触れ合った

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残りのケーキを食べながら先程まで繋いでいた東雲の手を見ると、綺麗な骨格の男らしい手に少しドキドキしてしまう。 何故東雲の手を見ると自分の胸の動悸がこんなにも早くなるのだろうか?若干火照る顔に今更ながらマフラーを外すと、東雲がココアを飲みながら自分の首元を見てきた。 「ん?」 「え?いや!その……乃愛さんの首って細くて白くて綺麗だなって……気持ち悪いですよね」 「本当?毎日スキンケアしながらリンパ流してるの。人に初めて首綺麗って褒められた……気付いてくれる人居なかったからびっくりした」 「首まで綺麗にしようと努力してるなんて凄すぎますよ。でも本当に綺麗です……」 毎日スキンケアをする際に、化粧水や乳液を首に塗りながら鎖骨まで流すというリンパマッサージをしていた。首は年齢が出やすく、ずっと研究に没頭している為皺になったら嫌だなと毎日ケアを欠かさず行っていたのだ。 だが顔は褒められる事があっても首まで褒めてくれる人は今の今まで居なかった。毎日綺麗になろうとしている努力すらと認めてくれた東雲の横顔を見て、宮野は一旦ケーキを食べる事を辞める。 すると東雲はココアを飲みながら何も言わなくなってしまった為、もしかして自分にまだ気を使っているのかと宮野はきょとんとした。 すると東雲が自分の顔を横目で見ては少し笑みを浮かべる。 「やっぱり乃愛さん可愛いです……こんな可愛い可愛い言う俺気持ち悪いって思うんですけど、乃愛さん見てると言いたくなるんです」 「そ、そんな……そこまで特別可愛くないよ……」 若干空気が気まずくなってしまったような気がした。東雲は頭をぐしゃぐしゃと掻き回しながら俯いていて、宮野はキャラメルマキアートの入ったカップを握りながら俯いてしまう。 いつもは元気よく可愛いです!と言う東雲が何故か少し吃りながら可愛いと言った為、何だか宮野としても気恥ずかしくなってしまった。 確かに男性の中ではかなり少女めいた顔をしているが、そんなに褒めるような顔なのかと宮野は東雲と出かけた時に買って貰った鏡を取り出し自分の顔を見る。 少し頬を赤らめ戸惑ったような自分の表情を映す鏡を見ていられないと、鞄に再びしまおうとした瞬間。宮野のスマホの通知音がなった。 「あれ?七瀬だ。今日深夜までバイトだったのにどうしたんだろ」 「七瀬さん今日締め作業までの筈です。何かあったんですかね」 東雲との会話が若干ぎこちなくなった所での七瀬からの通話だった為、正直助かったなと宮野は息を吐いた。七瀬がバイトを始めた時から宮野は七瀬のシフトをある程度把握している。 休みの日は一緒に遊んだり家に来てもらったりしている為、七瀬からこの日は深夜までこの日は早上がりとLINEで教えて貰っているのだ。 病院が絡むと七瀬はシフトの希望日提出の前に自分に連絡をくれる為、ある程度というよりは殆ど把握しているような気がする。東雲は七瀬と同じバイト先の為、シフトの時間は勿論仕事の内容まで把握していて当然だ。 深夜まで締め作業をする予定の七瀬から何故突然通話が掛かってきたのだろうか? 自分達の周りに座っている客が居ない為、店内の客に迷惑にならない程度の音量でスピーカーをオンにして通話に出た。 同じバイト先の東雲も七瀬からの通話を気にしている為この方が良いと思ったのだ。だが一体何故今通話なのだろうかと心配になってしまう。 「七瀬、どうしたの?」 『バイト終わった。今日来るはずの団体客が当日キャンセルしやがったから、俺が居る必要無くなった』 それを聞いて少し安心した。もしかしたら何か緊急の用事があるのかと、今日色々とあったからこそ身構えてしまっていたのだ。 電話口から聞こえる七瀬の声には若干の苛立ちの色が混ざっているが、団体客の当日キャンセルにより怒っているのだろうと直ぐに理解した。 バイトの経験が無い自分でも、団体客の当日キャンセルは店にとっては膨大なマイナスになる事は分かる。 居る必要の無いバイトの給料を出す位ならば早上がりさせ、マイナスとなった分をその給料で賄おうと考えたのであろう。 「今から乃愛の家行こうと思ってたんだけど、なんか乃愛今外にいるのか?」 「うん。スタバに隼人と居るよ」 「は?隼人?なんで?」 「なんていうか……なりゆき?」 バイトが早上がりになった夜に自分の家に七瀬が来る事はしょっちゅうだ。恐らく苛立つ気持ちを長い付き合いの自分と接する事で落ち着かせようと考えたのだろうが、今は東雲と二人でスターバックスでの時間を楽しんでいた。 七瀬からすると何故今東雲と二人でスターバックスに居るのか意味が分からないだろうと思うが、一から説明すると長くなると思った為だいぶ省略してしまった。余計に訳が分からなくなってしまったであろう七瀬が電話口で黙る。 「七瀬さん団体客ってあの二十人の宴会ですか?」 「あー……そう。だからわざわざ早くに店で準備してやったのに。時間と労力と食材を返して欲しいって思うわ」 「なんで当日なんでしょうね。結構な金額のコース料理でしたよね?」 「なんか一週間前にキャンセルしたつもりでいましたとか言われて、流石に出禁にしてやろうかって店長と話してた」 それは非常識極まりない話だと、バイトをしていない宮野も今日がバイトの休みであった東雲も七瀬と一緒に三人で通話越しに苛立った。 