将来

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約束の水曜日の夜、位置情報で送られてきた飲食店に宮野は一人足を運んでいた。 閉店ギリギリになるから遅くなるけど大丈夫かと聞かれたが、折角の二人の好意を無下にしたくなかった。それにたまにこうして夜遅くに食事をするのも悪くは無いだろう。 居酒屋兼レストランみたいな所だからと七瀬に言われていた為、飲食店が立ち並ぶような所を想像していたが、普通の通りに小さく存在していた店に少し肩の力が抜けた。 あまり窓ガラスが無い為店内の様子が見て取れないが、時間はぴったりだ。恐る恐るドアを開けると、結婚式の二次会等で使われていそうなオシャレな空間に少し緊張する。 「いらっしゃ…あ、乃愛。寒くなかったか?」 「うん。平気。入っても大丈夫だった?」 「帰った客の皿片付けるから、そこの椅子に座って待っててくれ。ごめんな」 黒いズボンに腰だけに巻いた黒いエプロン、白いシャツを腕まくりしている如何にもバイトをしていますという風貌の七瀬に言われ、十年の付き合いながらもやっぱり美形だなと心の底から思ってしまった。このオシャレな店に相応しいと自分でも思う。 「あの…すみません」 「はい、お伺い致します」 「カシスオレンジ二つお願いします」 「かしこまりました。こちらドリンクラストオーダーとなりますのでご了承下さい。空いた食器お下げ致します」 自分と話している時とはまるで別人の営業スマイルで接客をしている七瀬に驚いた。手馴れた手つきで皿を持ち、自分を見てごめんなと口パクで言ってキッチンに去っていく。 七瀬の姿が完全に見えなくなったのを確認し、女性客が色めきだったように騒いだ。 「今の人やっぱり凄いイケメン…」 「ね!前来た時も居たけど本当にかっこいい…」 「LINEのID渡しちゃう?」 「それで返事来なかったら、もうあの人見にこの店来れないじゃん」 料理よりも目当ては店員である七瀬だったようだ。昔から美形の七瀬は学校でもモテていた為、こういう女性の反応は慣れている。 自分に向けられるのは男性からの視線だけだと思うと、同じ男性として少し思う事はあるが仕方がない。 待っている間にリップを塗り直そうかと、この前東雲が泊まった時に塗った唇がふわふわになるお気に入りのリップを塗った。 「乃愛さん」 「隼人!」 リップを塗り終え鏡を見ていると頭の上から優しい声が降ってきた為、宮野は満面の笑顔で自分の名前を呼んだ東雲を見上げた。 七瀬と同じ制服姿の東雲に少し胸がとくんと鳴り、何故今この動悸がするのかと宮野は不思議に思いながら東雲を見る。すると東雲が自分の頬を軽く撫で、腰に手を回しながら隣に立った。 「七瀬さんから大学院の話は大体聞きました!最近忙しくて中々会えてなかったんで会えて嬉しいです」 「この前泊まったばかりだよ?」 「俺は毎日会いたい位ですよ。個室片付けたんで案内しますよ」 「うん。ありがとう」 七瀬と同じく店員の格好をしている東雲もまたイケメンだなあと思った。ここは顔でアルバイトを採用しているのだろうかと思ってしまうのは自然の摂理だろう。 腕まくりをしているシャツから、鍛えられた東雲の腕の筋が見える。また筋肉が増えたような気がしてしまい、無理に動いてないかと心配になってしまう。 だがそういえば幼なじみと自主練をすると言っていたなと宮野は東雲の腕の筋肉を見ながらぼうっと考えていると、東雲に一番奥の個室に案内された。 「乃愛さんここの個室です。何飲みますか?ソフトドリンクも結構種類ありますよ?」 「じゃあこの白ぶどうのジュースにする」 「分かりました。少々お待ち…じゃないですね。ちょっと待ってて下さい!」 勤務時間中の為かいつも対応しているような言葉が出てしまったのだろう。職業病とはこの事だろうか。二人共自分で働いて自分でお金を稼いでいるなんて凄いなと、アルバイトの経験が無く祖母に助けて貰ってばかりの自分と比較してしまい、少し落ち込んでしまう。 こういう時はいつも七瀬に以前言われた言葉を思い出すようにしている。身内から仕送り貰って努力して勉強している他の生徒を乃愛は悪く思うのか?