触れ合った

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我ながらぎこちない動きでレジへ行くと、笑顔で人の良さそうな女性店員がいらっしゃいませと言う。 ご注文をどうぞと店員は言うが、沢山あるメニューを見ているとどうしていいかさっぱり分からない。するとその女性店員は自分の様子を見て初めて来たことを察したらしい。 だが、決して馬鹿にする訳ではなく笑顔でカップを手にしながら自分の目を見てくれた。 「当店のご利用は初めてですか?」 「あ、はい…」 「沢山あって悩んじゃいますよね。お客様のお好みの味はございますか?甘いとか、苦いとか、ふんわりとしたもので大丈夫です」 丁寧に対応してくれる店員に安堵した。東雲が言うように自分が飲みたいような希望を言えばこの女性店員であれば案内をしてくれそうだ。 この年になってスターバックスが初めてだなんて少し恥ずかしいが、折角東雲と一緒に来たのだからと宮野は横に立っている東雲のコートの裾を握り、おずおずと女性店員を見る。 「甘いのが好きなんです……あと、カフェインが苦手で…入ってないものに出来るって聞いたんですけど…」 「カフェインレス出来ますよ!少々お時間を頂いてしまいますが宜しいでしょうか?」 「あ、それは全然大丈夫です!」 「それでしたら、こちらのキャラメルマキアートはいかがでしょうか?無料でキャラメルソースや中に入っているクリームを多くすることも可能です」 「え!そんな事出来るんですか?」 「それが出来ちゃうんですよ〜」 美味しいドリンクを更に自分好みにカスタマイズまでしてくれるのかと宮野は目を輝かせて女性店員を見た。 後ろに立っていたサラリーマンの男性が少々興奮気味になってしまった自分の反応に、クスリと笑いながらメニュー表を見ている。一瞬笑われてしまったのかと焦ったが、後ろの男性客は優しい笑みを浮かべて軽く会釈をしてくれた為、初めてのスターバックスに喜ぶ自分を純粋だとでも思ったのだろうか? 男性客を見ていると東雲が少し自分の体を抱き寄せた為、宮野はまずは注文をしなければと女性店員を見る。 「えっと……甘いキャラメルマキアート飲みたいんですけど、よく分からないので……お姉さんにお任せしてもいいですか?」 「勿論です!私の個人的なオススメはキャラメルマキアートのインクリームを追加とチョコレートシロップとキャラメルソース追加なのですが、甘くて美味しいですよ?」 「じゃあそれでお願いします!」 優しい女性店員の案内に宮野は今回はそのカスタマイズでお願いしようと思ったが、これからスターバックスに通うのであればカスタマイズの仕方やメニューについては検索しておこうと心に決めた。 財布から七瀬にプレゼントして貰ったギフトカードを取り出していると、女性店員は東雲を見ては感じのいい笑顔を見せる。 「お連れ様はお飲み物どうされますか?」 「ホットココアで」 「かしこまりました。ケーキ等のお食事はいかが致しますか?」 ケーキと言われ、思わずポカンとしてしまった。店員がレジ横にあるショーケースを指差し、こちらもご一緒に如何でしょうかと聞く。スターバックスはてっきりドリンク専門店だと思っていたのだが、初めてショーケースを見て驚いた。 ケーキにドーナッツにスコーン。下の他にはサンドイッチ等の軽食まで揃えてある。こんなに充実した空間に今まで来なかった事が勿体ないと感じた。 見た目から絶対に美味しいであろうケーキ達に頭を悩ませながら目線を動かすと、チーズケーキと紅茶のシフォンケーキが目に止まった。 「チーズケーキと紅茶のケーキどっちにしようかな……」 疲れているのもそうだが、東雲と一緒にスターバックスにこのコートを着て来たのだからケーキも食べたくなってしまう。 キャラメルマキアートがどんな味か分からないがこの濃厚そうなチーズケーキや見るからにフワフワとしている紅茶のシフォンケーキと物凄く合いそうな気がした。どちらにしようかと悩みぽつりと宮野が呟くと、女性店員が前のめりになる。 「でしたら紅茶のシフォンケーキがオススメです。こちら期間限定で今日が最終日なんです。最後の一つなので、この機会に是非召し上がって頂きたいです!」 「え!?じゃあそれにします!」 「ありがとうございます。お飲み物二点とお食事一点でお会計が千八百円になります」 ギフトカードを女性店員に渡しながら値段を言われ、宮野は一瞬動きを止めた。七瀬からは千円チャージしたと言われた為少し予算オーバーしている。その上自分はチャージの仕方が分からない。 それならば現金で払おうと宮野は財布を鞄から取り出しギフトカードをしまった。この間の東雲との外出で沢山ドーナッツを買って貰ったのだから二人分の二千円を財布から出す。 そのまま現金を置くトレーに二千円を置こうとすると、東雲が後ろから自分の手首を掴んだ。 「乃愛さん。カードの残高足りなかったりします?」 「うん。千円チャージして貰っただけで使い方分からなくて」 「すいません。このカードに二千円チャージして下さい。カードで払います」 財布にしまいかけていたギフトカードを東雲は自分に断りも無く取り出し、いつの間にか出していた東雲自身の財布から千円札をギフトカードと一緒にトレーに置いた。 