでにこの白米を七瀬の好きな昆布の入った混ぜご飯にしようと思う。 しいたけ昆布の佃煮とおかかとほんの少しの出汁を加えて白米を切るように混ぜると、ふわりといい香りがした為早く七瀬に食べて欲しいなと思う。 体を温める為に紅茶を準備し、そのままお気に入りのオーバーサイズのニットと白いフレアパンツに着替えていると、 ポーチの一番上に入っているリップが目に留まった。東雲が可愛いと褒めてくれたブランド物の可愛いリップ。 毎日塗りたい位に可愛らしく色持ちも良いリップなのだが、もう残り少ない為次に東雲に会う時に取っておこうと思った。 そのリップの下にあったワンコインで購入出来るコスパのいいプチプラのリップを塗った。 プチプラだけど唇も荒れないし可愛い色味なんだよなと、最近流行っているぷにぷにとしたハイライトとチークを頬に乗せては鏡の前でふんわりと笑う。 もし東雲が今日自宅に来ていれば、満面の笑顔で可愛いと褒めてくれていたのだろうなと想像をしていると、自宅のチャイムが部屋中に響き渡った。 もう誰が来たのかなんてモニターで確認しなくても分かる為、宮野は急いで玄関まで走って行き扉を勢い良く開ける。 するとそこにはコートを着てノートパソコンが入っているであろうトートバッグを持っている七瀬が立っていた。宮野はそんな七瀬に先程言えなかった事を言おうとする。 「七瀬!おかずもそうだけど七瀬が来てくれて自分は────」 「危ないだろ。乃愛ちゃんとモニターで俺かどうか確認してからドア開けたのか?」 「え?」
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