という言葉だ。 この言葉に自分は凄く救われている。祖母からの援助に関しても、七瀬は当たり前の事だからと肯定してくれるのだ。個室内をキョロキョロと見渡していると、突然照明が暗くなった。そして東雲が何故かハッピーバースデーの曲を歌いながら入ってきた。 「ハッピーパースデー乃愛さん!おめでとうございまーす!」 目の前に差し出された大きなケーキに固まっていると、七瀬が呆れたように照明を付け個室に入ってくる。 二人で並ぶとより一層この店が顔採用をしているのではと疑わしくなるが、いつも自分に優しくしてくれる大切な友人である七瀬と東雲が仲良さそうに並んでいる為、働きやすいバイト先なのかなとどうでもいい事を考えながら宮野は笑った。 「何を祝ってんだお前は」 「お祝いの曲といえばこれじゃないですか」 「歌わない方がマシだ」 「えー!雰囲気って凄く大事ですよ〜。乃愛さん、遠慮なく食べて下さい!」 「うん!ありが……と、う…」 東雲が目の前に置いたケーキを見て、言葉を失ってしまった。大きなスポンジケーキの上に乗せられたティラミスとチーズケーキと大きなプリン。それに刺された大量のポッキー。どうだと言わんばかりの東雲に一応聞いてみる。 「隼人…これ、何?」 「俺の特製のスペシャルケーキです」 「コンビニで買った奴の盛り合わせな」 「クリームの間に入ってる黒いのは?」 「タピオカです」 「そこの業務スーパーで買ったのをぶち込んだ奴な」 東雲はあまり自分で料理をするタイプだとは思っていなかったが、まさかここまでとは思わなかった。食べた方がいいのだろうか。そもそもどこから食べたらいいのだろうか。取り敢えずポッキーを一つ口にすると七瀬が溜め息をついた。 「だから普通のケーキにしろって言っただろ。完全に乃愛が困ってるじゃねえか」 「え?これダメですか?美味しい物はいっぱいあった方が嬉しいじゃないですか!」 「嬉しかったらポッキーから食うことしないだろ。俺が用意した普通のケーキあるからそのケーキお前が片付けろよ」 「乃愛さんごめんなさい…乃愛さんに喜んで欲しかったんですけど、迷惑でした?」 呆れた七瀬と自分を交互に見て項垂れた大型犬のような東雲。センスがあるかないかで言うと正直無いのだが、東雲なりに自分を祝おうと作ってくれたのだと宮野は慌てて立ち上がった。 自分に迷惑をかけたと思い込み、項垂れている東雲の頬を優しく撫でると、東雲がチラリと自分を見る。 「隼人!迷惑なんかじゃないよ!気持ちは凄く伝わってきたよ!」 「でも、俺良いとこ無しですよね……分かりました!パスタ作ってきます。乃愛さん大丈夫です!パスタはレトルトなんで安心して下さい!」 「馬鹿!他の客に聞こえたらどうすんだよ!」 反射的に東雲の頭を七瀬が叩く。ケーキのような何かを持って去っていった東雲と、ちゃんとしたやつがあるからと去っていった七瀬に、二人の性格がこういった形でも表れるのかと珍しく宮野が苦笑いをした。 そうしている間に、疎らだが聞こえていた客の声がしなくなっている事に気がついた。外のopenという電飾を七瀬がcloseに変えていることから、店内には自分達三人だけになったんだと理解した。少し時間を置いて東雲と七瀬が料理を持って個室に入ってきた。 「お待たせしました。こちら俺特製のカルボナーラになります。」 「茹でたパスタにレトルトのソース和えただけじゃねえか。なんだ、俺特製って」 「乃愛さんが初めて俺に作ってくれた料理がカルボナーラだったんで」 「本当はレトルト以外の作り方もあるんだからさっさと覚えろよ。後一つ言っておくけど、乃愛はレトルトあんまり得意じゃない」 「それ先に言ってください!」 二人のやり取りにまるで漫才を見ているようだと、思わず笑ってしまう。七瀬は台車で運んできたカルパッチョ、生ハムのサラダ、ピザ、そして東雲特製のカルボナーラを自分の前に置いてくれた。東雲からは白ぶどうのジュースを差し出すように渡される。 「こんなポンコツだけど、一応二人で用意したやつだから」 「ありがとう!」
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