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「乃愛、どうした?LINEくれれば俺から医学部に行ったぞ?ここまで来るの大変だっただろ」
「う、うん。ちょっとだけ。でも七瀬に会えたから平気。あの…教授と話した事を七瀬に相談したくて来たんだけど、時間取って貰っても大丈夫?」
「当たり前だろ。ここからなら駐車場近いから車で話すか?」
「うん。ありがとう」
七瀬と一緒に今の自分が立っていると良くも悪くも目立ってしまう。それは七瀬が一番分かってくれているのだろう。
そして小松と話した大学院の話について報告しに来た事も直ぐに分かってくれた七瀬は、自分の腰にサラリと手を回しながら車の中に行こうと歩き出した。
少し足早に歩く七瀬の腕を掴むと、後ろに立っていた眼鏡を掛けていて如何にも真面目そうな男性が七瀬を睨んだ後に自分にヘラヘラとした笑みを向ける。何だか嫌だなと七瀬の腕にしがみついた。
「あのさ、俺の乃愛を見せもんだと思うなよ」
金髪のサラサラとした髪を靡かせ、耳から垂れたピアスを弄りながらそう言う七瀬には男性らしい迫力がある。
そんな七瀬の厳しい眼光に恐怖を覚えたのか、男子生徒は蜘蛛の子を散らすように去っていった為安心した。
だがたかが大学内を移動するだけでも自分は七瀬の力が必要なのかと少し落ち込んでしまう。
遠巻きに自分と七瀬を見ている見た目に気を配っているであろう女子生徒からの視線もいたたまれないなと溜め息を着くと、七瀬が自分の肩を抱くように引き寄せた。
「乃愛、周り気にすんな。俺の側から離れなかったら大丈夫だ。話し終わったら医学部まで送る」
「七瀬…ごめんね」
「いいんだよ。ったく…見た目でしか人判断出来ないのかよ。にしても乃愛が可愛いからお近づきになりたいんだろうだけど、俺と居れば平気だから安心しろよ」
まるで美形な七瀬が隣に居れば大丈夫だと分かっているようなぶっきらぼうな口ぶりと、いつもの優しい笑顔に安心感が生まれる。
頼れる友人なのだからと七瀬と離れないように距離を詰め歩いていると、七瀬は敢えて人通りの少ない道を選んでくれた。
窓から駐車場に止まっている車のエンジンをスターターでかけた七瀬を上目遣いで見つめると、自分の目線に気が付いた七瀬が優しく笑う。
「自販機行くか。飲み物買いに行ってたら車の中も温まるから。乃愛の好きなのこっちにある」
「うん。七瀬がいつも買ってくれるやつ?」
「そう。あれホットもあるからその方が良いだろ?」
「うん!」
七瀬に連れていかれた場所には自販機が大量に並んでいた。今在籍している医学部医学科は人数が少ない為、ここまで選べる程の自販機は置いていない。
教育学部は人が多いだけあるなと納得する。七瀬は慣れた立ち振る舞いでその大量の自販機の中から自分の好きな紅茶のある自販機の前に立ち、当たり前のように小銭を入れ購入した。
「え、今日はお弁当も持ってきて無いし自分が勝手に押し掛けたのに…」
「要らない気を回すな。たかが百数十円を俺が乃愛の為にケチると思うか?」
「ありがとう……七瀬やっぱり優しいね」
「乃愛にだけだけどな」
自販機から出てきたドリンクを自分に手渡す七瀬は本当に自分だけに優しいのだろうか?東雲と接している時も少し生意気な東雲を上手く相手する面倒見の良い先輩な気がした。
本当に優しい人は見返りを求めないというが、七瀬は自分は気が付いていないだけでその部類の人間だと思う。
紅茶のペットボトルを持ちながら七瀬の横を歩き車に向かう。いつも自分を迎えに来てくれていたり、七瀬が免許を取った時から乗っているこの車には思い出が沢山詰まっていて安心出来る空間だ。
