初めての気持ち

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蘭からはあれから返事が無く、ただグループLINEには自分も昼頃行くからといつものように返事をくれていた。 蘭が昼頃行くのであればと武尊と慎吾は昼ご飯を宮野の自宅で食べ、ついでに昼から酒を飲むと張り切っていた為、何だか気楽な性格で羨ましいなと七瀬と二人でレポート作業をしながら話したのだ。 七瀬と二人きりで静かな部屋で作業をしたお陰でレポートは思ったよりも捗り、七瀬も七瀬で良い所まで進める事が出来たと笑顔を見せた。 二人で休憩にアイスを食べていると部屋のチャイムが鳴った為、七瀬は少し苛立ったように玄関まで行き、ダンボールに大量に入った野菜とスーパーで買った肉を持ってきた武尊と慎吾を軽く叩いていた。 「乃愛ー!今日は体調良いんだろ?七瀬居るもんな!」 「顔色良いし、可愛いし……ていう事でいつも通りよろしく!」 「よろしくって……お前ら揃って乃愛にも七瀬にも失礼だからな?」 武尊と慎吾の後ろに立っている蘭はいつも通り少し失礼な二人を咎める立ち位置に立っていた。 相談があると言っておきながら普段と全く変わらない蘭を見て、やはり自分と七瀬にしか相談したくない何かがあるのだろうと宮野もいつも通り笑いながら蘭を自宅に招き入れた。 自宅に入る際に蘭が自分の頭を数回撫で、そのまま七瀬と一緒に部屋に入っていった。宮野は早速料理に取り掛かろうとダンボールをキッチンに移動させようとすると、そんな自分を見た蘭と七瀬が直ぐに此方に来てくれる。 「乃愛は持ち上げんの無理だろ」 「言えって。手伝うからさ」 「ありがとう……」 自分よりも力のある二人がダンボールを軽々と持ち上げてキッチンまで運んでくれた為助かった。沢山ある冬野菜と肉に苦笑いをしながらも、ここまで量があると作り甲斐があるなと宮野は気合いを入れる。 早速ビールを飲み始めようとした武尊と慎吾に対して、蘭は少し咎めるようにビールの缶を没収すると、冗談だと二人は笑って言った。 「乃愛、何作ってくれるの?」 「白菜とひき肉で餃子作るね。お酒のおつまみになるでしょ?根菜は筑前煮にするから、また持って帰って食べてね。あと、鍋食べたいんだよね?水炊きとキムチ鍋どっちにしようかな……」 「俺はキムチ鍋がいい。 」 「七瀬が言うならそうしようかな」 キムチならば自宅にある為、それを油で炒めてから野菜と肉を纏めて煮込んでしまおうと宮野は大きな土鍋に油を垂らす。 餃子は昔から作る事が好きだった為、常に餃子の皮を冷蔵庫に入れているのだ。 白菜は包丁で食感が残るように切り、他様々な野菜をフードプロセッサーでみじん切りにしてからひき肉と捏ねて包むと、冬野菜たっぷりの美味しい餃子になると思う。 武尊と慎吾は酒に合う餃子を作ってくれると喜んでいるが、自分を気遣ってキッチンの傍に居てくれる七瀬と蘭も餃子とキムチ鍋というラインナップに負けたようだ。二人で少し渋い顔をしながらビールを見ている。 「七瀬と蘭も飲んでいいよ?」 「餃子とキムチ鍋って聞いて我慢出来る程俺は出来た人間じゃないかな〜」 「乃愛。俺も流石に飲む。レポート作業で疲れたし、昼から酒とか今しか出来ないから。ただ乃愛の手伝い終わってからにするけど」 「七瀬って乃愛に特別優しいよな〜俺ら二人には厳しいのにさ」 「お前らは自分に甘過ぎる」 鍋は具材を煮るだけで出来る為自分にとっては楽な料理ではある。だが体が温まるようなレシピの為、簡単かつ体を労る鍋はお酒を飲めない自分も食べたいなとキムチ鍋に合う具材を入れながら笑った。 七瀬は自分に優しい所があるが、恐らく武尊と慎吾には教育学部に通っている故に真面目な性格で厳しく接するのだと思う。 だが酒を飲みたがる所は一般的な大学生だとも思った。