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キラキラとした料理達に、あのケーキだけが問題だったんだと宮野は安心した。
一応お店がオシャレと聞いていた為、祖母から送られてきたアマギフで可愛いと思う中性的な服を買っておいた。
白い生地にブラウンのダイヤのような模様が入った綺麗めなニットと、黒のジーンズだが男らしくないパンツ。
綺麗めでカジュアルな服に合うようにいつもより張り切ってスキンケアやメイクをしてきた。まずは前菜のカルパッチョを口に運ぶと、レモンとバジルの風味が爽やかな味わいと新鮮な魚に宮野は目を輝かせる。
「このカルパッチョ凄くドレッシング美味しくて食べやすいね!」
「はい!七瀬さんがドレッシング手作りしたんです!」
「そうなんだ…生ハムも凄く美味しそうだなあ」
「それは七瀬さんが取り寄せてくれたんです!」
「そ、そっか……このピザもチーズいっぱいで美味しそうだなあ……」
「それも七瀬さんが─」
「お前自分で自分の株下げてる事に気付け。折角二人で用意したって気を回してやったのに台無しじゃねーか」
料理の彩りや見た目の繊細さから何となく予想は出来ていたが、殆ど七瀬が用意したらしい。殆どの仕事を一人で回しているだけあって、もうプロ並みに盛り付けや味付けをする七瀬はひたすらに凄いと思った。
それでは東雲はどれを準備してくれていたのだろうか?今朝のLINEでは楽しみにしていて下さい!と自信に満ち溢れたメッセージが届いていた為気になってしまう。
「隼人は何を作ってくれたの?朝にLINEで言ってたから楽しみにしてたんだけど……」
「七瀬さんの手で廃棄にされたケーキに全力を注いだんです……」
「なんで俺が悪い感じに話すんだよ」
「あんな思いやりの欠片も無い廃棄の仕方は悪いですよ!乃愛さん聞いて下さい!七瀬さんは俺のケーキそのままひっくり返して捨てたんですよ?酷いですよね!」
「悪いのはお前の頭だ。もういいから座って食べようぜ。」
七瀬は本当に酷いんだと言わんばかりの東雲だが、ここで働いていない自分でもあのケーキを問答無用でひっくり返している七瀬は安易に想像出来た。
この前大学でも言ってたように本当に優しいのは自分に対してだけなのだろうか?エプロンを外し、着ていたシャツのボタンを緩めながら自分の横に座った七瀬を見ると、東雲が七瀬の肩を掴んで唇を尖らせている。
「何で乃愛さんの隣に当たり前に座るんですか?」
「別に良いだろ。それに向かい側に座った方がお前は乃愛の顔正面から見れるぞ」
「……七瀬さん。恩に着ます…」
完全に言いくるめられている東雲に、出会ったばかりの頃を思い出した。ポジティブで馬鹿な奴と自分に紹介した七瀬の気持ちが分からなくもない。
だが、二人共飲み物片手に自分に対してグラスを傾けてくれた為、宮野もそれに習って笑顔でグラスを傾けた。
「乃愛さん本当に本当におめでとうございます。出会った時から乃愛さんって凄いなって思ってたんですけど本当に凄いですよね」
「乃愛は昔から努力してるし、学ぶ事に関しては天才だからな。乃愛、おめでとう。前も言ったけど本当に凄い事だからな?」
「うん。七瀬も隼人もありがとう!ピザ食べていい?」
「足りなかったら俺が適当になんか作るから好きなだけ食べろよ」
三人で大きなピザを手に取り、食べながら談笑をするが、自分の家で話している時と大差は無かった。だがそれが凄く心地良い。
さっきまで仕事をしていたのに疲れないのかと一瞬心配になったが、リラックスした様子で食事をする七瀬と東雲に、その心配は要らないなと感じ取る事が出来た。
「乃愛さん、大学院では何の研究をするんですか?」
「うーん…説明となると難しいなあ…噛み砕いて言うと、医薬品がどうやったら治療すべきところに必要量届くのかっていう体の組織の仕組みと薬品との相性っていうのかな……DDSって言っても分からないよね。ドラッグ・デリバリー・システムっていう薬物送達システムの考え方があるんだけどそれに近いものから順を追って行く感じ」
「乃愛、もう小学生に説明するみたいな感じで話してくれ。レベルが高いのは分かるけどさっぱり何言ってるのか分からん」