七瀬だとてH大学でやる課題が沢山ある事を知っている。一週間前にキャンセルをきちんとしてくれていたのならば、七瀬の大切な時間を無駄にせずに済んだだろう。 それに団体での予約をキャンセルするのであれば店に迷惑を掛けないようにと早めにキャンセルするのが礼儀である。 それが今日になって一週間前にキャンセルしたつもりだなんてとんだ言い訳だと呆れから溜め息を付いてしまった。 それに自分は料理をする側の為、どれ程料理を用意するのが大変か分かるからこそ七瀬に同情した。廃棄になってしまった食材の事を考えると胸が痛くなる。 「そんな人達はお客さんではないよ。許されるならその食材貰って自分が料理したいくらい」 「乃愛が料理するなら食材も本望だっただろうな。だけど衛生的な事考えると無理だった。一応ダメ元で聞いたんだよ。店長も解凍前だったら全員に持ち帰らせてたってイライラしてたし」 「生物多かったですもんね。時期的にノロウイルスとか怖いですし、仕方ないですね」 冷凍の食品を解凍していたとなれば、団体客のキャンセルは本当に予約の直前か、余りにも来ない為七瀬から電話で確認したかの二択になる。 せめて冷凍したままの状態であれば廃棄の量も少なく、その場に居たバイトに持ち帰らせて無駄を無くす事も出来たというのに。 働いているとどんな店にも迷惑な客が来るのだなと宮野と東雲は目を見合せ、七瀬が今日負った苦労を思い胸を痛めた。 七瀬は通話をしながら深く息を吐く事を繰り返している為、恐らく煙草を吸って気持ちを落ち着かせているのだろう。団体客の料理の準備に席の準備にと忙しなく働いたのにも関わらず、今日は帰ってくれと言われたら誰でも腹が立つだろうなと宮野はキャラメルマキアートを飲んだ後に頬杖をついた。 生物なんて原価も高い上に下処理に物凄く時間と手間がかかる。今の七瀬にお疲れ様なんて軽々しく言えないが、せめて自分の家に来てもらい話が出来たらなと考えた。 すると七瀬の電話口からジュッと煙草の火を消す音が聞こえ、その後に車に乗り込む音が聞こえる。 「もうキャンセルはどうでもいい。今は乃愛が最優先だ。あれからどうなった?」 「あ、その話を隼人とスタバで話してたの。家に七瀬が来てくれるなら、三人で話せたらいいな」 「それは良いけど、隼人車に乗せるのすげえ嫌だな。乃愛が三人で話したいなら仕方ないから今日だけ乗せてやるよ。帰りは自力で帰れよ」 気持ちを切り替えながらも淡々と東雲に対して冷たい態度を取るような七瀬の話し方に思わず笑ってしまう。だが何だかんだ言いつつも車に乗せてあげる辺りに七瀬の優しさを感じた。 自分が三人で話したいと言ったから東雲を乗せると言っている七瀬。こうして自分の気持ちを尊重してくれる所は昔から変わらないなと笑みを浮かべる。 それに今日スタバに東雲と来るきっかけは七瀬がくれたギフトカードなのだ。カフェインレスに出来るからと教えてくれた上にチャージ済みのギフトカードをくれた七瀬にまずは感謝をしなくてはいけない。 「七瀬、スタバのキャラメルマキアート飲んでケーキ食べたの。本当に美味しくてびっくりしちゃった。ありがとう」 「俺もココアご馳走になりました。七瀬さんありがとうございます」 「は?ふざけんな。俺は乃愛にスタバに行って欲しいからカード渡したんだよ。お前は自分で払え」 「分かってますよ。だから俺が乃愛さんのカードに二千円チャージしたので怖い言い方しないで下さい」 七瀬は本当に昔から自分に対して甘いなと宮野はクスクスと笑った。宮野だとてカフェインレスに出来ると教えて貰えば自分のお金でドリンクを買っていたというのに。 それにバイト先の後輩である東雲にココア位飲ませてあげても良いじゃないかと宮野は思うのだが、七瀬は昔から自分以外の人間に対してはこんな調子だ。 東雲が二千円を出したと言うと納得した様子の七瀬に東雲は首をポキポキと鳴らしながら自分の腰を優しく撫でる。 「七瀬ありがとうね?本当に美味しかったしこれからも来ようと思うの。七瀬が教えてくれたお陰だよ」 「そうか。今度は俺とも一緒に行こうな。好きなもん飲ませてやるし食わせてやるから」 「ギフトカードだけで充分だよ?あ、でも一緒にスタバは来たいな」 「乃愛と一緒にスタバ行くのに俺が出さないとか訳が分からないだろ」 何だかよく分からない七瀬の自論に宮野は笑ってしまう。こうしてぶっきらぼうながらに優しさを見せてくれる七瀬はやはり自分の大切な友達だ。 七瀬とスタバに来るのであればその時は今日飲んだキャラメルマキアートとはまた違う物を飲みたい。 言葉尻が柔らかくなった七瀬と楽しく会話をしていると、東雲が隣でココアを飲みながら苦笑いをしていた。どうしたのかと東雲を見ると七瀬が車のエンジンを付ける音がした。 「今から迎えに行く。中で待ってろよ。今警察多いから一旦通話切るけど、ここからなら五分もあれば着く」 「ありがとう。凄い道が滑るから車で来てくれる七瀬が神様に見えるよ」 「大袈裟だな。まあいいけど。それに乃愛が転んで怪我する事が怖いわ。隼人はどうでもいいけど。」 「ちょっと!七瀬さん酷い!」 「うるさい。じゃあ一旦切る」
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