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「ここのフルーツ大福めっちゃ高いですよね?本当に食べて良いんですか?」
「三日でこのサイズの大福十個食べるのキツいから逆に助けて欲しい…」
祖母からのプレゼントは嬉しいが、賞味期限が三日しかない大きなフルーツ大福十個は流石に厳しいと宮野は東雲に対して苦笑いをした。
確かに昔美味しいと食べていた物なのだが、届いた時はこんなに大きな大福を十個?と困惑をしたのだ。
だから二人にも値段は気にせずに遠慮なく食べて自分とフルーツ大福を助けて欲しい。宮野は東雲と一緒にフルーツ大福を吟味していると、値段を気にしていた東雲もそういう事ならばと大福を手にした。
「そういう事なら俺食べますよー!七瀬さんは何にしますか?」
「じゃあシャインマスカットにする」
「俺もシャインマスカットが良かったです」
「じゃあ適当にくれ。ったく、お前は聞いておいてなんなんだよ」
いつも通りの七瀬と東雲の面白いやり取りに宮野はクスクスと笑い、自分は定番だが苺の大福にしようかなと大福を手にしながら緑茶を飲んだ。
他にも変わり種が沢山ある中苺なんて在り来りだが、ここのいちご大福は本当に絶品の為自分が食べたかったのだ。
先程ご飯を控えめにしていた分食べられそうだと、宮野はいちご大福を口にすると、東雲が笑顔で自分を見る。
「胡桃食べてる栗鼠ですか?ハムスターですか?乃愛さんめちゃくちゃ可愛いんですけど」
「やめてよ……食べにくいよ……」
「だってこんなに可愛いんですもん!あ、七瀬さんなんかブルーベリー食ってて下さい。俺はシャインマスカットで」
「別にブルーベリーに罪は無いだろ」
甘い物に余り興味が無いのかソファーに座ったままの七瀬に東雲はブルーベリーの大福を投げつけた。
そしてくるりと方向転換をして大福を頬張る自分を笑顔で見る。本当に食べにくいが先程の空気に比べると幾分もマシだ。
何処をどう見たらハムスターや栗鼠になるのかは分からないが、東雲が可愛いと言ってくれて笑顔になれた。すると座っていた七瀬が立ち上がり自分の頭を優しく撫でる。
「七瀬……?」
「乃愛、俺明日朝早いんだ。今日も疲れたしそろそろ帰っとく。大福ありがとうな」
「何個か持って帰って?」
「乃愛が食べないやつ持って帰る」
食べないやつと言われてもこれだけあるのだから選べばいいのにと宮野は苦笑いをする。七瀬は確か桃が好きだった筈だ。昔自分が買った桃を剥いて出した時に美味しいと食べてくれたのだから、七瀬には桃の大福が良いと思った。
他の好みは分からないが無花果なんかも美味しいだろうと七瀬に手渡すと、七瀬が口角を上げて優しく笑う。
いつもの七瀬の笑みに安心しながらも、二人共そろそろ帰るのかと寂しくなった。コートを手にする七瀬と東雲に、東雲にもフルーツ大福をと箱を手にすると、東雲が七瀬にぎゅうっと抱き着いた。
「七瀬さん、俺の事送って下さい」
「絶対に嫌。乃愛、ファブリーズ貸してくれ。こいつが座ってた所除菌する」
「人を汚物扱いしないで下さい!」
本当に酷い扱いをするなと宮野は笑いながら東雲にも適当にフルーツ大福を手渡そうとした。だがここでふと降りるように一つの考えが自分の頭を過ぎった。
東雲の為に料理を作る機会。筋トレやストレッチを教える機会。
そんなもの今作ってしまえばいいのでは?と宮野はフルーツ大福の箱をテーブルに置き、コートを着ようとしていた東雲の腕を掴み待ったをかける。
「ねえ隼人。隼人が迷惑じゃなかったら泊まっていかない?」
「え!?良いんですか!?」
驚きながらも嬉しそうにする東雲に、自分自身の発言ながら宮野自身も驚いた。七瀬は少し目を見開き自分と東雲を交互に見る。
この家に泊まった事がある人間は七瀬だけだ。だが、反射的に東雲隼人という人間にまだ居て欲しい。
傍に居て欲しいと思い、流れるように東雲を誘ってしまった。明日は自分は大学が休みだが、東雲はどうだろうか?自分の発想に驚きながらも東雲の事を見上げていると、東雲が自分の両肩を掴む。
「俺明日大学休みなんですよ!乃愛さん本当に良いんですか?俺、ソファーだろうが床だろうが何処でも寝れるんで乃愛さんの家にお泊まりしたいです!」
「近くにユニクロあるからそこで部屋着買う?あ、ついでに買い物も付き合って欲しいかな。」
「ユニクロで適当に部屋着買って、あとはコンビニでなんとかなりますよね。プロテインはスティックタイプのが鞄に入ってるので」
東雲も大学が休みならば良かった。この近くには遅くまでやっているユニクロがある為、東雲の部屋着や下着はそこで買えば良いだろう。衛生用品はコンビニで揃う為、一泊程度ならばなんの問題もない。
