触れ合った

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一度行ってみたいと思っていたスターバックス。H大学の生徒が当たり前のように美味しいと飲んでいたり、新作のフラペチーノが出たというネットニュースを見る度に、自分もこの美味しそうなドリンクを飲んでみたいなと宮野はずっと思っていた。 カフェインが入っているからと諦めていたのだが、七瀬の情報によるとスターバックスはドリンクをカフェインレスにするサービスをやっているらしい。 弁当のお礼にと千円もチャージしてくれたギフトカードは財布の中に入っており、宮野の頭の中は本来スタバで埋め尽くされる筈なのだが。 すっかり冷たくなってしまっている東雲の手と自分が手を繋いでいる事で、宮野の頭の中は東雲の事でいっぱいになってしまっていた。 今日大学で教授に話された事は人生を左右するような事なのにも関わらず、何故か東雲が隣に存在する事で安心感を覚えている。 こんなに寒く雪が降る中東雲は自分の為に大学の前で待っていてくれた。 たかがLINEを返せなかっただけで、体の芯まで冷え切るまで自分の事を待っていてくれた事。 心の底から嬉しいなと思い宮野は東雲の手をぎゅっと握りながら、骨格の良い男らしい顔をしている東雲の横顔をチラチラと見る。 すると東雲が自分の目線に気が付いたのか此方を見て少し笑みを浮かべた。その瞬間に顔にぶわっと一気に熱が走り、宮野はマフラーに顔を埋める事で何とか誤魔化す。 「乃愛さん大丈夫ですか?無理してませんか?」 「う、うん!でも、その…スタバ行くの初めてだから緊張しちゃって…」 「スタバって初めて行く時緊張しますよね。俺は本当はフラペチーノ飲みたかったんですけど、なんか恥ずかしくなって無難にカフェオレにした事があります」 自分が知っているいつも通りの優しい東雲の対応が、かえって自分だけが東雲に対して変に意識しているかのように思わせてくる為本当に恥ずかしくなる。 東雲は心優しい青年で、自分の事を心配してここまで来てくれただけだというのに、何を自分は癖である手を繋ぐ事に物凄く意識をしているのかが分からない。 満面の笑顔でスターバックスは初めて行く時に緊張をする事はよくある事だと、自分の過去のエピソードを加えて話してくれる東雲に宮野は胸がとくんと高鳴るような感覚を覚えた。 この感覚は一体何なんだと戸惑いながらも東雲を見ると、東雲は自分の手を優しく握りながらゆっくりと歩幅を合わせて歩いてくれている。この優しさに出会ってまだ間もないが沢山助けられてきたんだよなと宮野は落ち着きを取り戻し、頭の中を初めてのスターバックスに切り替えて東雲を見て笑った。 「美味しいの飲みたいな……寒いからホットドリンク飲みたい。甘いのってあるかな?」 「沢山ありますよ。ていうか本当に寒くてびっくりしましたよ。雪も一回溶けて凍ったので滑りますし」 「うん……なんでコート着てマフラーまでしてきたのに靴は秋物なんだろうって思ってた」 初雪は例年より早くなると言っていたが、まさか今日降ると思っていなかった為足元までに気を配る事が出来なかった。可愛いと思っている秋物のパンプスを履いてきた為、折角祖母がプレゼントしてくれた暖かくて可愛いコートでも暖を取る事が出来ない。 それに東雲が言うように雪が溶けては凍るという最悪な路面状況の為、いつも以上に歩くペースがゆっくりになってしまう。 北海道でも初雪がこうして路面を凍らせる事は珍しい為完全に気を抜いていた。東雲の手を握りながらよたよたと歩いている自分の横で東雲はしっかりとした体幹で歩いている為宮野は一度東雲を見上げる。 「隼人凄いね。滑りそうにならないの?」 「毎日ランニングしてるんでこれくらいなら平気です。