きょとんとしている東雲と、真剣に聞いている七瀬になんとか詳しく伝えようと宮野はうーんと考える。確かに医学部に通っていなければDDSは知らなくて当然だ。ならば実際に体を使って説明をすればいいと、向かい側に座っている東雲の元へと歩み寄る。
「隼人の体使って説明したら分かりやすいかな?ちょっと立って貰っていい?」
「良いですよ〜」
「薬って飲むものに限ると、口から胃に入って小腸に行ってそこから肝臓で代謝されて血液に行って、やっと患部に届くんだよね。だけど肝臓で代謝されすぎて必要量が届かないっていうこともあるの。それをなんとか患部に届けようと頑張る研究っていうのかな…最近医薬品だけじゃなくて体の仕組みについて勉強してたのもそこなんだよね」
「体の作りは人それぞれだから少しでも治療に役立ちたいとかそんなん?」
「大体そんな感じ。あ、隼人体貸してくれてありがとう」
人体模型のように東雲を扱ってしまった所は自分の医学部生の悪い部分かもしれない。だが七瀬がおおまかな研究の内容を理解してくれた為良かったなと思う。
本当は解剖学や人体について等も研究するのだが、それはいくら何でも今話したらダメだろうと自分の中に留めておいた。そのまま宮野は席に座ろうとすると、東雲に肩を掴まれる。
「ん?」
「分かりました乃愛さん!つまり、薬をウーバーイーツしてるって事ですよね?」
「何言ってんだお前」
「口がアプリだとして、肝臓が店舗だと考えれば良いんですよ!胃と小腸が注文を肝臓に届けて、血液がウーバーイーツの配達員となって患部である顧客に届けるって考えたら分かりやすくないですか?」
「え!隼人分かりやすい!そうそう!そんな感じ!」
自分の今の説明をウーバーイーツで例えるなんて東雲は頭が柔らかいなと宮野は感動を覚えた。大体の人によく分からないだとかつまらないだとか言われる自分の説明を、誰しもが知っている物で喩えられて面白い発想だと宮野は目を輝かせる。
「なんで乃愛とお前が共鳴してるんだよ。まあ、確かに分かりやすさはあるけどさ…」
「七瀬さんは頭が中途半端にいいので難しく考え過ぎなんですよ!乃愛さん、続けて下さい」
「誰が中途半端だよ」
少し生意気な言い方をする東雲に対して嫌な顔をする七瀬。もう見慣れた光景だが、今はそれよりも自分の大学院で学ぶ事を少し噛み砕いて理解してくれる東雲にもっと理解して欲しいと思ってしまった。
宮野は機嫌よく東雲の体をなぞるように触り、笑顔の東雲と中途半端と言われて不機嫌そうな七瀬の顔を交互に見ながら話を進める。
「薬の成分によっては、途中で胃に影響を与えたり、反対に胃酸などの作用で効果が弱まってしまうものもあるんだよね。他にも、患部に運ばれる途中、肝臓で代謝されて必要な量が患部に届かないこともある。だから、うーんと……例えば薬を膜などで包むといった工夫で、必要な量を患部に届ける技術がDDSなんだよね。医学界では注目されてるの。DDSは、薬の治療効果を高めることや副作用の軽減も期待されてるんだ」
「アプリの胃がバグを起こして中々注文出来なかったり、小腸にアクセスが集中しすぎて、肝臓の店舗から在庫消える感じですか?スタバを夏にウーバーイーツする時は、保冷剤入れた上で保冷バッグに入れるみたいな!クリスマスだとケンタッキーめっちゃ売れるから、血液であるバイトや配達員もフル動員するみたいな感じですか?」
「そう!それそれ!」
「だからなんで乃愛の説明をそんなに理解出来るんだよ。……あー。バカと天才は紙一重って奴か」
取り敢えず分かったからもう座ってくれと言う七瀬の顔はげんなりしていた。中々理解されない医学の説明をまさかウーバーイーツでこんなにも的確に例えるとは宮野も思わなかった。
だが、確かに言っていた事は物凄く的を得ている。もう医学はいらないと言うような態度の七瀬だが、東雲は自分に対して前のめりになってくれた。だからこそ宮野は機嫌よく医学について考えながら恍惚とした表情を浮かべて説明を続ける。
「自分は元々医薬品と人体について学んでるから、新薬の制作にも少し携わる事にはなるかもしれないんだけど、天然素材である植物、鉱物、動物から抽出したりするのが医薬品の始まりなの。化学合成、バイオテクノロジーなどを駆使した方法で薬の候補となる化合物を作って、その可能性を調べる研究。最近ではゲノム情報の活用も進められているんだ。対象となる新規物質の性状や化学構造を調べて、スクリーニング試験を行い、取捨選択する。専門用語を余り使わないで言うとこんな感じ」
