触れ合った

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その場で服を脱ぎながら悪戯に笑う東雲に、自分の顔に感じた事が無い熱が走った。自分の裸なんて七瀬にすら見せた事が無い。 それに東雲のバランスが良くついている筋肉を見て、余計に東雲の事を自分は格好いい男性と意識しまった。 顔が赤くなっているのが自分でも分かったが、それは東雲も同じだったようだ。上半身裸の姿でソファーに座り込んでしまった自分の肩を掴む。 「や、やだ!絶対いや!恥ずかしいもん!」 「なんかそういう反応されると逆に辞めたく無くなるんですけど」 「無理無理!絶対むり!」 「分かってます。冗談ですよ冗談。本当に可愛い反応するんで自分がSに目覚めると思いました。あ、でも乃愛さんが良いって言うなら一緒に入ってました」 「もう勘弁して…いいからお風呂入って…」 ガタイのいい筋肉質な東雲を浴室に押し込み、一人になった瞬間に体の力が抜けた。何故か東雲と居ると自分の調子が良い意味でも悪い意味でも狂う。 友人として仲良くしていても楽しいが、精神面を支えてくれる頼りになる存在でもある。それだけではなく、少し自分を過剰なくらいに可愛いと言ったり、まるで彼女に取るような行動を男である自分に取ったりもする。 先程見せたサディスティックな部分も嫌悪感は抱かなかった。 東雲と自分の関係を表すに相応しい言葉は一体何だろう。 友人?後輩?考えれば考えるほど分からなくなる。すると風呂から上がった東雲が、先程購入したスウェットを身にまといバスタオルで髪を拭きながら浴室から出てきた。 「あがりました。乃愛さんも入ってきて下さい。あ、スマホの充電だけさせて下さい」 「うん。ソファーの横にあるから使ってて。スキンケアするから少し時間かかるけどいい?」 「当たり前です。適当に待ってますね」 こんな寒い日に髪が濡れたままだと風邪を引いてしまうと東雲にドライヤーを渡し、自分もバスタオルを持って浴室に向かった。 自分が化粧品に目覚めたのは祖母の影響である。乃愛は可愛いんだからと、基礎化粧品を使うように幼い頃から言われてきた。 シャンプーやトリートメントにも拘り、大人になった今は海外の良い香りがするブランドの物が毎月定期的に送られてくる。 七瀬にこんな高いの勿体なくて使えないと言われてからは浴室の棚にしまっていた。それを取り出しシャワーを浴びながら甘い香りに包まれる。 絶対に男性用では無いはずなのに自分の細くて色素が薄い髪にはあっていて、ドライヤーをしたらさらさらツヤツヤになる。 入学当初は、医学部の女子生徒から何のシャンプー使ってるのかと質問攻めにあった。 ゆっくり湯船に浸かった後、部屋着であるもこもこのパジャマに着替え寝室のドレッサーの前でスキンケアをする。 今日一日あったことを振り返りながら自分自身を見つめ直す大切な時間だ。冬だからといつものスキンケアにプラスアルファでクリームを塗り、東雲がいるリビングに行く。 「隼人上がったよ」 ソファーで寝転びながらスマホを弄っていた東雲が、顔を上げ自分を見た瞬間に目を輝かせた。もこもこのパジャマは先程話したジェラピケで購入した物だ。 一度七瀬の前で着た時に、シンプルに似合ってて可愛いと褒められたパジャマをわざわざ選んだ自分はどうかしているのかもしれない。 「乃愛さん!可愛い!めっちゃ可愛いです!」 勢いよく抱き締められ、驚くと同時に笑ってしまった。何となくこうなるような気はしていたというよりも、何故かこうなって欲しいと願って居たのだ。 先程東雲がもこもこの白でお願いしますと言った為、白ではないがもこもこのパジャマを着てきた。自分を抱き締める東雲の肩に頭を預けると東雲が後頭部に手を回した。 「可愛すぎて離したくないです」 「隼人…苦しい……」 「あ!