いつも通り助手席に乗ると七瀬と二人きりの空間になれ、安心する事が出来る。耳から垂れているピアスを指先で弄る七瀬は本当に羨ましい位に美形だなと苦笑いをし、宮野は抱き締めるように持っていた書類の入った紙袋を七瀬に私た。
「小松教授が、七瀬には相談していいけど他言はしないでくれって」
「だろうな。読んでもいいのか?」
「うん」
封筒から七瀬が今日自分が小松から説明を受けた書類を取り出した。車に乗っている時や細かな作業をする時にかける眼鏡をかけた七瀬が、真剣に指でなぞりながら一つ一つの文字を確認するように目を通す。
無言で読む七瀬に内心ドキドキしていると、最後まで読んだ七瀬が顔を上げて笑顔を見せる。その七瀬の笑顔に宮野もつられて笑顔になると、七瀬が自分の頭を撫で回した。
「すげえじゃん。流石乃愛だな。俺の心配なんてただの杞憂だったな」
「そんな事ないよ。七瀬が言ってくれたからこの書面があるんだよ?」
「だとしてもここまでの条件出されるとは思わなかった。乃愛はやりたいんだろ?」
「うん!」
「ならもう決まりだな。乃愛のばあちゃんは泣いて喜ぶんじゃないか?」
七瀬には珍しい満面の笑顔で言われ、嬉しさのあまりに涙腺が緩む。いつも成績の良い自分を妬む事は一切せずに凄いと真っ直ぐに褒めてくれる七瀬が隣に座っていた。
自分の頬を撫でながら優しく笑う七瀬に宮野は少し自慢げに『宮野乃愛様、大学進学推薦について』の書類を見せる。
「よくここまで頑張ったな」
「うん!」
「なら、あのポジティブ馬鹿野郎に返事返さなきゃな」
ポジティブ馬鹿野郎なんて言葉は生まれて初めて聞いたが、もう誰の事を言っているのか直ぐに分かった。
眼鏡を外し、綺麗な金髪の髪を掻き上げながらスマホを弄る姿は女子生徒が見たら目を奪われる事間違いないだろう。
自分は中学の時から七瀬の顔を隣で見てきたが、本当に美形だなといつも思う。自分の女の子のような顔とは正反対だと宮野はミラーに映る自分の顔に少し溜め息を付きながら、七瀬の腕をツンツンとつついた。
「ポジティブ馬鹿野郎って隼人の事でしょ?」
「他に誰が居るんだよ。なんか今朝に、乃愛さんの大学院のお祝いしたいですーって鬱陶しいLINE来た。乃愛の為のLINEだから許したけど、五時に起こされたこっちの身にもなれ」
東雲の事になると本当に渋い顔をする七瀬に、そこまで嫌な顔をするかお苦笑いをしてしまった。学生の頃、まだガラケーだった時代に女子生徒からメールが来るのが鬱陶しいと言っていた七瀬に、サイレントマナーにしたら?と聞いた事がある。
だがそうしたら乃愛からのメッセージに気付けないから嫌だと言って、寝る時すらもマナーモードにしなかった位だ。ここまで自分を優先してくれる友人は、後にも先にも絶対に七瀬だけだと思う。思うというより、間違いなくそうだ。
「七瀬と隼人、お祝いしてくれるの?」
「俺らの働いてるバイト先で三人で飯食うだけになると思うけど、それでもいいか?」
「嬉しい…それに七瀬と隼人が働いてるバイト先すごくオシャレだったから行ってみたい!」
「なら決まりだな」
東雲に七瀬がLINE送る所を宮野は目を輝かせながら見る。七瀬のスマホの画面には『大学院決まった』という単調な七瀬の文面と、『乃愛さんにおめでとうございますと伝えて下さい!水曜日の夜に店借りる事店長にLINEしておきます』という東雲からの明るい文面が映し出されていた。
実際のやり取りだけではなくLINEでもこんな調子なのかと宮野は苦笑いをすると、七瀬は東雲に返事を返す事無くスマホを閉じて溜め息をつく。
「なんで乃愛へのおめでとうございますが俺宛なんだよ。やっぱりあいつ馬鹿だな」
「隼人は真っ直ぐな所あるよね。」
「一つの方向でしか物事を見れない猪突猛進なだけだろ。じゃあ、医学部戻るか。俺もあと少しで授業だし。それに乃愛が報告してくれて良かった。乃愛はこれから研究か?」
