触れ合った

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「乃愛さんお邪魔します。え、部屋暖かい!」 「家賃に暖房費含まれてるから使い放題なの。床暖房なんだよ」 「邪魔するな、乃愛。」 三人で自宅に着いた瞬間に、東雲は部屋が既に暖かい事に驚きを見せた。宮野の住んでいるマンションはガスと電気両方が暖房として使える為、灯油を購入したり入れる手間が省けている。 一度停電になりオール電化の家が苦労したというニュースを見た祖母が、絶対に電気とガスどちらも使える家に住ませると、自分がH大に合格すると同時にここを契約していた。 暑すぎず寒すぎない部屋の温度と、床暖房のおかげで冷え性気味の宮野の体がポカポカと温まる。それは東雲と七瀬も同じだったようだ。コートを脱ぐ二人にハンガーを渡す。 「七瀬は夜ご飯食べた?もし良かったら何か食べる?」 「食べてない。けど廃棄になったやつ、バイト仲間とこっそり摘んだからそこまで腹減ってないから大丈夫。」 「七瀬の好きなしらすと野沢菜と梅の混ぜご飯あるけど、それも要らない?」 「まじかよ。要る。一気に腹減った」 「乃愛さん、俺も食べたいなあなんて…」 「多めに作ったやつだから今温めるね」 土鍋で炊いた白米に、刻んだ野沢菜としらすと種を取り除いて叩いて入れた梅を入れ、ご当地物の出汁で味をつけた簡単な混ぜご飯だが、二人にとっては食欲をそそられたらしい。 作り置きし、冷蔵庫で保存していたのだがそろそろ賞味期限が来るから二人に手伝って欲しかった為、宮野としても嬉しい話だ。 電子レンジで温めるついでに、電気ポットでお湯を沸かす。いつでも飲めるようにと作ってあった味噌汁の種をお湯で溶き、浸かっていたぬか漬けを切って用意する。 混ぜご飯の量自体は少ないが、汁物と漬物があるだけでも満足感は違う筈だ。 七瀬はいつも通りスマホを弄りながら待ち、東雲は興味津々に宮野が夕飯を用意する様子を見る。 「乃愛さんの冷蔵庫の中ってどうなってるんですか?」 「宝の山」 「言い過ぎだよ。好きでやってる事だもん」 東雲の問いに七瀬が一言で答えたが、テーブルの上に三人分の食事を置きながら宮野は困ったように言った。 確かに冷蔵庫も冷凍庫も作り置きでいっぱいな上、調味料も沢山種類が揃っている。醤油だけでも今は五種類程あった筈だ。 出汁に至ってはもう何種類あるのか分からないが、ついつい揃えたくなり買ってしまう。その割にドレッシングは自分で作る為あまり無い。 「乃愛さん。失礼じゃなければ冷蔵庫見たいです」 「全然いいよ?何か食べたい物あったら出して食べて」 キッチンに人を入れる事は余り得意では無い為、友人でも七瀬以外の人は入れない。だが東雲ならば入っても問題無いどころか好きに見てくれて構わないと思った。 嬉しそうに冷蔵庫を開けて中を見る東雲を自由にさせておきながら三人分のご飯をよそう。見栄えよく三人分のプレートにご飯と味噌汁とぬか漬けを並べていると、東雲が冷蔵庫から何かを取り出した。 「乃愛さん……この角煮食べたいです」 「全然良いけどそれ美味しいかな?フライパンのセット買った時に小さい圧力鍋が付いてきたから適当に作ったんだけど……」 「お願いだからこれ食べさせて下さい〜!」 「じゃあ食べて?良かった〜でも隼人食べてくれるなら圧力鍋じゃなくて自分のレシピで作ってたのに」 アマギフで購入したフライパンのセットには今なら数量限定で小さな圧力鍋が付いているというお得なセットだった。 正直圧力鍋を使って料理をしたいと思った事が余り無かったが、折角ならばとブロック肉を適当に煮込んでみたのだ。 自分のレシピだと落し蓋をして余計な脂身が無い物を作れるのだが、圧力鍋の箱に入っていた角煮のレシピで作ってしまった。東雲が食べるならば美味しい方の自分のレシピで作っていたのだが、東雲が機嫌良くレンジで温めている為まあいいかと思う。 「乃愛。角煮俺にも食わせて」 「勿論そのつもりだよ?七瀬のお皿も用意してたの」 「高そうなお皿ばかりですね。何処で買ってるんですか?」 「え?ニトリで買ってるんだけど……高そうに見える?」 「乗っけてる物が良いんだよ。こんな美味そうな料理が乗ってたら高そうに見える」 祖母から貰った食器を一度割ってしまった時に物凄いショックを受けた為、高いであろう食器は今は食器棚の一番上にしまってある。 電子レンジやオーブンも大丈夫な見栄えの良い手頃な価格の皿を探した際、ニトリが一番だと出てきた為通販で買ったのだ。 和洋中に合うように自分で料理をよそった時の事を想像しながら購入したのだが、皿に価値があると思われる料理が作れたのかと宮野は機嫌が良くなる。 角煮は深みのある小鉢、味噌汁は木で出来たお椀、ぬか漬けは小皿、混ぜご飯は見た目が高級そうに見えるがただ形が土鍋っぽい皿に盛り付けると、東雲がキラキラと顔を輝かせる。 