宮野は餃子の種を作りながビールを飲む武尊と慎吾を見ると、一口ビールを飲んだ蘭が此方まで歩いてきた。 「餃子作るのって難しくね?」 「乃愛にとっては朝飯前。見てたら清々しくなる」 「……職人か何かなのかよ。もうこれ見るのをツマミに酒飲みたい」 出来上がった餃子の種を皮で包む作業を見ながらビールを飲む蘭に、そこまでかと宮野は笑う。ある程度餃子を作る作業を終えるとタイミングを見計らったように七瀬が自分に水の入ったマグカップを手渡してくれた為、汚れた手で思わず抱き着きそうになってしまった。 こうして料理を作る事に対して感謝の態度を露わにしてくれる事は、料理を作る自分にとって嬉しい事である。 水を飲んで一息付いた後に宮野は餃子を焼いていくと、まだかと武尊と慎吾が騒ぎ出した為七瀬がリビングに行き二人に蹴りを入れた。 賑やかしい部屋で作った鍋と餃子をリビングに持って行くと、それまでずっと自分の体を気遣ってくれていた七瀬もビールを口にした。 飲むという事は泊まるつもりなのだろうが、七瀬が自宅に泊まってくれると宮野としては嬉しい事だ。今日は七瀬と殆ど一日中過ごせるのかと微笑みながら餃子を口にする。五人で鍋と餃子を食べながら楽しい時間を過ごしていると、武尊がそういえばと話を切り出した。 「なあ、皆って将来とか就職先決まってんの?」 大学三年の冬。新学期を迎えると四年になる自分達はもう未来を見据えていなければいけない年齢になった。 H大という大学に通っているからこそ、慎重にならなければいけない。学ぶ事は徹底して努力をしているが、まだ将来に関しては不透明な自分にとっては、少し耳の痛い話だった。 「俺は実家の跡を継ぐ。その為に農業について学んだし」 「俺は来年から留学しようと思ってる。英語とドイツ語どっちも勉強したし、国際交流学科に居るなら一度海外の仕事も見てみたい」 意外にもはっきりとした将来が決まっている二人に驚いた。 てっきり二人は勝手なイメージだが、四年になりギリギリまで騒いで過ごすものだと思っていた。跡を継ぐ、留学。あまりにも明確な将来に思わず口を噤む。 「七瀬は教育学部なら教師になるんだろ?」 「まあな。数学の教員免許本当は取りたかったけど大学が無理だって言うから、特別支援学級の教員資格と高校の歴史取る。教育実習行ってさっさと教員免許取って、最後に大学生活満喫したい」 「そういや、ニュースで見たけど今の時代教師足りてないんだもんな。特別支援学級の教員免許取ろうと思う辺りが七瀬の性格出てる。蘭は?」 「もうほぼ決まってる。決定打に欠けるけど」 教育学部に通っている七瀬が教員免許を取る事は分かっていた。余り就職について話さない蘭も将来については決まっているらしい。となると、はっきりと決まっていないのはこの中で自分だけだった。 薬を飲みながら、通院しながらこのまま医学を学び、医学に携わる就職先を見つける事は出来るのだろうか。皆が将来について明確に進んでいるからこそ、宮野は黙りながらも焦ってしまう。 「乃愛は?っていうか乃愛なら何にでもなれるよな。こっちでも教授が医学部にいる優等生って話してるし」 「乃愛位頭良くて要領良いなら選びたい放題だろ。オレらなんかと次元が違うって」 そりゃそうだと笑いながら酒を飲む二人に、だんまりを決め込み俯いてしまった。入学当初は外科医を目指し六年制の医学学科に通おうと決めたのだが、通っている今も正直このままでいいのかは分からない。 自分は解剖学や薬学等について学ぶ事は好きだが、実際に外科医になれるかと聞かれると正直な話厳しいのだ。外科医に拘らなければ道は開けて来るのかもしれないが、人体の構成について学び続けてきた自分にとって外科医という職は憧れであり夢である。 「乃愛、今日俺泊まるから。遅くまで話すか」 他には聞こえないような小さな声で七瀬に言われ、宮野は無言で頷いた。 