存在しない欲

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何故煙草なんて害悪な物を嗜好品にしてしまったのか、きっかけは長い付き合いの自分でも分からないが、二十歳を超えた友人相手にあまり強く吸うなとは言えない。本当はそんな物を体に摂取しないでくれという気持ちを抑え、行ってらっしゃいと言うと七瀬は自分の頭を軽く撫で、携帯用の灰皿を持ちベランダに出ていった。 リビングを見ると自分の部屋の床に空き缶を置いている武尊と慎吾が楽しそうに笑っていた。ソファーに座っている蘭がそんな二人を缶チューハイを飲みながら見ていて、酒が進んでいるならば三人に何か簡単なおつまみをと思った。たまたま冷蔵庫にあった絹ごし豆腐に食べるラー油と取り寄せた出汁をかけて持っていく。 「簡単なおつまみだけど、良かったら食べて。蘭も食べてね」 「おう。ありがとな」 「乃愛まじでお前はいい嫁になるよ……本当に!」 酒が入った事もあり武尊と慎吾のリアクションが益々オーバーになっていく。騒ぎたい盛りの男子大学生だから仕方がないなと宮野は自分に言い聞かせるように苦笑いをしていると、一々喜び方が煩いと蘭は二人の頭を強く叩いた。 そんなに叩かなくてもいいのだが元気の良い二人のブレーキ役になってくれている蘭は自分にとって頼り甲斐がある。何故叩かれたのか全く分かっていない二人に溜め息をつく蘭に続くように、一服を終えた七瀬がベランダから戻ってきた。 「嫁になるとしても、選ぶ権利は乃愛にあるからな。」 すっかり酔いつぶれてしまっている二人に七瀬が釘を刺すように言う。そんな事は分かってても毎回感動するんだとその場に寝転がりながら言う武尊と慎吾に、七瀬は歩けなくなる前に帰れよともう一度釘を刺した。 七瀬の車で送る事も出来るが、七瀬には車に乗せるのは自分だけだというマイルールがある。七瀬は酒は飲んでいない為運転は出来るのにも関わらず、そのマイルールに乗っ取り友人である二人も車に乗せた事は一度も無い。 唯一乗せたのは宮野の好きなアーティストのライブのチケットを蘭が取った時に 、後部座席に蘭を乗せただけだ。 「そろそろ帰っとく〜。乃愛様、今月もありがとうございました。また来月もお願い致します」 「自分も右に同じくです」 二人は料理を作ってくれたお礼にといつも万札を渡してくれる。その度に自分はただ料理をしただけなのにと受け取るのを躊躇ってしまう。だが受け取らないと友人からただのパシリになってしまうと七瀬に言われてからは、素直にありがとうと言い受け取るようにした。 バイト代が入ったからと言っていた二人に渡された札の数がいつもより一枚多かった。本当に良いのかなと思いながらも奮発すると言っていた二人に宮野は宮野なりにその額に見合っているか分からないが用意をしていた。 保冷剤の入った紙袋に、二人が持って来た野菜と肉で作った冷凍すれば約一週間分の手作り料理をタッパーに入れていた。ついでに明日からの大学の昼食代わりになるようにと、炊き込みご飯で作ったおにぎりを渡す。 すると武尊と慎吾はいつも感激しありがとうと自分を軽く抱きしめ、嵐のように去っていくのだ。これで本当に友人関係が成り立っているのかは分からないが、実家から送られてきた野菜は無駄にならずに済んだのではないかと思う。 二人が家から出て行き七瀬と蘭と三人になった瞬間に、七瀬と蘭は思い切りため息をついた。宮野も宮野で漸く役目が終わって落ち着いたと胸を撫で下ろす。リビングに転がっている酒の缶を見て少し悲しくなると、武尊と慎吾とは対照的に自分を気遣うタイプの七瀬と蘭が片付けを始めた。自分も部屋を片付けようかと思ったが、休んでろと二人に言われた為、ソファーに座り財布に貰った現金をしまった。 七瀬が汚れた食器を洗い、蘭が散らかった部屋を掃除するのはいつもの事になりつある。七瀬は昔からの付き合いで自分の空気感や体調の事をよく分かってくれていて、蘭は大学で出会った時からいい意味で自分の体調に関して過剰に反応はしなかった。精神科?ああ、そうなんだ位の反応だったが、こういう理解のされ方も大人になったならあるのだなと思う。 そんな蘭には今彼女がいる。美形で性格も良くモテているのだから居ない方がおかしな話だ。