それに料理を振る舞うのであれば力のある東雲に買い物に付き合って欲しい。東雲が今日自分の傍に居てくれると宮野は先程のように満面の笑顔を見せると、東雲もまた満面の笑顔を見せてくれた。その様子を見ていた七瀬が少し呆れたように笑う。
「乃愛と隼人って相性良いよな」
「七瀬、紹介してくれてありがとうね!」
「あ、七瀬さんはさっさと帰って下さい。俺は乃愛さんと二人きりでお泊まりデートしたいんで。さよ〜なら〜」
「お前マジで次のシフトの時覚えておけよ……」
七瀬も七瀬で東雲に対して酷い扱いをするが、東雲も東雲で七瀬の前だと少し生意気な後輩になるのだなと宮野は笑った。
そして想像していたようにお泊まりデートと言う東雲にクスクスと笑い声を上げると、七瀬が自分の事を慈しむような目で見ては腕を伸ばして頭を優しく撫でる。
「乃愛、次はちゃんと暖かくして出かけるんだぞ?あとこいつの事こき使え。遠慮とかそういうの要らない奴だからな」
「うん。もう七瀬は心配性だよね。大丈夫!また教授と話したらその時も七瀬に直ぐ相談するね」
「おう。いつでもLINEなり電話なり待ってる。隼人、乃愛に間違っても迷惑かけるなよ。じゃあな」
玄関で東雲と一緒に七瀬に手を振ると、七瀬は一瞬東雲の事を見てからそのまま部屋から出て行った。
東雲をこき使えだとか暖かくしてだとか、そういう事を言ってくれる七瀬は優しいなと宮野は先程自分が流した涙を心の中で咎めた。次に教授と話す時は七瀬と話した事を踏まえて自分からも意見を言おうと思う。
七瀬が帰った事により自分の家という空間に東雲と二人きりになった。本当に急に泊まってくれなんて言っても迷惑では無いのだろうか?だが、東雲が小さな子供のように大きな体で飛び跳ねている様子を見て、恐らく大丈夫だろうと思った。
「隼人。ユニクロそろそろ締まるから行こ?次はブーツで行くから滑らないと思う」
「一番安いやつにします。自分が着るものなんてセール品で充分です」
「分かる。自分は靴下は消耗品だから安い時に買いだめしてる。あとヒートテックも安い時に買うかな」
「周りに見られない所は安くてなんぼですよ。あ、でも乃愛さんが着るニットとかはもこもこでお願いします。色は絶対白がいいです!」
次こそはブーツを履いて歩こうと玄関の靴箱からお気に入りの黒いブーツを取り出した。少しインヒールがあり背が高く見えるようなリボンの付いている可愛いブーツも、祖母が絶対これを履いて欲しいと駄々を捏ねるようなプレゼントをしてきたのだ。
先程着ていたコートを着て、マフラーをくるくると首に巻きながら東雲と会話をする。そういえば東雲と初めて出かけた時は白のニットだった気がするが、もこもこでは無かった。もこもこの白いニットは自分に似合うだろうか?と玄関を出ながら考える。
「汗でくったくたになるものにお金かけるの嫌なんですよ〜これは体育大学あるあるです」
「分かる。でも自分は下着だけは拘っちゃうかも…ジェラピケの公式サイトで可愛いの買っちゃう。暑い日用の下着とお気に入りの下着と使い分けてる」
マンションを出ていつも一人で歩く大通りを東雲と並んで歩く。時間的に人が少ないなと思いながら歩いていると、東雲がサラリと自分の手を握った。
何だかもうこのスキンシップも慣れてしまったが、こうしていつも歩く道を東雲と二人で手を繋いで歩ける事は嬉しいなと思う。話している内容は友人同士らしいなんて事のない事だが、何故か特別な事のように感じてしまう。
「下着にジェラピケは可愛いですね。よくよく考えればっていうか当たり前なんですけど乃愛さんも俺も男ですもんね」
「そうだよ?隼人がデートとか可愛いっていっぱい言うから!忘れちゃった?」
「ごめんなさい。性別を超越した可愛さって事で許して下さい」
大通りに出て直ぐにあるユニクロに入店しながら東雲の肩を少し叩いた。自分も男だと分からせようと強めに叩いたのだが、東雲には全く効果が無いようだ。
店内を二人でぐるりと歩くと、あまり人目に付かない所に男性用のスウェットが置いてあった。上下セットで千円の物を見つけた東雲は即決をしたのか無言で手にする。
そして隣にあった無地の黒のボクサーパンツも手にしていた。下着を選んでいる所を見ても何とも思わないのは男同士なのだから当たり前だが、自分が着ている可愛いボクサーパンツを見られるのは少し嫌だなと宮野は苦笑いをする。
「乃愛さんの家暖かいのでこれで充分ですよね」
「うん!あ、靴下安くなってる……研究してたら薬品の匂いついて嫌だから買っておこうかな」
「そっちは医学部あるあるですね」
二人で殆ど人の居ない店内で別々に会計を済ませながら会話をし、ビニール袋を片手に隣にあるスーパーに向かって手を繋いで歩いた。