当たり前のように千円を支払った東雲に宮野は慌てて女性店員にダメだと言おうとしたが、女性店員はいつの間にかドリンクを作りにカウンターに行っていて、男性店員がレジを操作している。 「隼人!この間飲み物ご馳走する約束してたよね?」 「乃愛さんとデートする約束してましたけど、乃愛さんにお金出させるつもりは無かったんで」 「で、でも……そんな……」 「あ、お兄さんすみません。会計済まして下さい」 男性店員が東雲に言われ、慌てる自分を他所目に会計を済ませた。ギフトカードには東雲が支払った二千円がチャージされ、結果的には自分のギフトカードに少し残高が増える形になってしまった。 東雲は奢るという事に拘るが、いくら何でも男である自分にそこまでしなくても良いのになと思う。ご馳走してくれる事はシンプルに嬉しいが、やはり申し訳無さが出てきてしまって仕方がない。 「隼人……ごめんね……自分はいつも隼人にご馳走して貰ってばかりだよね」 「良いんですよ。ていうかデートなんですから俺に格好つけさせて下さい」 「やっぱりデートなの?」 「二人きりでスタバはデートですよ」 何故自分とスターバックスに来る事がデートになるのかは分からないが、東雲は本気で自分と今デートをしているつもりのようだ。その真っ直ぐな発言に宮野は顔を赤らめてしまい、ギフトカードを受け取ってからコートの裾を握り締める。 するとそんな自分達のやり取りを聞いていた男性店員と女性店員が面白おかしそうに笑った。 「こんなに可愛らしい彼女さんが居たら払いますよね。同じ男として分かります」 「ですよね!飲み物とケーキくらい奢りますよね!」 「ショートカットが似合うのは本当に可愛い方なので、私はお客様と同じ女性として羨ましいです。お肌も綺麗ですし」 「そうなんです!俺の彼女はめちゃくちゃ可愛いんで!」 「いいですね……彼女居ない非リアからすると羨ましいです。お飲み物ご用意するので、横にずれてお待ちください」 多数の客や店員が居る前で堂々と自分を彼女扱いする東雲に、宮野は顔を真っ赤にしながら東雲の腕を引っ張った。何故自分を彼女だと言うのか全く分からないが、東雲はいつも笑顔で彼女だデートだとまるで恋人のように自分を扱う。 いくら顔が少女めいているからといっても東雲の彼女になれる事なんてある訳が無いのに、東雲は自分の腰に手を回しながら満面の笑顔を見せるのだ。顔も男前で背も高く性格のいい男性なんて存在するんだなと宮野は東雲の事をじっと見る。 「乃愛さん可愛いです……そのコート着てるとこが俺的にめちゃくちゃ好きで……何回もしつこく言ってごめんなさい」 「そ、そんな……」 「後で本当に写真撮りましょうよ。俺のスマホで俺が撮ります。キャラメルマキアート美味しいって顔して下さいね。絶対その顔も可愛いので」 何の回り道もせずに自分に対して可愛いと言う東雲に対して、後ろに並んでいたサラリーマンは少し可笑しそうに笑いながらコーヒーを待っていた。 そして東雲の後ろで恐らく友人同士でスターバックスのドリンクとケーキを楽しんでいたであろう女性二人組が東雲を見る。東雲は全く気にしていないどころか、女性達を視界に入れる事もない。 自分の腰に手を回しながらドリンクを待っている東雲の姿を見た女性二人は小さく溜め息をつく。 「いいな。あんな一途なイケメン彼氏居て」 「今の時代喜んで奢ってくれる格好良い人存在したんだ。羨ましいよね」 女性にそう言われても当然だろうと宮野は思い、東雲の腕に擦り寄りながらも申し訳なさを感じた。この女性二人は東雲の彼女に喜んでなりたいと願うような女性なのに、今客観的に見て東雲の彼女は自分である。 本当に良いのかと思い距離を置こうとしたが、東雲が不思議そうな顔をしながら自分を抱き寄せる為適わなかった。 こんな筋肉の付いた男らしい腕で自分が抱き締められる日が来るなんて。 そう宮野はマフラーに顔を埋めると、ドリンクを手際良く作っていたふくよかな男性が笑顔で自分を見る。 「もしかしてH大学の生徒さんですか?」 「え?はい」 「当店を利用するH大学の生徒さんはかなり多いので…差し支え無ければ学部を聞いてもよろしいですか?」 「一応医学部です」 「そうだったんですね!疲れて甘いものが欲しくなるのも無理はないですね。お待たせ致しました。こちらお飲み物二点と紅茶のシフォンケーキになります。あちらのお席空いているので良ければお使い下さい」 「ありがとうございます〜。乃愛さん、行きましょう?」 メニューの豊富さ、商品の見た目、店員の対応、コミュニケーション能力。全てにおいて特化しているスターバックスには、今度は一人でも来ようと自分の中で勝手に決めた。だがその時に使うギフトカードの中には東雲が払った二千円が入っているのかと思うと罪悪感が芽生える。 そんな宮野の気持ちも知らずに東雲は窓際のカウンター席に腰掛け、自分も座りやすいように椅子を引いてくれた。その席に座り宮野はコートの端を握りながら項垂れると、東雲が自分の顔を覗き込む。
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