外科医になりたいという気持ちも外科医が自分にとっては厳しい道だという現実も七瀬は知っている。 自分にとって頼りになる友人に話す事で見えてくる将来もあるかもしれないと、宮野は医学部の公式ホームページを見ては溜め息をついた。 東雲に散々アドバイスをしてきたが、まずは自分の事も考えなければいけなかった。それに東雲はバスケという強いバックがある。 社会人チームに所属したり、プロの選手になる可能性もある。 全員で夕飯をこうして食べるのも、あと何回になるだろうか。少し鬱々としてきてしまう。そんな自分に七瀬が全員に見えないように頓服薬を後ろから渡してきた。 今は飲むべきだと受け取って皆にバレないようにこっそりと飲む。 「将来の事より今を見ろ今を。乃愛に迷惑かけっぱなしで何言ってんだ」 「ごめんって。乃愛!まじで料理美味かった。これ、いつものお礼」 「俺からも今の内に渡す。あ、乃愛なら図書カードもきっと上手く使うよな?千円分だけど要らないからあげるよ」 「ありがとう。帰るなら筑前煮持って帰ってね」 鍋を食べている間に食材をコトコトと煮て作っておいた筑前煮を、宮野はキッチンにあるタッパーに入れて武尊と慎吾に渡した。 七瀬がいつも口煩く言う渡すべき物を律儀に用意しておいてくれた二人から封筒を受け取り、宮野は大量の筑前煮が入った大きなタッパーを持って帰る為の紙袋も渡す。 酔い潰れてはいないが酒独特の臭いがする二人に宮野は若干顔を歪めると、一缶で済ませていた七瀬と蘭が武尊と慎吾を追い払うように玄関まで押して歩いた。 なんだか体力的にも精神的にも削られるような思いをしたなと宮野は溜め息をつき、二人が玄関から出て行った瞬間にソファーの上で丸くなる。すると玄関からリビングに戻ってきた七瀬と蘭が自分の両脇に座って背中を撫でてくれる。 「乃愛、気にするな。言ってもまだ三年だ。医学部と俺らの学部じゃ勝手が違うだろ?それに体と心を少しでも大切にするのが乃愛が一番優先するべき事だと思う」 「あまりあの二人に共感はしたくないけど、乃愛なら選びたい放題っていうのは共感する。乃愛はもっと自分に自信を持った方がいいよ。外科医になるならない関係ない」 「ありがとう……外科医は……自分には向いてないのかも……学ぶ事好きなんだけどなあ……」 フォローしてくれた二人には悪いが不安とネガティブの塊のような発言をしてしまった。人を救いたいとH大学の医学部に入学したのにも関わらず、今は学ぶ事が好きだという理由だけで在籍している気がする。 医学部では外科医以外の道を選ぶ事も出来るのだが、今更看護科や理学療法学科に路線を変更してもいいのだろうか?したとしても大好きな解剖学について今のように学ぶ事が出来なくなってしまう。 宮野は目に涙を溜めながら体育座りを続けていると、七瀬にそっと体を抱き締められた。 「そんなに将来が不安なら、俺が嫁にでも貰ってやろうか?」 七瀬の少し冗談っぽく言う言葉に救われた。少し肩の力が抜け、いつもの自分の調子に戻った気がする。蘭もケラケラと面白そうに笑う為、二人の存在は大きいなと宮野は目に溜まっていた涙を拭った。 優しい教授である小松に今一度自分に出来る事が無いか相談してみようと気持ちを入れ替え、体育座りを辞めてソファーに座っている蘭に向き合う。 「蘭、LINEで言ってた事何?」 「あー……あいつらが就職とか言うと思ってなくてさ……」 どこか歯切れの悪い言い方をする蘭に宮野は首を傾げて苦笑いをする。やはりこの時期は皆この壁に直面するんだよなと頷くと、七瀬は自分の体を抱き寄せたまま苦い表情をする蘭の顔を見て溜め息をつく。 「将来の事か?いいよ。言えよ」 「あーうん。実はさ、俺大学中退するか悩んでるんだよ」 「え?」 「は?」
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