ごめんなさい!力加減間違えました」 鍛えている男性の中でも特に筋肉質な東雲に思い切り抱き締められると、流石に嬉しさよりも苦しい気持ちが勝ってしまう。 少し慌てたように自分から離れた東雲とそのままの流れで二人でソファーに座った。そしてスキンケアをしてた時に思った事があった。今日中に東雲に言おうと思っていた事だ。 「隼人、ごめんね」 「え?」 「急に泊まって欲しいとか言って…隼人の優しい所に甘えちゃった」 今日起こった出来事、そして七瀬に言われた正論。全てが自分にのしかかり、絶対に自分の傍に居てくれるような優しさを持つ東雲に頼ってしまった。自分が追い詰められたからといって利用するような形になってしまった為、絶対に謝ろうと思っていたのだ。 時刻が日付を跨ごうとしている。ついさっきまで楽しく明るい空気が流れていたとは思えない位、リビングが静かになった。 流石の東雲もこんな年上の男に呆れただろうかと膝の上で握りこぶしを作ると、優しく顎を手の平で掬われた。顔を近づけられるが目を逸らせない。また先程のとくんとくんと云う鼓動が胸に響く。 「俺のこと、頼ってくれたんですか?」 「……うん」 「七瀬さんだって居たじゃないですか。七瀬さんも乃愛さんに居てほしいって言われたら、絶対に居ると思います。それでも俺だったんですか?」 「は、隼人が良かったの…七瀬はよく泊まってくれるし傍に居てくれるけど、今日は隼人と一緒に居たいって思ったの。凄いわがままなのは分かってるよ。だから……ごめんなさい」 余りにも自分勝手な自分に嫌気が差した。こんなわがままを出会ったばかりの東雲に言っている事もそうだが、抱きしめて欲しいとわざと可愛いパジャマを着てきたり、東雲に対して甘えてしまっている自分自身が本当に情けないと思ったのだ。 時間的に抗うつ薬の効能が切れているのかもしれない。気分の浮き沈みが激し過ぎるなと自分でも自覚し、その事も含めたごめんなさいを目を伏せながら言ったのだが、東雲は自分の両頬に手を添える。 「隼人……?」 「俺はすげえ嬉しいです。乃愛さんの心の拠り所に今なれてる事が嬉しいです」 「七瀬が言ってた事があまりにもしっかりしてて、自分はダメダメだなあって思ったの…」 「ダメダメな人間が、努力して勉強して国公立大学のH大学の医学部に居るわけがないですよ。それに乃愛さんは大学院にも誘われてるじゃないですか。凄さで言うと乃愛さんのレベルまでいけない人間が大多数ですよ」 東雲の決して否定をせず、全てを受け止めてくれるかのような発言に目に涙が浮かびそうになった。 今は絶対にダメだ。これ以上情けない姿を見せられない。そう思っていると東雲が握っていた手を引っ張られ、抱き寄せられるような格好になる。思わず東雲の顔を見上げると、優しい表情で自分の髪を撫でた。 「七瀬さんみたいなタイプも絶対に必要ですよね。どんな時でも的確にアドバイスしてくれるような真面目な人です。バイトで何かトラブルが起きてもあっという間に片付けたり、クレーマーにも表情変えずに淡々と冷静に対応してますから本当に凄い人ですよ。ただ、今日の乃愛さんに対して言う台詞では無いなと個人的に思う所はありました。」 「そうかな…七瀬はいつも自分の事を思ってくれてるから…」 「なんか乃愛さんの応援というより、自分が思い描く乃愛さんの未来を想像している気がして…あ、七瀬さんの悪口とかではないですよ?ただ、頑張ったねとか凄いねだけで良いと思いました。乃愛さんから相談されてから言う事をずっと言ってたんで。だからちょっと怒っちゃいました」 やっぱりあの時東雲は七瀬に対して怒りを覚えていたのかと思うと、自分のせいで二人が揉めてしまったかのように感じる。 だが七瀬も東雲もタイプは違うが自分を思って言葉を選んでくれたのだろう。