七瀬は蘭に彼女が待っているなら俺に任せて帰ったらいいと言うが、蘭も蘭で何もせず帰りたくないと譲らなかった。夜も遅い為彼女の為に帰ってあげた方が良いのでは?と疲労感からぼんやりとした頭で考える。 病院に料理とハードなスケジュールをこなした後の為上手く頭が回らないのだ。それに信頼出来る二人だけの空間になると疲れがどっと出る。いくら国公立大学のH大学の医学部生だとしても人間なのだからキャパシティを超えると疲れは出てくる。 宮野はそのまま目を瞑りながらソファーに横になると、片付けをしていた七瀬が一旦手を止めて自分の元に歩み寄って来ようとした。大した事はなく本当にただ横になりたいだけだと宮野はソファーの上で力なくゴロンと寝転がると、心配そうにしていた七瀬の肩を蘭がポンポンと叩く。 「七瀬、大丈夫だって。酒の缶洗って捨てとくから、あとはお前がやった方がいいと思う。乃愛の部屋はまじでセンスの塊だから俺が変に弄りたくない」 蘭の言葉通り自分の部屋はDIY上級者が作ったようなセンスのあるお洒落な空間だ。初めて蘭がこの家に来た時、こんな部屋本当にあるんだと写真を撮っていた事もあった。この部屋は折角H大学に通うならと広いマンションの一室を祖母が借りてくれた。 一人で住むには勿体無い位に広い部屋に、家具や雑貨や植物が宮野好みに配置されている。こんな部屋で何も気にせずに騒げるあの馬鹿二人はある意味肝が座ってるよなと、蘭と七瀬がため息混じりに言う。 「まあいつも通りやっとくから平気。それより彼女優先してやれ。なんかさっき通知来てたぞ」 基本的に部屋の配置は宮野が行うか、宮野の代わりに七瀬が指示通り置くかの二択だ。ここまで片付けてくれた蘭にありがとうと宮野はソファーに寝転がりながら言うと、蘭がテーブルの上に放置していたスマホを開き渋い顔をした。 「やば。今日付き合って三ヶ月の記念日なの忘れてた」 「え、彼女怒ってない?」 「めちゃくちゃ怒ってる。色々後から面倒なんだよな」 「それくらいお前のこと好きなんだろ。酒の缶も俺がやるから帰って土下座でもしておけ」 蘭は出会った時からひっきりなしに彼女が居る。顔も性格も良いのだが、不器用な性格故に長続きすることは少ない。付き合っては別れを繰り返す蘭は同じ美形でも彼女を頑なに作らない七瀬とはまた違うタイプだなと思った。 怒っている彼女との記念日を忘れた事よりも、飲んで食べて騒いだ武尊と慎吾と同類になりたくないという気持ちを優先して考えている蘭は折角の綺麗な顔も優しい性格も無駄にしてしまっている気がする。しまいには通話がかかってきた為、蘭は少し面倒くさそうな顔をしながら彼女相手に何かメッセージを送っていた。 「ごめん。帰るわ。これで二人でアイスでも食べて」 「おう。振られたらその時は教えろよ」 「縁起でもない事言うなよ。じゃあまた連絡するから」 「そう言って連絡来た事なんて一度も無いけどな」 元々連絡をマメにするタイプではない蘭を、七瀬は追い払うように帰らせた。彼女に通話で急かされている蘭が最後にまた手料理を食べに来てもいいかと聞いてきたが、答えは勿論イエスに決まっている。七瀬が玄関に蘭を見送った為自分もと思ったが、上手く力が入らない為寝転がりながら手を振った。 平謝りするしかない状況で帰って行った蘭の背中から目線をテーブルに移すと、QUOカードを置かれていて思わず笑ってしまった。 心を開いている七瀬と二人きりになると一気にここが自分の自宅なのだと実感する。換気扇をつけ、空気清浄機をつけながら掃除をしていた為料理や酒の匂いが若干マシになっていた。七瀬は蘭を見送った後にそのまま缶を洗いゴミ袋に一纏めにする。そしてテーブルに置かれたQUOカードを見て七瀬が苦笑いをした。 「QUOカードって……しかも五百円分かよ」 「蘭らしいよね。」 「いいや、ゴミ捨てに行くついでにアイス買ってくるから待ってろ」 収納ボックスに閉まってあったお気に入りのブランケットを体にかけられ、上目遣いで七瀬を見る。こういう細かな気の回し方は性格が真面目で器用である七瀬にしか出来ない。舌打ちしながらQUOカードを持って、マンションの住人であれば二十四時間関係なく捨ててもいいゴミ捨て場のボックスへとゴミ袋を持って部屋から出て行った。
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