「うーん。特にする事無いから近くの図書館で一人で論文書こうかな。折角なら教授達の期待に応えたいし!」
「すぐそこの図書館になら送ってやるよ。近いけど歩くと遠回りになるだろ?シートベルトしめとけ」
どこまで七瀬は優しくて気が回るのだろう。個室もあるような市内で一番大きな図書館で、H大学の生徒が多く出入りをしている。
七瀬の買ってくれた紅茶飲みながら頑張ろうと思い七瀬に笑顔を見せると、七瀬は自分の髪を梳くように撫でてから直ぐに車を走らせた。
図書館につき、七瀬にありがとうと手を振るとそのままUターンをして七瀬の車は去っていった。
七瀬も東雲も応援してくれている。
そんな事実が嬉しく宮野は今日本当は一緒にチュロス専門店に行く約束をしていた東雲にLINEをする事にした。
あまり通話をかける事はしていなかったが、東雲の声が聞きたくなった。今頃東雲は何をしているのかなと考えながら、宮野は東雲に通話をかける。
出てくれるといいのだがと思っていたが、通話をかけて直ぐに東雲との通話が繋がった。良かったと安心すると同時に嬉しい気持ちになる。
『乃愛さん!大学院おめでとうございます〜!』
「ありがとう。折角泊まってくれたのにごめんね?」
『全然ですよ?ていうか乃愛さんが安心出来た事が俺は一番嬉しいです。これからは予定何かあるんですか?』
「図書館来たの。H大学の近くにある大きな図書館なんだけど、大学院決まったからには知識増やしたくて……チュロス今度でもいい?」
『気にしないで下さい。それにまた乃愛さんの家に泊まりに行って良いって事ですよね?俺はそう受け取りました』
七瀬に医学部に戻るのかと聞かれ、自分は図書館で論文を作成しようと決めたのだが、今思うと東雲とチュロス専門店に行く事を優先した方が良かったのかもしれない。
だが東雲はそういった自分の不器用なスケジュールの組み方を咎める事なく、大学院が決まった事を祝福してくれた上に、また泊まりに行くとポジティブな発言をしてくれる。
宮野はクスクスと笑いながら東雲のこういう所がやっぱり好きだなと言葉にはしないがそう思った。
「また泊まりに来て……その……隼人居てくれて嬉しかったの」
『なんかちょっとあざといですよ?でも可愛いので全く問題無いです。俺はこれから幼なじみ誘って近くの体育館で自主練しようと思います。お互い頑張りましょうね!』
「うん!ありがとう……じゃあまたね」
若干通話が終わってしまう事に寂しさを感じたが、それ以上に東雲からのエールが嬉しかった。お互い未来に向かって頑張っているのだと思うと、自分も論文の作成のしがいがあるというものだ。
図書館に入りスマホの電源を切る前に、大好きな祖母にも大学院に行く事か決まったと報告をしようとLINEをした。
『おばあちゃん。乃愛大学院行く事決まったよ!外科医にはなれないけど、その代わりに人の為になる研究をするよ』
今の時間だとスマホを弄りながら施設の看護師に得意の孫自慢をしている所だろう。直ぐに既読が付いたトーク画面に宮野はわくわくとしていると、若干のタイムラグが発生する。
すると『乃愛♡おばあちゃん涙が出ちゃう。お祝い送ったわよ♡』と送られてきた為、まさかと思いAmazonを開くと十万もアマギフの残高が増えていて頭を抱えた。
だが祖母からするとそれ位に喜ばしい事だったのだろう。そう思うと自分はより一層頑張ろうという気持ちになれる。祖母にはありがとうとLINEを送り、念の為もう要らないよとも送ってから電源を切った。
周囲の人達の応援。そして教授達の期待に応えようと、まずは自分の出来る事をしようと図書館の中に入る。沢山の医学書の前で、まずはどれに手を付けようかと宮野は頭を悩ませた。
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