怒ったとは言いつつも七瀬の存在を肯定する東雲はやはり性格が良いなと宮野は涙を目に滲ませ、東雲の手に自分の手を添える。 「どんなに仲良くても、付き合い長くても、元は他人なんですからたまには衝突する事はありますよ。それに乃愛さんが七瀬さんを凄く大切に思ってる事と頼りにしている事は伝わってきます。七瀬さんだって乃愛さんが大切だからこその発言ですから」 「…う、うん」 ダメだ。優しすぎる。余りにも優しく安心させるような言葉達が、自分のプレッシャーや少し傷ついた心を紐解くように胸に響く。滲んでいた涙が一つ零れると止まらなくなってしまった。 ボロボロと溢れる涙を東雲は決して否定せず、泣いている自分の顔を手の平で固定しながら親指で涙を拭ってくれた。そしてそのまま東雲は自分の体を優しく撫でた。 「乃愛さん。俺を頼ってくれてありがとうございます」 「はや、と、ごめん…」 「謝る必要なんか一つも無いです。それに泣きたい時は泣きましょう。もし体辛いなら頓服飲んだり寝る前の薬飲んで体を休めるのも良いと思います。」 東雲が当たり前のように自分に対して頓服を飲む事を提案した。何故頓服なんて言葉が出てくるのかと疑問に思う。 精神科に通う自分の事をメンヘラと言ってしまう位に病気等とは無縁な東雲が、何故精神科に通う自分が辛い時には頓服を飲んでいる事を分かってくれているのか。 余り働かない頭で考えを逡巡させると、東雲と一緒に病院に行った時の事を思い出す。 『この薬の明細書貰って良いですか?』 もしかしてあの明細書を見て、薬の事を調べてくれたのだろうか。寝る前に飲む薬があると知っているのもきっとそうだろう。 自分が生活している裏で自分の為に気を遣い時間を使ってくれていた。何も言わないが、きっと東雲は自分の為にと行動をしていてくれたのだ。 その事実だけで胸がじんわりと温かくなった。少しずつ落ち着いた涙をパジャマで拭う。 「お薬飲みましょう?水持ってきます」 いつも自分か若しくは七瀬がしている水を持ってくるという行為を東雲がやったくれている。そう思うと何故か落ち着いた筈の涙がまたしても溢れ出した。 引き出しから寝る前の薬を取り出すと、水の入った大きなマグカップを東雲がテーブルに無言で置く。一包化された睡眠導入剤を飲むと、東雲が飲みきったタイミングで隣に座り自分との距離を詰めた。 「隼人、ありがとう」 「はい。乃愛さんまた俺を頼って下さい」 「隼人を?」 東雲の事を頼るなんてもう迷惑をかける位にしていると思う。だが、東雲は泣いている自分の隣に座り、手を絡ませながら少し体を引き寄せた。体の大きな男らしい男性の東雲が自分を頼ってくれと言っている。 「どんな些細なことでもいいです。俺に全てぶつけて下さい。全部受け止めます」 自分はずっと昔から大きな体の優しい男性に包み込まれるように抱き締められたいという願望を持っていた。 不安に思った時、悲しくなった時、それ以外の時でもいい。自分の名前を呼んでくれる真っ直ぐな男性に抱き締められたいと願い、一人湯船で体を抱き締めながら泣いていたのだ。 自分は別に東雲の恋人という訳でもない。東雲も自分を本気で恋人だと思っている訳でも無い。だが、東雲の真っ直ぐな目に自分が映っている事にとくんと胸が鳴る。 「乃愛さん……俺、もっと貴方に求められたいです」 聞いた事の無い東雲の切なそうに掠れている低い声と言葉。 求められたいの言葉の裏側に東雲はどんな気持ちを隠しているのだろうか?分からない事ばかりで戸惑っていると、東雲がジリジリと自分との距離を詰めてくる。 手の平で頬を撫でながら少し顔を近づけてくる東雲の胸に手を添え、宮野は震えながら一筋涙を零した。 「はやと……お願い……抱きしめて…」
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