将来

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「うわー!美味そうー!乃愛さん凄いです!これ友達に自慢していいですか?」 「自慢出来る程の物なら良いんだけど……」 「あいつらにLINEで写真一斉送信してやろ……俺の嫁が朝ご飯作ってるって」 「ふふっ、隼人の彼女からお嫁さんになってる」 テーブルに豪華に見えるようにと盛り付けた朝食を東雲は見るなり満面の笑顔を見せて喜んでくれた。 そんなに喜んでくれるのであれば作ったこっちも報われるというものだが、遂に自分は嫁になったのかと宮野は笑いながら東雲の向かい側に座る。どうせ顔も撮ろうとするのだろうとクッションで顔を隠したのだが正解だった。 此方に向けられているであろうスマホのシャッター音と、東雲の少し残念そうな声に宮野は笑ってしまう。 「まじで今日着てる乃愛さんの服可愛いです……クッションの後ろの可愛い可愛いお顔も写真撮らせて欲しいな」 「友達に送りそうだから嫌だ」 「えー!こんなに可愛いのに!でもクッションで隠してても可愛いの分かるんで、仲良い奴らに料理の写真と一緒に一斉送信しますね」 スマホをタップする音が聞こえ、一体何を送るつもりなのかと宮野はクッションで顔を隠しながら東雲の横に座った。 すると東雲がかなりの人数相手に『見てー!お泊まりデートからの手作り料理と俺の好きな人ー!照れてて可愛いー!』と本当に彼女を紹介するかのようなLINEを送信している為、宮野はクッションを床に置いてから東雲の肩を小さく叩く。 「もう……何してるの?」 「彼女の紹介です。あ、安心して下さい!通知切ってるんで乃愛さんとの二人の時間は邪魔されません!」 「いっぱい返事来てるけど……返さなくていいの?」 東雲のLINEには『お前ふざけんな!』『お泊まり自慢とか良い根性してるね』『俺だってお泊まりしたいのに!』『シンプルに死ねよ』と友人と思われるアカウントからLINEが来ている。 本当にこのままLINEを放っておいて良い物なのか分からないが、東雲は上機嫌に目の前の料理を見て目を輝かせている。 「乃愛さん!食べていいですか!?」 「いいよ。一緒に食べよう?」 「いただきまーす……って、うま!卵焼き美味しい!え!?ウインナーパリパリしてて美味すぎます……味噌汁も…………うわ、体温まるし美味しいです……」 「そんなに喜んで貰えて自分は幸せ」 一つ一つの料理を豪快に口に運びながらも綺麗に食べていく東雲に、宮野も宮野で写真を撮りたくなった。 東雲にバレないようにスマホを手に取り、東雲が笑顔で自分の得意料理であるだし巻き玉子を食べている姿を写真に収める。 え?という顔をしている東雲に対して、宮野は背中を向けてそのままその写真を七瀬に送った。すると流石に何も言わずに写真を誰かに送った事を気にしたのか、東雲が自分の隣に来る。 「誰に送ったんですか?」 「七瀬。ていうか隼人の写真送る人は絶対に七瀬」 「そういう事なら良いですよ?まあ俺多分今日のバイトで七瀬さんに引っぱたかれますね」 「隼人と七瀬は仲良しさんだね」 頼れる先輩と少し生意気な後輩である七瀬と東雲の関係性が面白いなと宮野はクスクスと笑ったが、それに対して東雲は何も言う事無く頷きながら味噌汁を飲んでいた。 宮野も宮野で朝食を食べ始めると、向かい側に座っている東雲が空になったご飯茶碗を見て少ししょんぼりとしていた。何だか母性が擽られるなと宮野は笑いながらキッチンを指差す。 「ご飯もお味噌汁も卵もウインナーもおかわりあるよ」 「え!?食べます!全部食べます!」 キッチンに向かって走っていった東雲に宮野は胸がぎゅっと締め付けられるような喜びを感じた。医学部で今は薬品と人体の構成について研究をしているが、その多忙な研究の中で自分のモチベーションを保つ重要なきっかけが料理だ。 祖母から受け継いだレシピで美味しいご飯を作り、喜んで食べて貰う事が自分にとって何よりのモチベである。 武尊と慎吾は騒ぎ立てるように喜び、もう家に来る事は無くなってしまったが蘭も凄く喜んで食べてくれていた。七瀬は昔から自分の料理を味わうように綺麗に食べてくれる。 だがその中でも東雲の反応はトップだと思う。こんなに分かりやすく真っ直ぐに美味しいと食べてくれると、自分はこれから大学院に通うかどうかという生活すらも頑張れるなと思う。 「乃愛さんそういえば朝の薬飲みました?」 「ううん。食後に飲むの。でも薬飲んでないと思えない程元気で自分でもびっくりしてる」 「俺が居るからとか関係あります?」 「隼人のお陰でしかないよ?」 東雲が喜んで自分の料理を食べてくれるから。 こうして自分の前で笑顔を見せてくれるから。 東雲がそばに居てくれるからこそ自分はこうして今まで飲み続けてきた抗うつ薬すらも必要無い位に笑顔で朝を過ごしている。 そうはっきり言えないのは照れ臭さが強いからだ。だが間違いなく東雲の存在が自分に良い影響を与えてくれているのだからと、宮野は味噌汁を飲みながら顔を赤らめる。 するとキッチンから戻ってきた東雲が自分の顔を覗き込んだ。 「え?」 「……お化粧して可愛くしてますよね?」 「えっと……うん……」 「あー俺って本当にダメですね……一目見て可愛いと思ったのに直ぐに言えなかったんですよ!」 少し顔を赤らめながら不貞腐れたような顔をする東雲に、褒める側も褒める側で恥ずかしさがあるのだなとご飯を口にした。 