って言ってる傍から転んだらめちゃくちゃ恥ずかしいですね」 「自分は本当に転んじゃいそう…」 流したシャンプーで滑りやすくなった浴室のような足元に、転んで東雲の手を引っ張ってしまってはいけないと慎重に歩く。 流石体育大学に通う東雲は体幹から違うなと手を握りながら考えるが、今はこの寒さや雪の冷たさよりも転倒の方が怖い。周りの通行人も皆同じらしく、目線を下にしながら宮野と同様ゆっくりと歩いていた。 「最悪転んでも俺が支えるので大丈夫ですよ?」 「でも……」 「ほら、スタバの事考えましょう?転ぶかもって思うから怖いんですよ。甘くて温かくて美味しい飲み物何だろう〜そして隼人って頼りになるな〜って考えたら無事にスタバに着きます」 「……ふふっ、隼人って面白い」 確かに雪道に気を取られ過ぎて転ぶ事ばかり懸念していたが、今の目的は東雲と二人でスターバックスに行きドリンクを楽しむ事だ。だが東雲が自ら自分は頼りになる男だというような発言をする為、おかしくて宮野は笑ってしまう。 沢山のH大学生が行き来する道を東雲と並んで歩く中、もう少しで到着するスターバックスがとても楽しみになった。 だが実際に東雲位筋肉があると自分みたいな華奢な人間が滑って転びそうになっても支える事は容易に出来てしまうだろう。本当に頼りになる東雲に宮野はぎゅっと身を寄せるように歩く。 「そのコート写真で見せてくれましたよね。乃愛さんに似合ってて可愛いです」 「……ありがとう。嬉しい」 「本当に乃愛さんにしか着こなせないような可愛いコートです。えっと……そもそも乃愛さんが可愛いからこんなに似合っちゃうんですよ!これから夜道怖くなったら俺に通話かけて下さい」 「優しいね。でも自分本当に怖い時あるから……その時は通話かけちゃうかも」 スターバックスに着くまでの僅かな道すがらに東雲は自分が今日着てきたコートに気が付いてくれたようだ。 はっきりとコートの事も自分の容姿の事も可愛いと褒めてくれる東雲の言葉は、このコートを自分に似合うだろうとプレゼントしてくれた祖母のセンスを褒める言葉にも直結する。それが堪らなく嬉しく、宮野は無意識の内に東雲の腕をこの間のように掴んでいた。 可愛いと褒めてくれた上に通話をかけてもいいと言ってくれる東雲は本当に優しさの塊だなと宮野は笑顔でスターバックスの扉を開けようとする。 するとそんな自分の手をやんわりと東雲はもう片方の手で阻止しては、重たい扉を軽々と開けてくれた。 こんなに優しくて男らしい東雲が通話の相手になってくれるのであれば、研究が長引き一人で夜道を歩いて帰る時も安心だなと考えながら宮野は店内に入った。 ふわりと香る珈琲豆の匂いに胸を高鳴らせると、東雲が自分の体を引き寄せながら看板を指差す。 「期間限定のドリンクとか色々ありますね。混んでますけどその分悩む時間あってラッキーじゃないですか?」 「そうだね。隼人のそういう考え方好きだよ」 温かいドリンクで寒さをしのごうという気持ちは誰もが同じなのだろう。ホットドリンクを持って店内から出てくる客で、店内は混みあっていた。イートインスペースは二階にもある為、恐らく店内で飲む事が出来るだろう。 パソコンで何かの作業をしていたり、談笑をする客で店内は結構な人数で賑わっている中、宮野はじっとメニュー表を見ては困惑する。 初めて来るからこそ注文の仕方が全く分からないのだ。それにメニューを見てもどれが甘くて美味しい物なのか分からない。悩む時間があるのは嬉しいが悩みようがないなと困っていると、東雲が自分の腰に軽く手を添えた。 「先にレジで注文するんですけど、普通に飲みたいような物を店員さんに言ったら、乃愛さんなら案内して貰えると思います」 「一緒に来てくれる?」 「当たり前ですよ。俺も何か飲みたいですし」
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