「美味しそうです!」 「お腹いっぱいになればいいんだけど」 「乃愛、自分の分少なくないか?」 「ケーキ食べたからそこまで今は要らなくて…」 「分かった。ご馳走になるな」 「乃愛さん頂きます!」 料理を目の前にして東雲はスマホで写真を撮っていたが、七瀬は自分の混ぜご飯と味噌汁が少ない事を気にしたようだ。 スタバでのケーキとドリンクで結構お腹がいっぱいの為、余りお腹が空いていないからと説明すると七瀬はそれならばと綺麗な所作でご飯を食べる。 いつも思うが七瀬は食べ方が物凄く丁寧で一口一口を味わうように綺麗に食べてくれる。その横で豪快に男らしく食べる東雲もまた七瀬とは別の意味で綺麗に物を食べるなと思った。 「全部美味しすぎます〜!乃愛さん天才です!俺の今日の練習の疲れが浄化されていく……」 「本当?」 「乃愛の作る飯美味いわ。混ぜご飯は俺の為に作ってくれたのか?」 「殆どそんな感じ。七瀬家に来ないかなって」 対極的な感想もまた嬉しいなと宮野は顔を綻ばせた。そして自分でも角煮を食べてみたが、出来たての時よりも味が染みていて美味しく感じる。これならば東雲が満足してくれるかと物凄く安心した。 混ぜご飯は七瀬が家に遊びに来る事を見越して作っていたのだが、最近はシフトが深夜までな事を忘れていた為若干諦めていた所がある。 その為七瀬本人が食べてくれた事と、横に東雲が居て三人で食べられた事、二つの意味で顔を綻ばせると、東雲が少しムッとした顔をした。 「七瀬さんの為に作るって……俺の為にも作って欲しいです!」 「え?じゃあ何か作る?」 「今は流石に疲れてるじゃないですか。今度また家に遊びに来させて下さい。乃愛さんに筋トレとかストレッチ教わりたいな〜とか思って……」 「隼人来てくれるの!?え、じゃあその日張り切ってご飯用意するね!」 東雲は自分の作った料理を心から美味しいと喜んで食べてくれる。それに得意分野の筋トレやストレッチについて聞きたいだなんて嬉しい話だ。 東雲の食の好みはまだざっくりとしか分かっていないが、今度家に遊びに来た際には詳しく聞かせて貰いたい。 これから沢山遊びに来てくれる事になった時に好きな物を作ってあげたいからだ。二人きりなんて東雲ならばお家デート等と言うのかな?と想像しながらご飯を食べ終えると、東雲と七瀬はもう既に食べ終えていた。 正直二人の存在と感想でお腹がいっぱいになった気がするが、これもまた一つの幸せだなと宮野はソファーにもたれ掛かる。 「乃愛。今朝の教授の話、どうなった?気になって仕方ないんだよ」 「あ、そうだね。まず結果から言うと学科を今の六年制の学科から四年制の学科に変更して、大学院に通わないか?って話を貰ったの」 「大学院?」 七瀬が驚いたような顔をするがそれはそうだろうと東雲の反応の時と同様に宮野は思った。医学部の三年の冬に大学院に誘われるなんて話は聞いた事が無い。 学科の変更については自主的にする者が居るが、大学院に通う為に変更をするなんて話も聞いた事はない。宮野は今日貰った井上の名刺を七瀬に手渡して見せた。 東雲とは違い表情を余り変えることは無い七瀬だが、先程東雲に前向きに考えると良いと背中を押して貰った為、宮野は上機嫌で七瀬の横に座る。 「東京から井上教授来てくれて、レポート読んで自分の事を評価してくれたみたいで……小松教授は大学院に行っても体も心もどちらも気を遣うって言ってくれたの。あ、あと研究も今まで通りやって欲しいって言って貰えて。自分としても外科医は厳しいと思ってたから、学科変更して大学院に行こうかな?って。今日隼人と話しててそう思えたんだ!」 「マジで凄いですよね。大学院とか外科医とか次元が違いますよ」 昔から七瀬は自分の成績が良い事を誰よりも評価してくれて喜んでもくれていた。中学の時からずっと一緒にH大学に入学する事を夢見て学んできた大切な友人の七瀬。 この話も他の生徒に話すとマウントだとか自慢だとか言われかねない位の話だという事は分かっている。だが七瀬はきっといつも通り自分の頭を撫で、頑張ったなと褒めてくれるだろう。 そう信じる余りに捲し立てるように一気に話し、宮野は七瀬に褒められる事を期待しながら七瀬の綺麗な細い指を握った。 一言一言に凄いと相槌を打ってくれた東雲に笑いかけた後に、隣に居る七瀬を満面の笑顔で見る。だが、宮野の想像と七瀬の反応は全く異なっていた。 渋い表情で名刺を見ている七瀬に宮野はきょとんとし、いつもならば絶対に握り返してくれる手も放置されている事に疑問を覚えてしまう。 「七瀬?」 「なんか、話が上手すぎないか?」 「……え?」
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