衣服を買った次は食材を買いに二人で歩くなんて本当にお泊まりデートのようだと、またしてもふわふわとした気持ちになりマフラーに顔を埋める。
スーパーの店内に入ると東雲は当たり前のようにカゴを持ってくれた為、東雲の存在は頼りになるなと宮野はふんわりと笑う。
「お米ないならまた持ちますよ?」
「お米はおばあちゃんから送られてきたのがあるから大丈夫。ただどうしても餃子の皮が欲しくて…しかもここのスーパー結構調味料変わり種が置いてあるから見ておきたいの」
「餃子の皮で餃子作るんですか?」
「ううん。残ってる作り置きのおかずを包んで冷凍するの。おやきと餃子の間みたいな感じ。初めて料理したのもおばあちゃんがそうやって作ってたのを手伝ったのがきっかけなんだ」
祖母は余っている肉や野菜のおかずを餃子の皮の上に乗せ周りを水で濡らし、その上から更に餃子の皮を被せたものをよく作ってくれていた。
料理なんてした事ない幼い自分でも作ることが出来て、料理は楽しい物だと思うきっかけになったおかずだ。
初心を忘れないようにとたまに一人で作るのだが、本当は祖母と一緒に作りたい。病気になり施設に入ってしまった以上難しい願いだ。少し寂しくなると、顔に出ていたのか分からないが東雲が自分を指差して笑顔で言う。
「俺と作りましょ!で、俺が食べます」
「あんなに食べたのにまだ食べれるの?」
「なんなら白米も欲しいです」
「さっき混ぜご飯食べたのに?」
「乃愛さんの作るご飯なら無限に行けます。これ冗談とかじゃなくて割とガチです。」
一瞬だけ祖母を思い鬱っぽくなったのだが、東雲が一緒に作ってくれると提案してくれた為直ぐに気持ちが切り替わった。
東雲は自分の料理を食べる事を楽しんでくれるが、自分と一緒に料理までしてくれるのかと嬉しくなる。嬉しそうに自分のご飯なら無限に食べられると言う東雲に、珍しく自分の中の悪戯心が擽られた。
「じゃあ一つだけすっごく辛いやつ作ろうかな〜」
「ロシアンルーレットやるなら乃愛さんも食べて下さいね?」
「全然いいよ。絶対負ける気がしない」
「乃愛さんってたまにめちゃくちゃ男らしいというか、強気な所ありますよね。そこも込みで可愛いんですけど」
「男らしいというか男だからね」
二人でロシアンルーレットなんて楽しいなと宮野と東雲は笑い合った。自分はこういう事になると強気で負けず嫌いなのだが、出会って初めて東雲に男らしいと言われた。
男らしいというか性別学的上自分は男なのだから当然だ。だがこんな少女めいた顔をしていたら仕方ないかと、宮野はガラスに映った自分の顔を見て溜め息をつく。
「乃愛さん。調味料カゴにどんどん入れて下さい。俺の男らしい所見せます」
「本当に入れるよ?大丈夫?」
「体育大学に通う俺を舐めて貰ったら困りますよ」
それならばと残り少なくなっていた調味料を遠慮なくカゴいれていく。自分はあまり力がない為、何度かに分けて買うのだが東雲からしたら数キロのカゴなんてなんて事ないらしい。次々に目に付いた調味料を入れていくが、全く動じない東雲に本当に男らしいと思った。
流石医学部、流石H大生と言われる機会が多いが東雲も東雲でレベルが高い。カゴを持つ大きな手の浮き出た血管や筋肉をまじまじと見てしまった。
「隼人凄いね。格好いいな……」
「え!?本気で言ってます!?うわ、嬉しい……」
「だから帰りも荷物持って?」
「何ですかその可愛くてあざとい言い方ー!俺をこれ以上メロメロにさせて良いんですかー?」
スーパーで食材を購入する際にわざと上目遣いでお願いしてみると、東雲が笑いながら自分の事をからかった。
こうして自分を揶揄う人は滅多に居ない為、H大学や医学部を抜きに東雲は自分と接してくれているのだなと思う。可愛いとは散々言われているが。そのまま近くのコンビニに行き衛生用品を買い揃えたが、結構な袋の量になってしまった為自分も手伝おうとする。
「乃愛さん無理だと思いますよ」
「そ、そんな事無いもん!」
「じゃあ持ってみます?」
東雲に手渡されたビニール袋を宮野は一度持ってみた。そして数秒間時が止まったかのようにその場に立ち尽くし、宮野は苦笑いをしながらビニール袋を東雲に手渡した。
「隼人……お願いします」
「任せて下さーい!ていうか固まるとか本当にハムスターですね」
「え?ハムスターって固まるの?」
「帰ったら面白い動画あるので見ながら料理しましょう?」
重たいビニール袋を難なく持ちながら自分の体すら支える東雲の何気ない提案もまた嬉しかった。お泊まりデートなんてと思っていたが、もうここまで来ると東雲の言うようにお泊まりデートで良いのかもしれない。
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