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七瀬は東雲の言葉を遮るように通話を切った。
中々東雲に対して横暴な態度を取るんだなと思いつつも、男友達ならば逆にこれくらいが普通なのにとも思う。
多分自分が精神科に通っていたり見た目で人から何かを言われる事から、七瀬は自分にだけこうして優しくしてくれるのだろう。
それにしてもこんなにも隣に居る東雲と差が出来るのかと思いながら、宮野は七瀬が来る前に残り僅かなケーキを食べる。
すると最後の一口を食べ終えた後に東雲が自分の肩をぎゅっと抱き寄せた。
「七瀬さんとスタバデートするんですか?」
「え?デートでは絶対無いけど、多分大学の帰りとかに来ると思うよ」
「俺ともまた来ましょうよ。乃愛さんの為にスタバの新作調べておきますから。俺との時はデートって自覚して下さい」
「えっと……このリップ塗ってきたら良い……のかな?」
東雲も自分とまたスタバに来たいと思ってくれているなんて自分は本当に恵まれている。だが七瀬とスタバに来る事がデートになる事は絶対にあり得ないなと、想像しては苦笑いをした。
東雲が余りにも彼女だデートだと言うから本当にデートをしているような錯覚に陥る。それに何故か嫌悪感を全く感じないどころか嬉しく思ってしまうのだ。
少し照れくさいが東雲と会う時や特別な時に塗るブランド物のリップを鞄から取り出し、東雲に見せてみた。
こんな事は七瀬の前でも絶対にしないのに宮野は東雲の前になると文字通り彼女のような立ち振る舞いをしてしまう。
すると自分が持っているリップと、そのリップを塗っている唇を見て東雲は満足そうに笑って自分の頬を撫でた。
「そうして下さい。ていうか!七瀬さんは俺にはいつもあんな感じですよ?乃愛さんが可愛いとはいえ差別です!」
「確かに今のは隼人からしたらそう思っちゃうかもね…でも七瀬は優しいよ?」
「その優しさをバイト中の俺に少しでも分けて欲しいです……録音して聞かせたい位ですよ」
遠い目をしてそんな事を言う東雲にバイト中の七瀬は普段自分と接する七瀬とは別人なんだろうなと宮野はぼんやりと考えながら東雲の背中を撫でた。
確かに七瀬は自分に厳しく、周りに対しても少し厳しさを見せる所がある為、東雲の苦労が全く分からない訳ではない。
バイトとなると金銭が発生するのだから更に東雲に対して厳しく接しているのだろう。出会った時は宮野に対しても厳しい所はあったのだが、約十年の付き合いをしている内にいつの間にか七瀬は自分にだけ甘くなってしまった。
何かきっかけがあったのかは分からないが、七瀬が持つ責任感や真面目な性格から自分より弱い立場の宮野に優しくしてくれるのだと思う。
「七瀬も隼人も頑張ってて凄いな……」
「どう考えても凄いのは乃愛さんですよ?あ、本当にまた俺とスタバ来ましょうね?ていうか乃愛さんとだったら何処にでも行きたいです」
「隼人って本当に変わってる。自分なんかと出掛けて楽しい?」
「誰よりも楽しいですよ。お皿片付けるんで、乃愛さんは飲み物持って待っててください」
自分と出かける事を東雲はそんなに楽しんでくれているのかと宮野は嬉しくなった。
スタバでも何処でも東雲と行きたいのは自分だって同じだと宮野は微笑みながらキャラメルマキアートの入ったカップを両手で持つ。
東雲は自分の食べたケーキの皿やゴミを片付けてくれ、相変わらず優しいなと宮野はふわふわとした気持ちで東雲の事を見た。
そしてドリンクの入ったカップをテーブルに置き鞄から鏡とリップを取り出した。やはり食べ飲みをして少しリップの色が落ちてしまった唇にトントンと色を乗せて東雲を待つ。
するとそんな自分の元に戻ってきた東雲が少し笑いながら自分の顔をじっと見た。
「お化粧直ししたんですね。ツヤツヤしてて可愛いです」
「ありがとう……あ、あれ七瀬の車だよね?あまり待たせたら駄目だよね」