一目見て直ぐに可愛いと言わなくても気付いてくれるだけで嬉しい事でしかない。東雲の気持ちと自分の気持ちに若干の誤差があるのかもしれないなと苦笑いをすると、東雲が何故か居住まいを正すように座る。 「あの……今日の乃愛さん……可愛すぎるんで、昼にデートして下さい」 「いつものデートだね」 「あ!俺今めちゃくちゃ緊張して誘いましたよ!?でもランニングしてて思ったんです。乃愛さんの家の周り歩いてるだけでも楽しいなって。近くに可愛いお店いっぱいでした」 「なんか最近増えてきたの。余り一人じゃ行かないから、隼人と一緒に行きたいな」 自分の家の周りには小さな専門店が沢山存在する。チョコレートやクッキーを売っている店や、美味しいと噂のパン屋さんなど。 何故か住んだ後になってこの辺の客層に合わせて小さな店を出す所が多くなってきた為、宮野としても誰かと一緒に行きたいなと思っていたのだ。 七瀬とも一緒に行こうとは話していたのだが、バイトや大学で忙しく時間をお互い作る事が出来なかった。その為こうして自宅の周りを探索出来るのは楽しみだと宮野はふんわりと笑う。 「俺見つけたお店あるんですけど、チュロスのお店ありました。なんか可愛いお店でしたよ」 「え?そんなお店あったの?……行きたいよ……」 「行きましょう?お薬飲んで少し休んだら手を繋いで行きましょうね」 可愛い専門店が沢山ある事は知っていたがチュロスの専門店があった事は知らなかった。東雲が可愛いと言うのだからきっと自分が見ても可愛いのだろうなと宮野は心を踊らせる。 そして東雲が薬を飲んで少し休んでからと提案してくれた事も嬉しかった。薬を飲んで直ぐに歩くと疲れやすくなる為、有難い気遣いだなと宮野はマグカップに入っている水で朝の薬を飲む。 「乃愛さん洗い物なら俺に任せて下さいね」 「え?やってくれるの?」 「作って貰ったから当然ですよ。お薬飲んだんですから座って待ってて下さい」 「隼人……ありがとう」 食べ終えた皿を率先して洗いにキッチンまで運んでくれた東雲にまたしても胸がとくんとくんと鳴った。 着ているジャージを捲って皿を洗う東雲を見ながら宮野はソファーに深く腰を掛けてリラックスをする。やはりバイトをしているだけあって手際が良いなと見ていると、宮野のスマホの通知音が鳴った。 そういえば七瀬にLINEを送ったんだとスマホを開くと、『隼人には覚悟をしておけと伝えておいてくれ』と七瀬らしい文面が届いていた為笑ってしまう。 「隼人ー。七瀬が覚悟をしておけって」 「うわあ……最悪です」 東雲のげんなりとした表情を見て、そういえば七瀬といえば大学院について詳しく助言をくれたのだと大切な事を思い出した。まだまだ大学院に通うにあたって不安な要素が沢山ある。 今日は東雲とチュロスの専門店に行くとして、次の大学がある月曜日に小松に相談をする機会を設けて貰おうと考えた。 ショートメールで宮野は小松に『大学院について不安な要素が沢山あります。もう少し詳しくお話を聞かせて貰えませんか?』とメッセージを送った。 これで大丈夫だと言い聞かせ皿を片付けている東雲を手伝おうと宮野はソファーから立ち上がろうとすると、スマホにショートメールの通知音が鳴った。 「乃愛さん誰ですか?」 「小松教授。今ショートメール送ったからだと思う」 小松からのショートメールの内容は直ぐに確認したかった。自分から不安だと言ったからこそ、気遣いの出来る小松のショートメールにはきっと自分に手を差し伸べてくれるような物なのではないかと思ったのだ。 宮野は通知からそのままショートメールを開くと、そこには小松らしい大学生の自分を守るような文面が記されていた。 「隼人……」 「どうでした?」 「それが今日時間取ってくれるみたいなの」 東雲とチュロス専門店に行くと話していた所悪いが、こればかりは此方を優先したいと思った。宮野くんのタイミングで良いから今すぐにでも大学に来て欲しいという文面を見て、宮野はおずおずと東雲を見る。 「そういう事ならデートはまた別の日にして、乃愛さん大学行った方がいいですね」 「ありがとう。一応自分は大学院に進むつもり。凄くやってみたい」 「無理難題を言う人が体気遣って三年の内に誘うとかしないと思うので、乃愛さんがやりたいならやったらいいと思います!七瀬さんの言っていた事をベースに聞けばスムーズに話進みそうですね」 急に大学に行く事になったのにも関わらず、東雲は当たり前のように優しく受け止めてくれた。そして自分に大学院に通う事に対してのデメリットを話してくれた七瀬の意見を参考にしたら良いというアドバイスまでくれて。 そんな東雲とチュロス専門店に行けなかった事は悔やまれるといえば悔やまれるが、またの機会に取っておこうと思った。 いつものようにタブレットの入った大学用の鞄を準備していると、東雲が宮野を後ろから当たり前のように抱き締めた。突然のスキンシップに宮野は驚きながらも東雲の腕にそっと手を添える。 「俺、今日一日乃愛さんの事応援してます」 「隼人……ありがとう」 勿論大学には行かなくてはならないのだが、宮野は暫く東雲から与えられる温もりに包まれ、胸がとくんとくんと脈打つ感覚を目を瞑りながら感じたのであった。
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