「だから分からないって」
「七瀬さん……乃愛さんって選ばれるだけありますね。少し理解出来たんで調子に乗って後悔してます。」
「乃愛が努力してる天才って言った理由が分かるだろ?同じH大でもこんなに差が出るんだよ」
「ご、ごめんね!分からないし面白くも何ともないよね!えーっと、生ハム食べようかなあ…」
やはり医学部の話なんてつまらないよなと、宮野は冷静に戻ってそのまま東雲から離れて席に座った。折角二人がお祝いをしてくれるのだから料理を食べたらいいのだ。
料理を摘んでいる七瀬はきっと仕事終わりでお腹が空いていたのだろう。だが東雲はスマホ片手に何やら難しい顔をしている。
「バイオテクノロジーとは……」
「隼人!全然大丈夫だから無理しないで!」
「乃愛さんの学んでる事理解したいなって」
「無理だって。お前ここのバイトの仕事覚えてるのかも危ういじゃねーか」
東雲が理解をしてくれようとした事はシンプルに嬉しいが、バイオテクノロジーとはという哲学的な話になるとかなり難しい話になる。
それに自分もそこまでの理解は望んでいない為、慌てて調べようとしている東雲を止めた。だがバイトの仕事すら危ういというのに自分の専門知識を理解しようとしてくれた事は嬉しい。
「乃愛さーん!俺これちっとも分かりません……ていうか七瀬さん俺が仕事出来ないみたいな言い方しないで下さい。基本的な事はやってます」
「基本的な事な」
「性格悪いですよ?乃愛さんの前で言うなんて」
「乃愛、こいつ放っておいて料理食えよ。乃愛の為に作ったんだから食べて欲しい」
「ありがとう!じゃあお言葉に甘えちゃおうかな……」
何故か七瀬を睨んでいる東雲だが、二人で用意してくれた場なのだから自分が料理を食べる事が二人の一番の目的なのだと思う。
七瀬が取り寄せたという生ハムを食べると、塩味の効いた歯ごたえのある、だが脂身もある美味しさに宮野の目が輝いた。ピザもチーズがトロトロとしているのに歯応えがあってとても美味しい。
「美味しい……幸せ……」
「可愛いな。乃愛」
「七瀬さん辞めてください!あ、ケーキ持ってきたらどうですか?この場に一番必要です!」
「お前のせいでこの場にケーキが無いんだよ」
ある程度食事が終わった所でまたしても漫漫才のようなやり取りをする二人に宮野はクスクスと笑い声を上げた。すると七瀬がその場から立ち去り、Congratulationと筆記体でチョコソースで皿に書かれたケーキを持ってきた。
この文字も七瀬が書いたのかと驚く。忘れかけていた東雲のケーキが脳裏に過ぎったが、あれはもう忘れようと宮野を中心に三人でケーキを口にした。
「なんかさ、お祝いとか言っておいて結局乃愛の家に居る時と変わらないよな」
「自分は七瀬と隼人の気持ちが嬉しいよ?」
「それなら何より。」
「でも正直乃愛さんの手料理の方がレベル高いですよね。……っていうか、乃愛さん時間大丈夫ですか?」
「うわ。俺らもやべーだろ。乃愛、締め作業してくるからここで待っててくれ。帰りは俺が車で送るから」
時刻は二十三時を回ろうとしていた。睡眠薬を飲まなくてはいけない自分は、こんなに夜遅くまで友人と外で食事をしたのは初めてだ。楽しかった為今日位大丈夫なのだが、事情を知っている東雲と七瀬がエプロンをしながら皿を片付けようとキッチンに向かっていった。
ついさっきまで三人で盛り上がっていた為、一人で個室に居るとなると少し寂しさを感じてしまう。キッチンからは七瀬が東雲を怒る声が聞こえてきて、恐らく何かを東雲がやらかしたのかと思うと一人でクスリと笑ってしまった。
ガタガタと物音を立てていた店内がしんと静まり、二人の話し声も聞こえなくなる。帰る前にトイレに行こうと個室から出るが、そういえばトイレの場所を聞いていなかった。飲食店にトイレが無い訳がないと歩きながら探していると、二人の話し声が外からしてきた。
裏口で何かを話しているようだ。二人に聞こうと扉に近づいた瞬間だった。
「お前マジで死ねよ!」
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