「路駐扱いになったら流石に申し訳ないんで、行きましょうか……あ、手繋ぎます?」
「そんな出て行き方したら七瀬がびっくりすると思うから普通に歩こう?」
七瀬には東雲と手を繋いで歩いていますなんて報告をわざわざしていない。ただ今日大学で受けた説明を話す際に、東雲は自分にとって物凄く頼りになる存在なんだと説明しようと思った。
デートや彼女という事はイマイチ宮野も分かっていないが、東雲の優しさや持ち前の明るさからそう言っているのだと思う。
万が一東雲が本気で自分を恋人扱いしているとしたら、その時は自分は東雲に対してどんな気持ちになるのだろうか。
手を繋ぎはしないが転ばないようにと自分の腕を掴んでくれる東雲に対して、またしてもよく分からない気持ちが芽生えてきた。
このふわふわとした感覚は何なのかと疑問に思っていると、スタバの前にハザードを付けて停まっている七瀬の車の窓が開いた。
運転の為に眼鏡を掛けている七瀬は相変わらずの美形だなと苦笑いをしてしまう。
「乃愛は助手席に座れ。隼人、お前は後ろ」
「七瀬ありがとう」
「なんか雑な扱いされてますけど、一応ありがとうございます」
七瀬にお礼を言ってからいつものように助手席に座り、ドリンクホルダーにキャラメルマキアートを置くと、昔から自分の為にと車に積んでいるふわふわのブランケットを膝にかけてくれた。
そして車にある暖房全てを宮野に向け、七瀬は東雲が後部座席に座った事を確認してから車を発進させる。
慌てて宮野はシートベルトをすると、後部座席でシートベルトをしながら東雲が体を前のめりに身を乗り出した。
「七瀬さん!後ろめちゃくちゃ寒いです!俺にも暖房向けて下さい」
「嫌だね。勝手に震えとけ」
「酷過ぎますよ!」
「じゃあ降りて歩くか?俺は別にそれでも良いんだぞ?それに乃愛がお前に暖房向けたせいで風邪引いたらどうするんだよ」
運転をしながら東雲に対して淡々と論破をする七瀬に宮野はクスクスと笑いながらキャラメルマキアートを飲んだ。
こうして言い合える関係性の東雲と七瀬は何だかんだ言いつつも仲が良いんだと思う。だが寒さの余りに身を縮こませる東雲を見て、流石に可哀想だなと宮野は運転中の七瀬の邪魔にならないように少しだけ運転席に身を寄せた。
「七瀬、隼人にも少し暖房向けてあげよ?」
「絶対嫌だ。それなら暖房切った方がマシ」
「そんな事あります?可愛い後輩に慈愛の心はないんですか?」
「可愛いのは誰がどう見ても乃愛だけだろ。お前自分の事見て可愛いと思うか?」
「見た目で人を判断しないでください」
「中身込みで言ってるんだよ」
何だか面白い関係性だなと思う。厳しい言い方をしながらも仕方がないからと車に乗せ、だが暖房は絶対に向けないという七瀬の性格は本当に厳しくもあり優しくとある、飴と鞭を使い分けるような性格だなと思う。
震えている東雲には悪いが二人のやり取りが余りにも可笑しくて宮野は肩を揺らしながら笑うと、赤信号で停まった七瀬がバックミラー越しに東雲を見た。
「だから言っただろ?乃愛が笑ってるのにお前は自分が暖を取る事考えんのかよ」
「耐えますよ!ていうか事故とか起こさないで下さいね!」
「誰が運転してると思ってるんだよ。まあでも久々の雪道だから一旦黙って運転する。乃愛は暖房好きに弄っていいからな」
運転して貰ってる以上、七瀬が集中すると言うのであれば自分達は最早何も言えない。
だがやはり東雲には厳しく自分には甘い七瀬に宮野は面白いと笑いながらも、好きに弄っていいのであればと後部座席に暖房を向けた。
それまでホットココアで暖を取っていた東雲が自分を見て目を輝かせる。
そんな東雲を七瀬は嫌そうな顔で見ながら運転をする。その構図が可笑しくて宮野は助手席で笑い、七瀬の運転する車によって三人で帰路についたのであった。
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